第14話 獣の癒し術って
ぴちゃぴちゃと何やら水音がして、目がさめた。まだ頭がぼうっとしている。
私は夜具の上にうつぶせに寝かされていて、水音は背中の方からしているみたいだ。
「うう……ん」
(ロッテ様、お気づきになられました? ああ、よかった……)
流れ込んできたのはクララの意識だ。言葉でなく意識で……ということは、クララはまだ、魔狼のままの姿でいるらしい。彼女が獣化を解いていないということは、私が倒れてからそう時間がたっていないということなのかな。
「う……私、何分くらい倒れてたのかな?」
(何分……ですか。分……で無理やり表現すると、八百から九百分ってとこではないでしょうか?)
ややあきれたニュアンスを込めたクララの意識を読んで、私は驚く。
「ええっ! 半日以上倒れていたってことなの?」
(まわりをご覧ください。ね、真夜中でしょう?)
本当だ。簡易テントの隙間から、月明かりがさしこんでいる。
(毒刃にやられてから激しく動き回られましたから、毒がかなり全身に回ったようです。なので解毒にも時間がかかってしまいました、申し訳ありません)
「解毒って? あれっ?」
私はうつぶせに……寝かされているけど、なぜだか上半身には着衣がない。そして、お尻のあたりに狼姿のクララが乗っかって、ひたすら私の背中の……ゴブリンに刺された傷口をなめているの。さっきから聞こえていた水音は、クララが私の背中をなめる音だったんだ。
「これが、解毒法なの?」
(狼が傷ついたときは、こうやって治しますから……これしか私に出来ることが思いつかなかっただけです。でも、結果的には効いたみたいですね。あの毒は、体内に入ったらまず助からないと思っていたものですけれど、こうやってお目覚めになられたのですから)
いや、確かに獣は「なめて治す」けどさ。それ、人間相手にやるかな? クララは時々こういう単細胞な……失礼、ストレートすぎる発想をするのよね。でも、それが効いちゃったんだ……
「うん、強烈な毒だったのは私も理解してる、それが解毒されてしまうということは……やっぱり魔獣の『舐めて治す』業に対しても、私の魔力ブーストが効いちゃってるってことなのかな?」
(そう考えた方が自然ではないかと……それでは失礼して、私も元に戻りますね)
すぅっと自然な感じで、クララが狼から、一糸まとわぬ少女の姿に戻る。う~ん、何度見ても、この素肌のきれいさには、どきどきする。
「はぁ……っ。こんなに長く獣化していたのは初めてで……ちょっと疲れてしまいました」
つぶやくなり、服も着ないままで私の傍らに倒れ込む。そうだ、獣化は魔力をうんと使うって言ってたよね……半日以上この姿で私に癒しの業を続けていたんだ、それは疲労困憊にもなるだろう。
「クララ、ありがとう。疲れちゃったよね……ごめん。こんなんでお礼になるかどうかわからないけど……」
いつかと同じように、私はクララを背中から抱きしめて、素肌をすり合わせた。ゆっくり私の魔力が、彼女に流れ込んでいくのがわかる。お願い、少しでも元気になって。
「ああ、ロッテ様、この魔力美味しすぎます……」
そのうっとりした声が小さくなるのを聞いて、私が彼女の顔をのぞき込んだ時には、もうクララは静かな寝息を立てていた。はやっ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝目覚めて簡易テントからはい出した私は、昨日倒したそのままに点々と転がっている多数の死んだゴブリンに、うげっと引いた。なんか変なにおいがするなあとは、思っていたんだけどね。
「ああ、申し訳ございませんロッテ様、昨日は死骸を片付ける余裕がなくて……」
遅れて出てきたクララが言う。昨日は戦いが終わるなり半日、私を癒すのに必死だったみたいだから仕方ないよね、謝ることでもないのに。それにしてもクララのお顔が、今朝は特につやっつやのぷるぷるだ。昨晩、ちょっとご褒美をあげ過ぎたかしらね。
「これだけお肉が転がっているのに、よく夜の間に狼が寄ってこなかったわね」
「ああ、野生の狼は、ここに私がいる限り近寄っては来ませんよ。ハーフとはいえ、魔狼は狼の上位種ですから」
ちょっとドヤ顔しているクララの説明に、なるほどと相槌をうつ私。
「いずれにしろ、ここで朝食をいただく気にはなれませんよね。さっさと出発して水場のあるところでブランチをとりましょう」
私も大いに賛成だ。昨日の朝食以来、まともな食事をとっていないからお腹はペコペコだけど、さすがに血まみれゴブリンと一緒の朝食は、御免こうむりたいわ。
身支度を整えテントを撤収しているちょうどその時、またクララのケモ耳が動いた。
「あら? 騎士の方々らしい音が近づいてきますわ」
「まずい、早く逃げよう?」
「私ならともかく、ロッテ様のおみ足で、騎士様達から逃げ切れるわけありませんけれど?」
はい、おっしゃる通りです。
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