第15話 好きだった王子様
クララの耳は毎度のことながら正確だ。
しばらくすると軽装騎士の武具が擦れ合う、特有の音が近づいてきた。
相手が騎士だったら、いきなり襲われることはないだろうけど、怪しまれて連行されることは、ありうるわね。最悪のケースは……こないだの山賊殺しの犯人として逮捕、そして王都に送られて、再度異端審問に掛けられて火あぶり……さすがに、これはいやだな。
ちらっとクララの方を見る。多数の敵が近づくときには変化しやすいように服のボタンを外す彼女だが、今回はなぜか一切着こなしを崩していない。
「敵ではない、ということ?」
「ええ、野生の第六感みたいなもので……信じて頂くのは難しいかも知れませんが、彼らは私達に害をもたらすものではありません。そこだけは本能的に、理解できるのです」
「クララの言うことなら、私は信じるわ。だけど、なんで騎士様達がこんな間道に?」
「やっぱり、ロッテ様を探しに来ている可能性、結構高そうですよね」
やっぱりそれだよね……
そして、先頭の騎士が姿を見せ、ゴブリンの死骸を見つけ大声で仲間を呼ぶ。ほどなく私達に気付き、駆け寄ってくると優しく声を掛けてくれた。
「これはお嬢さん達、怪我はないか? ゴブリンがこんなに倒れていて、きっとびっくりしたよね。もう大丈夫だからね、近くの村まで送ってあげるからね」
騎士様は、ゴブリン達を私たちが倒したとは、思っていないみたい。そりゃそうよね、いたいけな美少女二人が……私はちょっと地味美少女だけど……そんなマネできるわけないわよね、あくまで普通ならば。
一瞬このままゴマかしちゃおうかなという誘惑にかられたけど、基本的に私は嘘がつけない。傷を調べられれば獣人クララの仕業とバレる可能性は高いし……嘘だとなったら、正義を重んじる騎士様の心証が、悪くなるわよね。仕方ない、ゲロっちゃおう。
「あの。このゴブリンは、私達が……というよりほとんどこのクララが倒しましたので」
「何だって? 失礼だが君たちはどう見ても……」
「えと……クララは、魔狼のハーフですので、見た目よりはるかに強いのです」
「ん? 狼の獣人を連れたお嬢さん? 失礼だが、お嬢さんのお名前は……?」
ここでロッテとか言っちゃいかんだろうな。もう、やむを得ない。どうも、私を捜して逮捕しにきた雰囲気ではなさそうだし。
「はい。私は先日まで、シャルロット・ド・リモージュと名乗っておりました」
「あ、伯爵令嬢様、いえ、聖女様……」
「『元』聖女ですけどね」
つい大人げなく訂正を入れて優しい騎士様をしょげさせてしまい、心の中で反省する私の耳に、聞きなれた、でも予想もしなかった声が飛び込んできた。
「シャルロット!」
見上げた私の眼に映ったのは……少しウェーブした金髪と、切れ長の眼にブラウンの瞳、ほれぼれするほど形の良い鼻、チョイ悪っぽいいたずらな笑みを浮かべる唇……この二年間、何度となく一緒に楽しく過ごした人の姿。一体、なんでこんなところにいるの?
「アルフォンス様っ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
私の婚約者だった第二王子殿下は唇を震わせ、本当に安堵したという表情を見せる。
「シャルロット……本当に良かった、生きていてくれたんだね」
いや、こっちはあなたの豹変ぶりが意味わかんなくて混乱してるんですけど。王宮で私が弾劾されてた時の、あなたの氷のように冷たい態度って何だったの的なアレですよ。
「王子殿下は、どうしてここにいらっしゃったのですか?」
「王子殿下だと? なぜアルフォンスと呼んでくれないんだ? 私達は婚姻を約した間柄ではないか」
「そうですね。『元』婚約者ですわね。もう今は、名前でお呼びできるような親しい関係ではございませんから。そして私は伯爵家を放逐された身、もう貴族でもございませんし、高貴なご身分の方には話しかけることもできない、しがない身分のみすぼらしい女ですわ」
我ながら木で鼻をくくったような返答だ。だけど仕方ないでしょう、あれだけ冷たく突き放されたら、もうあなたを信じられるわけないでしょ、ねえアルフォンス様。
あ……だけど、勝手に涙があふれてくる。だめだよこんなとこで泣いたら……せっかく気丈な追放令嬢を演じているのに。泣いたらきっとこの人は、私をちょろい奴って思っちゃうよ。そう思って涙を止めようとするけど、ぜんぜん止まらないんだよ。
静かに涙を流し続ける私の背中に、暖かいものが押し当てられた。クララの手のひらだ。触れられたところから、余計なものが抜けて行って……十数えるくらいの間に、私はすっかり落ち着いていた。
「クララ、ありがと」
「いえ、私はロッテ様をお助けしたくて、付いてきたのですから」
にっこりと微笑むクララは、ケモ耳の付いた天使だ。勇気を取り戻した私は、アルフォンス様に向き直った。
「それで……殿下は、どうしてここに?」
「もちろん君を保護するため……そして、ずっと一緒にいるためさ」
はぁっ??
私はまたまた混乱していた。追放劇の間、私を守ってくれることもなくひたすら冷たかった、この薄情な元婚約者が、わざわざ私を追いかけて来て、そして一緒にいるために保護って……やっぱり意味が分からない。
「殿下、ご説明をお願い致したいのですが」
「どうしてもアルフォンスと呼んでくれないんだね……」
「どうか、ご説明を」
若干イラっと来る私。周辺にいた騎士たちも、私たちの間に流れる微妙な空気を感じたのか、徐々に距離を取って、今や遠巻きに見守っているという状況だ。
「わかった。本当は黙って僕を信じて付いてきて欲しかったけど、いろいろなことがあったからね、ちゃんと説明しよう」
「……お願いしますわ」
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