第19話 アルフォンスの追憶(3)

◆王子様の独白がまだまだ続きます◆



 婚約してからのシャルロットは、ますます僕に心を開いて……愛してというより、懐いてくれた。ひょっとしてそれは男女の愛とは違って、友情や兄妹愛に近かったのかも知れないけど。地方遠征ばかりの聖女勤めだからそんなに頻繁には会えなかったけれど、彼女が王都に戻ってくると必ず、お気に入りのあの湖畔で、いつまでも話をした。


 そして彼女は、ずっと秘密にしていた自分の能力を、僕を信じて教えてくれた。シャルロットは魔獣と意志を通じることが出来て……その力を使って、魔獣と戦うことなく人間と共生を勧めることで、民の安全を守っていることを。


「私の行いは……教会の教えに、背いているのでしょうか?」


 人間のマイナス感情には無関心だったシャルロットも、この告白のときだけは、そのこげ茶の瞳に、恐怖の色を浮かべていた。


「う~ん、かなり驚いたけど、それが悪いこととは思えないな。だって、聖女の務めは魔獣を『滅ぼすこと』じゃなくて、魔獣や妖魔から『民を守ること』だからね」


「ああ、良かった。アルフォンス様がそうおっしゃってくれるのなら……もう少し、頑張ってみますわ」


 僕もこの時は、シャルロットの行為が咎められるようなものではないと思っていた。


 だけど……人間同士の汚いやり取りに敏感だった僕にしては、この判断は甘かったと言わざるを得ない。今にして思えば、彼女に怪我をして欲しくない、それなら魔獣を話し合いで取り込んだ方が安全だ……というような、彼女をすべての中心に置いた考えが、僕のアンテナを狂わせてしまっていたのかな。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 今年になると、僕はシャルロットとの正式な結婚を早めることを、真剣に考えていた。


 付き合い始めは刺激的な話し相手という感覚だったけど、もうこの頃には女の子としてのシャルロットにかなりイカれてきていて、彼女のいない人生は考えられなくなっていたんだ。


 僕は十九歳、彼女は十六歳……まだ二人とも若いけれど、早く結婚して子供をもうけ、彼女を危険な聖女勤めから引退させたかったんだ。そして僕は臣籍に下り、野心を疑われないよう地方の領地に赴き、シャルロットと静かな暮らしをするんだと。


 それを告げると彼女は頬を紅く染めつつも、嬉しそうな微笑みを僕に向けてくれた。あとは、父王に許しをもらうだけだ。


 なのに……そんな時に、父王がお倒れになった。命は取りとめたけれど、もってあと一年というのが典医の宣告だった。その情報は高位貴族の中にとどまったけれど、この時から次期国王の選定が、貴族たちの間で公然と論じられるようになってきたんだ。


 兄上と王位を争う気なんか、もちろん僕にはなかった。兄上もそれをご存じだった。だけど兄上の性格と普段の振舞いがあまりにひどいせいで、高位貴族たちの中に想像以上の敵を作っていたことが、こういう事態になって初めてわかったんだ。


 そしてある日、ブルージュ侯からの招きで訪れた茶会には公侯爵のおよそ半数が集っていた……茶会は、第二王子擁立派の決起集会になっていたんだね。


 もちろん僕は兄上と王位を争うことを肯んじなかった。だけど、集った者達は私欲で動いているのではなく、「第一王子では、この国は立ち行かない」という強い憂国の信念で衝き動かされていて、僕が勝手に降りることを許してくれなかった。


 こうして、二派に分かれた貴族の暗闘が、水面下で始まったんだ。お互いの暗部や恥部を探し……告発し、弾劾する。そして一人、二人と舞台から貴族たちが去っていった。そして、あくまで比較の問題なんだけど……私欲を優先する貴族は、第一王子派に多い。問罪レースは、このままでは第二王子派が制することになると、誰もが考え始めた。


 だから、シャルロットが引っ張り出されたんだ。


 切っ掛けは、取るに足りない上申書だった。東地区を担当する聖女シャルロットは、異端の業で魔獣と結託し、魔の眷属が支配する村をあちこちに作っていると。別に彼女は人間を魔獣の下に置いたわけじゃなく、テリトリーを分けて共存させようとしただけだから、事実にも反した訴えだ。おそらく魔獣を忌避する固定観念から離れられない、どこにでもいるくだらない輩が暴走したもので、一年前なら間違いなくクズ箱行きになる案件だったろう。


 だが、劣勢の第一王子派は、これに食いついた。近年腐敗の激しい教会の上層部を抱き込んで、シャルロットを異端審問に掛ける準備を着々と整えていった。有罪なら、おそらく国外追放だ。これまでの聖女としての功績は大きく伯爵令嬢としての身分もあるから、火あぶりまでは出来ないだろうから。


 そしてある夜、第一王子派閥の重鎮たるラスコー公が私邸を訪ねてきて、ざっくばらんに言い放った。


「アルフォンス殿下。殿下は可愛らしい黒髪の婚約者殿を、溺愛なさっていると聞いておりますな。だが婚約者殿は今や異端の罪に問われておられる」


「うむ、実に残念だ」


「残念と……ふむ、殿下、ここで殿下が公式に兄君フランソワ殿下に謝罪なされ、王族から籍を外すことを願うとお約束頂けるなら、私共の力で枢機卿達を動かすことも、いと易いのですがなあ」


 予想通り、今回の異端審問はそれが目的か。もとより王位なんて欲しくはなかったが……今、僕がすべてを投げだしたら、国を憂えるが故に反逆の汚名を受けることも辞さず僕を推した、あの志高い人達がどうなるだろうか。おそらくは、良くて領地換えや降爵、悪ければ投獄に処刑……だめだ、それだけはだめだ。


「そうか、教会がシャルロットを罪人と認定するのならその判断に異は唱えられぬ、仕方ないだろう。貴殿の言う通り私はシャルロットを可愛がってはいるが、神の声に逆らうわけにはいかないからな」


 ラスコー公は、これは意外という表情をした。そして僕は動揺を彼に気付かれぬよう、奥歯を割れるほど噛みしめた。

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