秘密
サンタさんの顔は広くて
丸いお腹は笑う時に震えて
ジェリーが入ったボウルのようだった
かわいく太っていて愉快な妖精のようだった
思わず笑ってしまった私に
目をウィンクして、頭をかしげたので
何も怖くないとすぐにわかった
言葉は何も言わなくて
すぐに仕事に取り掛かって
靴下をいっぱいにして、くるりと身を回して
そして指を花の脇に置いて
それからうなずいて、煙突を登っていった
綺麗な、夜空。
さっきまで俺の周りにそびえ立っていた沢山の文明の建造物は、どこかに姿を消してしまったらしい。聖夜の晩に相応しい、この夜空。遮るものは何もない・・・
いや、一つだけ、目の前に大きな、
大きな、広い顔。
俺は意識を取り戻す。そして目の前の大男と俺の周りを囲む7体のバケモノを見、遥か下に見える地上を見、自分の死期を悟った。
「君は、これからサンタクロースとなる」おもむろに大男が口を開く。・
「そして一生以上の長い歳月を世の中の幸せのために尽くし、自分の罪を償うのだ」
「へっ・・・へへへ・・・そうなんだ」
もう何もかもが可笑しい。思わず笑ってしまう。よく見ればこの自称サンタも面白い。目は死んでいるのに、体躯はかわいらしく太っていて、まるで妖精か何かみたいだ。
「じゃあ、あんたも?」
「そうさ。ワシは1500年もの間、贖罪をしてきた」
なんて途方もない年月。これからは俺がそれを・・・?
「今君の思っているとおりさ。君もこれから長い年月をワシのように駆ける事となる」
そうか。俺は今、人では裁くことのできない罪を、弾劾されているのだ。
「よし。今から君にワシの仕事を引き継いでもらう」
「はい」 もう、どうにでもなれ。
いきなり顔面を掴まれる。文字通り、鷲掴みに。痛い。とてつもなく痛い。なんて握力。このままでは顔がつぶされてしまうのではないか。
「今、君にワシの中の全てを流しこんでいる。今日に至った経緯から贖罪を全うするための色々な要素まで全てを」
と、自称サンタ。
だが、確かにこいつのもつ様々な記憶や知識が頭の中にどんどん流れてきているような・・・・・・
「・・・う、うああああああああ!」
頭の奥が疼く。脳みその中心から外側に向かって何かが思い切り押しているような、捉えきれない痛み。
「可哀そうに、今君の頭の中にはワシの1500年分の記憶がものすごい勢いで流れ込んでいるのだ。それを脳が処理しきれず、炎症を引き起こしているのだろう。だが、もう少しだ。もう少しだから耐えておくれ・・・」
くそ、痛みがどんどん強くなっている。思考を全てシャットダウンしてしまいたい。でも、そう思えば思うほど流れてくる沢山の記憶が俺の脳内で再生されていく。
こ、ここは・・・教会のようだ。その中に二人の男が。一人は祭祀だろうか? 赤い祭服を着、白い髭を存分に蓄えている。もう一人は、教会に似つかわしくないみすぼらしい服を着て、手と足には錠がつけられている。
『・・・・・・確かに貴方は人として、してはならない事をした』 祭祀が言う。
『・・・・・・』 みすぼらしい男は未だに口を閉ざしている。
『しかし、私は貴方を赦します。人は誰しも誤ちを犯すものです。貴方はまだ若い。今からならやり直せる』
なんて甘い考えなのだろう、と俺は我ながら思う。すると、それを聞いた男が涙を流し始めた。
『さあさあ、涙をお拭きなさい。今貴方の心に宿っている、その後悔こそが、人生をやり直すための大きな一歩になるのですよ。こちらにおいでなさい。今錠を取って差し上げますから』
・・・待てよ。今こいつ、一瞬笑わなかったか?間違いない。確実にみすぼらしい男は錠を取られた瞬間に何かをしでかす。「同類」の俺の勘がそう言っている。
『・・・さあ、これで貴方は自由です。今から私と・・・うっ!?』
突然の蹴りを食らい、悶絶する祭祀。
『へへへっ!そんなに俺をなめてもらっちゃあ困る!死ね!この糞祭祀が!』
そう言って、彼はそばにあった大きな十字架を振りかざし、祭祀に向かって何度も振り下ろす。
・・・どのくらいの時間が経っただろうか。祭祀はすでにぐったりとしていて、
一切の精気も感じられない。
それに満足したようにみすぼらしい男は祭祀の上からどき、教会を後にしようとする・・・
『待て』
この声は祭祀だろうか?だが彼は既に事切れているように見えたが。
『・・・なっ!何故生きている。俺は完全にお前の息の根を止めたはずだろうが』 俺と同じように驚くみすぼらしい男。
『お前には良心の呵責があるのかどうか試した。だがお前にはそれが微塵もないらしい。お前にこれ以上神も情けをかけるつもりはない。一生以上の時をかけ、己の罪を償え』
そう言うと、同時に祭祀の体から禍々しい色をした力の流れ?のようなものが男の方へ流れていく。
『う・・・、う、うやああああああかあああああああ』
先までの俺と同じように痛みに苦しむ男。そして、さっきまで声を発していた祭祀の姿はいつの間にか消えていた。
・・・どうやら、彼の痛みが治まったようだ。どうやら禍々しい力を取りこんだせいで姿形が変わってしまったらしい、見かけがさっきまでとは全く・・・・・・
待て。この姿には見覚えがある。いや、見覚えがあると言うよりも、今目の前にいるではないか。この記憶は、今俺に力を流し続けている自称サンタ誕生の瞬間?
「これで、終わりだ」 唐突に聞こえるサンタの声。
「これで、ワシの役目は引き継がれた。後は、数百年、数千年、己の罪意を償い続けるのだ」
そういって、目の前のサンタ――いや、サンタだった誰かは気を失う。彼はもう既に記憶の中で見た、みすぼらしい姿へと戻っていた。
とはいえ、と俺は思う。結局命を取られずには済んだというわけだ。一生以上の時間をかけて、とこいつは言っていたものの、寿命が延びる事はこちらとしては願ったり叶ったりだ。それに、さっきまで聞いていた一連の行動には強制力がない。別に何をしようと、それを咎めるのは目の前にいるトナカイくらいしかいない。それにトナカイはサンタクロースであるワシの言う事に従順なのだ、足枷は無いに等しい・・・
ん?今俺は自分の事を「ワシ」と認識していなかったか?それにワシがサンタクロースであることを当然のこととして・・・また、ワシはワシをワシと言っている。どういう事だ。
「う・・・あ、ああ・・・」
どうやらさっきまでサンタだったクネヒトが目を覚ましたようだ。あの時は本当にどうにかなると思った。
・・・何故だ。何故ワシは彼の名前が「クネヒト」であることを知っている?
「・・・う、あ、ひぃ・・・!?ニコラオス!なんでお前生きて・・・ああそうだ。俺はあの時お前に何かを流されて・・・に、二千二十年?俺の知っている年から1500年以上たってるじゃな・・・あ、声が、もう。出ない」
「そりゃそうなるだろう、クネヒト。君が1500年も間何不自由なく暮らせていたのは、君がその間『人間でなかった』からだぞ?人に戻った今、そのつけが急速に襲ってきているだけだ」
「く・・・そ。・・・・その、赤い、・・・祭服と・・・白い・・・髭。いっ・・・しょ、うのろ、っ・・・てやる」
そういってクネヒトは事切れた。
「可哀そうに、可哀そうに。呪われているのは自分自身だったという事に未だ気づいていないとは。まあいい。よし、そらダンサー、それプランサー、ヴィクセン、行けコメット、行けキューピッド、ドナー、ブリッツェン、ポーチの上まで、煙突の上まで!速く走れ、それ走れ、みんな走れ!」 ワシは意気揚々にいう。
「今年の悪い子を探しに行こう!」
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