第18話 アルフォンスの追憶(2)

◆王子様の独白が続きます◆



 彼女以外の聖女達は、みな自分の使命と正義を……つまり妖魔や魔獣を倒し民を守ることだが……疑うことなく誇らしげに語る。その信念に満ちた姿は確かにある意味魅力的であるのだけれど、シャルロットだけはそうじゃなかった。


 彼女は人間サイドの「正義」を疑っているみたいで、人間が魔に属する者に襲われるのは、人が彼らの領域を侵していることにも、原因の一つがあると考えていた。日々魔獣や妖魔と対峙し命のやりとりをしながらも、このような思考を持ちうるシャルロットに、僕の興味がむくむくと湧いてきた。まあ今にして思うと、美しく真っ白いシャム猫の群れの中に一匹だけ混じった黒猫を、珍しく思うような気持ちだったのかも知れないね。


 結局その珍しい黒猫……シャルロットともう一度、今度は二人きりで話したいという欲望に、僕は逆らえなかった。僕は彼女の父親であるリモージュ伯に正式に許可を得て、交際を……もちろん清い交際ってやつだけどね……はじめたんだ。今になって思えば、全部父上の策略通りだったのかも知れないけれど。


 彼女は僕の容姿には……自分でもかなりイケてると思っているのだが……特に感銘を受けた様子もなかったけれど、僕との会話については結構楽しんでくれているようだった。他の令嬢達みたいに詩歌や演劇に対してはそれほど興味を示さないくせに、僕が私領の経営なんかについてちょっと悩みをこぼすと、グッと食いついてくるんだ。例えば……


「僕の私領は辺境にあるから、なかなか優秀な使用人が来てくれないんだよね」


「それなら、獣人をお雇いになれば良いのではないでしょうか?」


「獣人を、だって?」


「ええ、獣人です。ロワール王国では獣人に対する差別感情が強いですから、彼らはいくら優秀であっても良い職には就けません。そこで試しに一人でも、人間と同じ雇用条件で獣人を雇用なされてはいかがでしょう。そうすれば、それを見たもっと優秀な獣人が、どんどん自ら志願してまいりますよ」


 なんだ、そんなことに悩んでるんですかとでもいうように、彼女がさらっと答える。


「うむ、僕自身は使用人や部下が獣人でも気にしないが、王都の社交には連れて行きにくいな。貴族たちは獣人を徹底的に下等なものとして見ているから、いらぬもめごとの種になるからね……」


「ですから王都のお屋敷ではなく、ご領地に常駐し経営にあたるスタッフを獣人にすればよいのです。彼らは人間にない能力を持っておりますし、一旦忠誠を誓えば決して裏切らない、素晴らしい使用人になりますよ?」


 シャルロットの言うことは、今になってみると本当だった。


 最初に雇った狼獣人は、この道三十有余年の家令も驚くほど物覚えが良く、かつ献身的だった。ものの一年で家令はその業務の半分を獣人に委譲し……近々全部任せて引退することを考え始めている。そして僕の領地では獣人が重く用いられていることを知って、私兵隊や経理担当、庭師やメイドに至るまで、次々優れた獣人が仕えてくれるようになった。


 獣人と一緒に働くことを嫌って辞めていった人間もいたが、そのうち一人が領地のカネを私的に使い込んでいたことを発見したのも、狐獣人の経理担当だ。シャルロットの言葉通り、本当に忠実なのは、人間ではなく獣人だったのさ。


 これ以外にもいろいろ彼女が提案してくれたことは、みんな理にかなっていた。ただ、実際には使えない策も、多かったけどね。たとえばこんな会話があった。


「有力な商人を領地に呼び込んで、交易をさかんにするにはどうしたらいいと思う?」


「簡単ですわ、ご領地の通関税と取引税をタダにすればいいのですよ」


「取引税がなくなったら経営が厳しいな」


「商人から直接税が取れなくても、人とモノが集まるのですから、ご領地は栄えます。取引税に頼らずとも、あっちこっちからおカネは入ってきますよ」


 うん、彼女の言うことはまったく正しい。僕もそれは分かっていたけど、その案を実行に移すことは、怖くてとてもできなかったんだ。自分の領地だけ免税にすることで周りから商人をかき集めてしまったら、近隣の領地を持つ貴族から恨みを受けるのが、目に見えてるじゃないか。


 これに限らず、シャルロットは物事の本質が良く見えている割に、人間同士の政治的駆け引きや怨讐といったドロドロしたものには、不思議なくらい鈍感で無関心だった。そういうところが、生き延びるためにそういうモヤモヤドロドロしたものばかり気にしてきた僕にはとても新鮮で……胸の中のなにやら濁ったものを、爽やかに吹き払ってくれるような存在になっていった。もしかして彼女となら、悩みも不安も遠慮せず言い合い、そして補い合えるパートナーになれるのではないかと……。


 そんなことを思って、僕は付き合い始めて二ケ月後……王都郊外の湖畔で、シャルロットの白く細い手を取って、ひざまずくことになったんだ。彼女は耳まで紅く染めつつも、輝くような微笑みを浮かべながら、僕の申し込みを嬉しそうに受けてくれたんだ。そして、僕らは婚約者になった。



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