第13話 ゴブリンとの戦闘

 ゴブリン……ようは小鬼だ。


 私達の三分の二くらいの身長しかなくて、腕力も大したことはない弱い妖魔だ。一対一で戦えば、私だって絶対負けないけど、何しろ数を恃んで押し寄せて来るのが脅威なの。この鳴子みたいな道具や、罠や毒を使ったりと、小知恵も回るし。


 彼らの一体一体は弱いけれど、戦う相手としては実に厄介なのだ。何しろ繁殖力が異常に強い種族だから、犠牲を顧みない。仲間が死んでもその屍を乗り越えて次々と襲ってくるの。そのうちにこっちだって無傷ではいられなくなる。そして動きが鈍くなったところに、一気に四方八方から攻撃されれば、熟練の戦士でも、やられてしまうわけよね。


聖女の力である神聖魔法「浄化」を使えば、何体でもいっぺんに薙ぎ払えるはずなんだけど、今の私はその力を奪われているわ。クララの接近戦能力頼みで、私は足を引っ張らないように逃げ回るしか、ないだろう。


 少し動き回れそうな広い場所まで急いで戻ると、クララはものすごい速度でいつもの侍女服を引き剥がすように脱いだ。あんなに乱暴に脱いでもボタンを引きちぎらないのはさすがだわと、私は妙な感心をしてしまう。いけないいけない、集中しないと。


 そして瞬く間に、クララは美しくたくましい魔狼に変化する。この間山賊もどきを相手にした時とは違って、時間の余裕がないのだ。山賊たちはクララの美しい裸身を好色な眼でじっくり鑑賞して、変化のための時間を稼がせてくれたのだけど、妖魔はそんなものに興味はないのだから。


 そして周囲の藪からゴブリンたちが次々姿を見せる。数えきれない……たぶんざっと三十体以上いる。武器はこん棒か短剣のようだ。クララはためらわず、先手を取って手近なゴブリンから次々と蹂躙してゆく……魔狼の速度に、彼らの反射神経程度でついていけるわけはないのだから。


 そうは言っても相手は数が多い。私の仕事は、クララがとりこぼした敵を、自分に近づけないように、威嚇することだけだ。普段クララが片手持ちで使うファルシオンを両手持ちで構えて、寄らば斬るという雰囲気を出すのだけれど……本当に接近されてしまったら、使い慣れない刀でゴブリンを倒せる気はしない。戦い方に慣熟した「聖女の杖」をリモージュの邸に置いてきてしまったのは、やっぱり失敗だったかしら。


 クララが変化した魔狼が、ほんの数十秒の間に敵の半数を倒している。少しほっとした私の耳に、なにか風を切る音が聞こえた。とっさに身をかわしたそのすぐ脇を、隠れていた弓持ちゴブリンが放った矢がかすめて行く。やばい、飛び道具はクララにも私にも、脅威だわ。


 すかさず目標を弓持ちゴブリンに変えたクララは、左右にステップを踏んで狙いをつけさせないようにしながら敵に近づくと、難なく引き裂いた。だけど彼女が離れたとこにいる弓手に対応している間に、私は三体のゴブリンに囲まれることになってしまったの。


 やばっ、三体相手じゃ、どうやっても後ろをとられてしまう。クララが戻ってきてくれるのを待っている余裕はないから、ここは自力で突破しないと。とにかく三体を二体にしないと勝機はないから、そこが最優先ね。ままよ、敵は手足も短いし武器も短剣だ……リーチでは、はるかにこっちが勝っているはず……いくわよっ。


 右に迫ったゴブリンに向かって大きく足を踏み出し、腕をいっぱいに伸ばしながらファルシオンを右から左に、水平に薙ぐ。こんな振り方では力が入らないのはわかってるけど、接近するのは怖いから、腕の長さを活かすしかないわけよ。


 私の剣術もサイテーだったけど、ゴブリンの剣術も概ね似たようなものだったようだ。私のファルシオンの先端が敵の手首をとらえ、血が舞い短剣が地に落ちる。やった、これで少しは時間が稼げそうね。


 だけどやっぱり私は、接近戦の素人だった。思いきりバランスを崩しながら伸ばした身体を元に戻すそのわずかな時間に、背後のゴブリンが素早く距離を詰めてきて、私の背中にごく浅く短剣を突き刺した。痛いけど、こんな傷なら全然動けるわ。私は無我夢中で、技巧も何もない袈裟懸けの一撃をゴブリンに浴びせ、運よく倒した。飛んで戻ってきたクララが残ったゴブリンたちをマッハで葬って……三十数えるかどうかという間に、すべての敵は地面に沈んだ。


(ロッテ様、ご無事で……お背中の傷は?)


 クララは獣化中だから声は出せないけど、獣とコミュニケーションできる私に意志を通じることはできる。


「うん、ちょっと痛いけど、浅い傷だから我慢できるわ」


 彼女を安心させようと微笑んで答えた私は、ふと手のしびれを感じてファルシオンを取り落とした。


(ロッテ様?)


「あ……どうしたんだろ、なんか、感覚がなくなって……」


(……っ。それはゴブリンの毒刃ですっ!)


 あ、そうだった。体力は人間に劣るけど小知恵の回るゴブリンは、短剣に麻痺性の毒を塗ったものをよく使うってことを、聖女の知識として、学んでいたはずなのに。


「う、ごめん、クララ……立って、いられな……」


私の意識は、そこで途切れた。


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