第11話 獣化戦闘
「ば・・化け物! 畜生、みんなで囲め!」
前頭部が禿げ上がった、賊の頭であるらしい男が我に返って大声を上げるけど、もう遅いわ。さっきまでクレールであったはずの魔狼は、素早く右側の賊にとびかかり、一瞬で喉笛を噛み裂いた。周囲の者が体勢を立て直す隙を与えず、さらに一人の頸動脈を牙で、もう一人は鋭い爪で切り裂く。
「馬鹿野郎ども! 化け物を相手にするな! 聖女を人質に……」
終わりまで言うこともできず、頭はその命を飛ばした。そして魔狼は私に近づこうとした賊を、牙と爪と体当たりで立て続けに三人倒し……死んだ頭の指示に従おうとしてた手下達も、もう私をさらって盾にすることをあきらめた。士気が失われれば、後は逃げ散るだけ。魔狼は思うさまに賊たちを追いまわし、蹂躙し、その命を奪った。
「クレールっ! 全員殺してはだめ! 一人残してっ!」
魔狼になってしまったクレールに聞こえるのかどうかはわからないが、私は叫んだ。魔狼は一声吠えると、最後の賊二人に襲い掛かって一人を噛み殺し、もう一人のふくらはぎの筋肉を大きく抉った。なるほど、彼を残してくれるみたいね。
そして、立っている賊はいなくなった。魔狼がゆっくり私に向かって戻ってくる。十人以上の男を屠ったというのに、返り血にも汚れてなくて、とっても気高く美しい姿……思わず見とれてしまうわ。魔狼はぷるぷるっと首を振って、その頭を私に擦りつけて来る。うん、かわいいじゃん……思わずその頭から鼻先にかけて、撫でて、頬ずりしてしまう。そうやって触れているうち自然に……本当にごく自然に、魔狼は可憐なクレールの姿に戻っていった。
「獣化の業をお見せするのは初めてですけど、いかがでしたか?」
一糸まとわぬ姿で、私を上目遣いで見るクレール。
「うん、とっても綺麗で、頼もしくて、そして強かった。素敵だったよ」
「ふふっ。シャルロット様なら、そうおっしゃって下さると思っておりましたわ」
「魔狼に変化できるなんて、知らなかったよ……」
「獣化するのには、ものすごく魔力を必要とするので、滅多にできることではないのですよ。さっき、あんなに簡単に獣化できたのは、昨晩からたっぷりと、美味しい魔力を頂いていたからですね」
またクレールが、幼い顔のくせに色っぽく微笑む。どきどきして心臓に悪いから、その表情は、やめて欲しい。
「あ、やっぱりそうなんだ。少しは、役に立ったってことかな」
「シャルロット様ったら……少し、とか言ってはダメです。シャルロット様の魔力は私達魔獣の血を引く者には極上のもの。そして、貴女様は私にとって、命にかけてもお守りしたいご主人なのですから」
ああ、まずい、心臓がどきどき、暴れて止まらない。
「あ、ありがと……お礼を言うしか、できることはないけど」
「そうですね、せっかくですから、お礼は形のあるもので……」
「えっ?」
また唐突に、私の唇に柔らかいものが触れ、そして入ってくる。私も二度目なので、ちょっと控え目にだけど、クレールの舌の動きに応えてみる。うん、結構これも楽しいかも。
「はぁ……やっぱり美味しいですわ。ご馳走様でした」
余韻に浸っている私を横目に、クレールは素早く身支度を整える。
ああそうだ、私にもやるべきことが残っていたわ。私は、さっき魔狼が脚の筋肉を食いちぎり歩けないようにして、一人だけ残した賊に歩み寄った。侍女服に戻ったクレールも、ファルシオンを右手に私と並び立つ。
「な、何だよ。斬らないでくれよ、もう俺は動けねえから、悪さもできねえよ。頼む、命だけは……」
明らかに賊は、私ではなくクレールに恐怖している。まあそうよね、眼前で仲間十数人、彼女一人に……一人って表現でいいわよね……噛み殺されちゃったんだから。ファルシオンを突きつけなから、冷たい視線で無言を貫く姿が、また恐怖を誘うわけよね。なので、ここでしゃべるのは、私の役目だわ。
「ねえお兄さん、死んじゃったお頭さんは私達を『闇堕ち聖女と獣人の珍道中』って言ってたわよね。私達の素性をなぜ知ってたのかしら? いったい誰から聞いていたのかな?」
「俺は知らねえ!」
「あら、知らないの……残念だわ。何も情報をくれないのなら、生き延びてもらう価値もないわよね……」
この黒い台詞が「元」とはいえ、聖女の吐く言葉かと、我ながらおかしくなるわ。クレールは無言のまま眼を光らせ、ゆっくりとファルシオンを振りかぶってゆく。その切っ先がクレールの頭と同じ高さまで上がった頃、賊の男はあっさり白状した。
「き……教会だ。教会の司祭だか司教だかいう偉い奴が、異端者たる闇堕ち聖女を襲え、首尾よく殺せは賞金もくれる、もちろん殺す前に好きなだけ楽しんでも構わんと。そこに昨日、その先の村に聖女が現れたとタレコミがあって……」
はぁ。やっぱり出どころは、昨日さんざんボコられた、あの村だったか。
「殺しますか?」
クレールが、そのお人形のようなクールで綺麗な表情のまま、冷ややかに言い放つ。地面に転がっている男は、震えあがって……あ、ズボン濡らしちゃってる。
「いいわ。もうこの人も、一生まともに歩けないでしょうし。近くの村まで魔獣や妖魔に襲われずにたどり着けるかどうかは、保証できないけど」
「お嬢様が、そうおっしゃるなら」
もうすっかり男に興味を失ったかのように、クレールがファルシオンの切っ先をすっと下ろした。
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