第20話 アルフォンスの決意

◆王子様の独白会、これで最後です◆



 それから数日で、バタバタと……正式な審問手続きなど無視するかのようにまさにバタバタと、シャルロットの処分が決まった。


 そして、王宮の広間に引き出された彼女に、枢機卿から異端認定と聖女罷免、加えて国外追放、そして僕との婚約破棄が言い渡された。彼女はある程度この結果を予想していたようで、それほど混乱してはいなかったようだけど、最後に救いを求めるように、潤んだ上目遣いで私の名前を呼んだ。


「アルフォンス様……」


 まるで僕の心臓が、彼女に直接つかまれたようにぎゅっと収縮した。


 思えば、これが最後のチャンスだったんだろう。


 ここで彼女に歩み寄って抱き締めれば、いくら冷酷な兄上でも、辺境の小村で僕とシャルロットが二人蟄居生活を送るくらいは、許してくれたはずだ。そしてシャルロットは、王国や教会より彼女を優先する僕に感動し、一生変わらぬ絶対の信頼と愛を……与えてくれただろう。


 だけど僕は、僕を支える人たちを、裏切れなかった。


「私に必要なのは、『聖女』の婚約者。異端に堕ちた君に、もう用はない」


 僕の胸は鋭い刃物で刺されたかのように痛み、彼女に手を差し伸べたい思いに必死で耐えていた。それを隠すためにわざと冷酷な言葉を浴びせ、シャルロットから視線を外す。少し本心が顔に出てしまったかも知れないけど、これが僕の精一杯だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌日、侍女と二人で王都を出た彼女はすぐに間道にそれ、ぷっつりと消息を絶った。


 そういった間道は妖魔や魔獣が闊歩している……特に夜中になると。彼女は魔獣と意志を通じることが出来るけれど、それは彼女の安全を保障するものではない。


 僕は、東地区……彼女は当然自分の担当地域を進むはずだからね……の各地に意を通じた者を遣わして、シャルロットに関する情報を集めた。しかし、街道を進まず、街にも立ち寄らない彼女らの行方は、なかなか掴めなかった。


 もはや第一王子派の貴族達は、シャルロットへの興味を失っているだろう。僕が公式の場で、彼女をばっさりと切り捨てたのを皆見ているのだから、王位争いに関してシャルロットの利用価値はすでにないと思っているはずだ。


 しかし教会は……異端者と認定した者を生かしたまま、のうのうと他国に落ちのびさせることを了とするまい。火あぶりで即時殺さなかったのは、彼女の身分が高過ぎたゆえで、本来教会が「異端の徒」とした者は、この世から抹殺せねば、教会の権威を人々が疑うもとになるであろうから。


 教会側が彼女の居場所をつかんだら、おそらく抹殺のための刺客が送られるだろう。だから僕は教会より先に、彼女の消息をつかむのに躍起になった。しかし、手掛かりはいっこうに得られなかった。


 そうして一週間がたった頃。十数人の盗賊団が……決して小規模の賊とはいえないが……狼に襲われて潰滅したという情報が入ったんだ。一人だけ生き残った賊が最寄りの村にほうほうの体でたどり着いたことで明らかになったのだが、僕はこの情報が、シャルロットにつながるものだという直感を持った。


 彼女から聞いていたところによると、一番可愛がっている侍女は魔狼のハーフだという。今回の逃避行にはその侍女が同行しているというし、そもそもシャルロットは魔狼と意志を通じることが出来る。ハーフの侍女か本物の魔狼かはわからないが、盗賊に襲われた彼女を、狼が守ったのではないか。彼女なら、それができる。


 彼女は、苦しい道にはあえて挑まない性格だから、真東の高山地帯には進むまい。間違いなく北東方面……森の国バイエルンに向かうだろう。盗賊が殺された場所から、バイエルンにつながる間道はそういくつもない。


 そういう推論を下した僕は、もう我慢できなかった。僕の派閥のトップであるブルージュ侯に懇願して二日間だけの不在を許してもらうと、子飼いの騎士達と夜を継いで馬を飛ばし、しらみつぶしに当たるつもりで踏み込んだ一本目の間道で、いきなりシャルロットに会うことができたときは、神の存在を信じる気になった。ああ、それは教会が説いている神じゃ、ないからね。


 僕の姿を見た彼女は、ひたすら綺麗な涙を流していた……あんなに冷たい態度をとって裏切った僕に対して。その涙は、もしかして僕にもう一度チャンスが……と誤解させるに十分なものだった。


 僕はシャルロットを私領にかくまいたいと提案した。とにかくほとぼりが冷めるまで僕の手の届くところにいて欲しかったし、私領のスタッフは彼女の提案で過半数が獣人となっており、秘密が守られやすいと思ったからだ。


 だけど彼女は僕のアイデアを一蹴した……使用人一人が裏切れば僕が破滅すると。その「一人」は獣人ではなく人間でしょうねと、言葉にはしないけどその眼が語っていた。あえて国内にかくまうなら地下牢か石塔の天辺だと……それを聞いた僕の脳裏に黒い欲望がむくむく湧いて来たけれど、シャルロットは自由な環境でこそ輝く娘だ、閉じ込めたら彼女の心が死んでしまう。


 そして彼女は、忠実な獣人の侍女と人生を共に切り拓くと宣言した。彼女ではなく国を選んだ僕ではイヤなのだと。シャルロットが手を取った相手が男だったら、僕はその場で狂乱したかもしれない……だけど、女の子だったから、なんとか持ちこたえられた。


 今は……今はあきらめるしかない。だけど必ずもう一度、彼女を僕だけのものにする機会を手に入れる。そのためには、必ずこの王位争いに、勝つしかないんだ。

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