第12話 名前、変えよう?
その日は陽が傾いた後もひたすら先に進んで、真っ暗になって足元を照らすのに光の魔道具が必要になる頃に、ようやく野営した。
さすがにあれだけ敵を殺しまくった直後だ。執念深いことでは何にも負けない教会の連中が、さらに追っ手を差し向けてこないとも限らないから、できるだけ昨日の村から遠く離れたかったのよね。
「シャルロット様……お疲れになったでしょう?」
「うん……でも、クレールの方がよっぽど疲れてるんじゃない? あんな怪我をした翌日なのに、あんなに大活躍したんだし」
「あら、心配してくださってありがとうございます。私は絶好調ですよ……だって、シャルロット様の美味しい魔力を、たくさん頂きましたから」
またクレールが、無垢な顔立ちで色っぽく微笑し、少し唇をなめる。ああ……こんな表情を向けられたら、とろかされてしまうわ。ダメダメ、相手は女の子なんだから。
手際よくクレールが調えてくれた夕食を……といっても堅パンとポトフだけなんだけど……美味しくいただきながら、今後の相談をする。とはいっても、クレールのスタンスは一貫している。
「目指すところを示してくださるのはシャルロット様。私は貴女様の向かうところに、どこまでも従ってゆくだけです」
何度聞いてもこれだから、彼女の意見にはあまり期待していない。
「追放って言われたけど、私もどこか甘く考えていたかも。いつか、国土の隅っこでもなんでも、このロワール王国に戻れるかもって何となく思ってた。だけど、こんな露骨に追っ手を差し向けられたら、もう一生帰ることはないって、考えざるを得ないわよね」
「そう、なっちゃいそうですね」
こんな国に帰れるかどうかなんてどうでもいい、という風情のクレール。そうかあ、彼女はこの国でロクな扱いを受けてこなかったわけだから、ロワール王国ってところにこだわりも思い入れもないわけよね。
「だから、一刻も早く、永住できそうな国を探すしかないよね。まずは一番の有力候補、森の国バイエルンに向かわないと。そしてロワールの領内では、もう余計な寄り道はしない」
「そうですね。足がついたとたん、追っ手を差し向けられることが分かりましたし」
「うん。そこで……もうこの国に戻らない覚悟を決めたところで、一つ提案があるんだけど」
「はい? 何でしょう? なんなりとおっしゃって下さい」
「もうロワール王国とは何のかかわりもなくなるって意味で、私達の名前もロワール風をやめて、バイエルン風に変えてしまわない?」
「それは面白いですね。ロワール国へのこだわりはまったくありませんから、私は喜んで従います。え~っと、バイエルン風だと、私はどんな名前になるのですか?」
「えっと……クレールって名前は……バイエルンでは、クラーラかクララかな?」
「だったら、クララがいいですっ!」
あら、即答なんだ。確かに、クララのほうが可愛いかも。
「じゃ、シャルロット様は?」
うふふ。クレール……クララがノッてきたわ。
「シャルロットをそのままバイエルン風にするとシャルロッテだけど……これじゃわざわざ変えた気がしないわね。長くて呼びづらいし……」
「そうですね。素敵な名前だとは思いますけれど」
「だから、つづめてロッテにしようかなと」
「あ! それ可愛いです! ロッテ様……いい響きです、ねえロッテ様!」
「ふふっ、気に入ってくれて嬉しいわ、クララ。今後とも、ロッテをよろしくお願いしますわね」
私たちは眼を見合わせて、そして笑いあった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
見晴らしの良い草原や荒れ地を進むときは、誰か教会につながる者に見つかるんじゃないかと緊張する。逆に、林の中を進む日は、やっぱり安心する……人間より、魔獣や害獣の方が対処しやすいから。だけど、獣でも人でもない第三の脅威……妖魔については、これまであまり深刻に考えてはいなかった。
その日、いつものように警戒しながら先行してくれるクララの……そう、クレールをこう呼ぶことにしたの……後を、緊張感も何もなく、ただ体力を消耗しないようについていくだけの私の耳に、シャリンというような金属の鳴る音が聞こえた。
「申し訳ありません、鳴子に触れてしまいました。ロッテ様は下がってください!」
糸のような物を引っ掛けてしまうと、つながっている金属製のなにかが鳴る仕掛けになっていたらしいわ。感覚の鋭敏なクララが気づかないのだ。よほど巧妙に仕掛けられていたのだろう。
「鳴子なんか仕掛けてくる相手というと?」
「妖魔、それもこんな小細工をするのは、ゴブリンくらいしかいませんね」
「ゴブリンか……」
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