第16話 アルフォンス様との別れ

「シャルロット、私の父親……国王陛下の御不例を知っているかい?」


 不例って、御病気のことよね。そんなこと聞いてないわ。


「いいえ」


「そうだよね。高位貴族の一部しか知らないんだけど、国王陛下のお命は、あと一年もないだろうということなんだ。それを知る一部の貴族たちの間で、後継を誰にするかで争いが始まっているんだよ」


「もし……不幸にもそうなった暁には、第一王子殿下が王位を嗣がれるのでは?」


「そう、普通ならね。僕も長幼の序をひっくり返して王位を狙う気なんかなかったし。だけど兄上は、神経質で疑い深くて残忍で……想定以上に人望を失ってしまっているんだよ。父上も、それでなかなか長子たる兄上を、王太子に正式指名することができないでいたんだ。そこにこの御不例……僕を担ぎ出そうって機運が、にわかに盛り上がってきてね」


「何か、他人事みたいに聞こえるんですけど」


「そう、僕に国王に就く野心はなかったんだから、他人事だったんだよ、最初はね。だけど、兄上を推す人たちにとって、その動きは脅威だったらしい。それで、いろいろ僕を貶める仕掛けをはじめたわけだけど、そのうち最大のものが君の異端認定なのさ」


「異端の婚約者を持つ王子を、王位につけるわけにはいかない、と?」


「そういうことだね。相手方は僕が君を異常に可愛がっているのを知っていたから、君を追放から……実質的には死から……救うことと引き換えに、僕が王位継承権を放り出すのではないかと見ていたようだ」


 そこを他人事みたいに言われると、もう割り切ったはずなのに、なんだか切ない。もしも、そこで王位を捨てて私を選んでくれたなら……私は身も心もあなたに捧げ、一生尽くしたでしょうけれどね。


「なぜその時、あなたはシャルロット様を選ばなかったのですか! 今になって保護するだの一緒にいるだの言ったって、もう遅いですっ!」


 私の心中でモヤモヤしていた部分をぶっちゃけてくれたのは、クララだ。


「そうだね、君は正しいよ、可愛い獣人の娘さん。僕はあの場ですぐシャルロットを選ぶべきだった……シャルロットを愛している男としては、ね。だけど僕は一人の男である前に、国と国民に責任を負う、王族なんだ。あそこで僕が無条件降伏したら、確かにシャルロットと僕の二人に関しては、幸せだっただろうね。だけどそんなことをしたら、国のために良かれと考えて僕を擁立せんとした多くの有為な人達が……僕が頼んだわけじゃないんだけどね……反対派から苛烈な報復を受けることが目に見えていたんだ。彼らの立場を守る根回しを終える前に、僕が勝手に舞台を降りるわけにはいかなかったんだよ」


 アルフォンス様は、その凛々しい眉を寄せながらゆっくりと噛んで含めるように話す。クララも気圧されて、反論できずにいる。


「確かに僕は一人の男としての義務より、王族として国を支える義務を優先してしまった。それゆえにシャルロットが僕を嫌いになったと言うのであれば、甘んじて受け入れよう。だけど僕は、やっぱり君を忘れることができない……まだ、好きなんだ。僕だけのものにしたいんだ」


 ヤバい……こういう押しに、私は弱い。いわゆる「流されるタイプ」なんだ。強烈な押しに、いまにも流されそう……だけど今は、簡単に流されちゃだめだ。ここは現実面を攻めて、落ち着かないと。


「殿下、ありがとうございます。まだ私に思いを残してくださっているのですね……嬉しいです。しかし私は教会に異端認定されて国外追放を申し渡されている身です。殿下は、どうやって私を保護されるというのです?」


「私の個人領地にかくまうつもりだ、君も行ったことがあるだろう?」


 え、それは、絶対やっちゃだめなヤツでしょ。


「いけません。その方法では、私の存在を知る使用人の一人でも敵に寝返れば、殿下が破滅です。もし、この国内に私をとどめておくと仰るなら、地下牢か地方城塞の石塔にでも閉じ込めて、外部との接触を最小限にするくらいの手段をとらないと、秘密が漏れる懸念は拭えませんよ」


 あ、またやっちゃったかな。


 私は婚約者時代、アルフォンス様が政治のお話をして下さるたびに、ああでもないこうでもないとダメ出しばかりしていたから、その癖が出てしまった。アルフォンス様もそれを喜んでいるところがあったんだけど……今はもう、私にそんな権利はないのにね。


「君を塔に閉じ込めるなど……」


 そういえばそれもいいかもなあ的なつぶやきが、アルフォンス様の口から漏れたのは、聞こえなかったことにする。どういうヤンデレなのよ。


「私の存在が、これからロワール王国を二分する争いに臨まれる殿下にとって、致命的な弱みになる可能性がある以上、私は殿下の庇護下に入るわけには参りません、それに……」


「それに?」


 うん、思いがけない再開にどきどきしてちょっと混乱していたけど、話しているうちにすっかり落ち着いたわ。もう、結論は決まったよ。


「殿下は私か国かの選択で、国の安寧を取られました。それは王族としてご立派なことです。ですが私は、人生を一緒に歩くパートナーとして、そういう方ではイヤなのです。今の私には、何より私を優先してくれるこの娘……クララがいます。私は今後、この娘と一緒に人生を切り拓いていくことに、もう決めましたので……ねっ、クララ?」


 そう宣言して、クララの腰に右腕を回し、グッと引き寄せる。クララは一瞬驚いたように私を見上げたけど、すぐ笑顔になって抱き締め返してくれる。


「ええ、喜んで。ロッテ様!」


 アルフォンス様は一瞬驚いたようだったけれど、すぐ納得した表情になった。それとも、パートナーが女の子だったから、安心したのかしら。


「シャルロット。君の言いたいことはわかったんだけれど……その、ロッテってのは何だい?」


「ええ。私、シャルロットの名は捨てましたの。これからは、家名も何もないただのシャルロッテ……略してロッテとして生きていきますわ」


 それは、シャルロット・ド・リモージュの名とともに、このロワール王国でのさまざまなこと……聖女のあれこれ、リモージュ家のしがらみ、そしてアルフォンス様との楽しかった日々……そんなものを一切合切全部捨てる、という私の決意表明だ。


「そうか……うん、君らしい強さだな。幸運を祈るよ」


 アルフォンス様は、少し寂し気な表情を浮かべつつも、私の無謀な決意を応援してくれた。


「……うん。まあ、今のところはね。だけど、僕は君を自分のものにすることを、あきらめてはいないからね……」


 ああ、そこで執着するのは、カッコ悪いですよ……私の王子様だった人。


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