遠藤太一

 翌日、俺は奏音となぜか永町を伴って、第一発見者である遠藤の所属するD組へとやって来ていた。


 目的はもちろん、美術室の事件について聞き込みをするためだ。


 それにしても、知り合いのいないクラスに殴り込みに行くのってめちゃくちゃ緊張するな。さっき急いで腹に入れた総菜パンを全部リバースしちまいそうだ。


「ちょっと、はやく入りなさいよ」


 永町がハッパをかけてくる。


「しょうがねえな」


 なめられないため、同時にD組をにぎやかすために、ここはいっちょ威勢よく入っていくとするか。


 俺は横開きのドアをバアーンと音が出るくらい勢いよく開いた。そしてポケットに手を突っ込み、背中を心もち丸めた。



「ボンタン狩りじゃァー!! 遠藤出てこいやオラァ!!」



 昼休みのさなかに談笑していたD組の面々が一斉にこちらを振り返る。どいつもこいつも驚きと敵意と不安の色を帯びている。


 目的の遠藤は教室の中心にたむろしているイケイケ集団の中にいたようで、そのメンバーが一人の男子生徒をせっつきながら「おい、行けよ遠藤。ご指名だぞ」と言っている。当の遠藤は嫌そうな表情を浮かべていたが、やおら立ち上がって俺の前に歩いてやってきた。


「俺が遠藤だけど……一年だよな?」

「ああ。A組の江神涼介。『駄菓子屋のリョウちゃん』たァ俺がことよ」


 実際小学校低学年までは近所の駄菓子屋に通い詰めて瓶コーラを買っていた。空瓶返すと10円貰えたんだよなあれ。


「江神? 聞いたことねえな」


 遠藤は俺に負けず劣らずオラついてこっちにガン飛ばしてくる。ワックスで整えられた髪や着崩した制服やらいかにも自分イケてまっせ感満載な野郎だったが、俺よりも若干背が低いのであんまり怖くない。


「ちょっとコッチ面ァ貸せや。話はそっからだ」

「やってやろうじゃんよ、オォ!?」


 何事もなかったかのようにスムーズに教室を出ると、入り口で待っていた永町が思い切り頭を叩いてきた。


「ちょっと、何やってんのよ!」

「痛っ」

「痛っ、じゃなくて! あんな入り方したら無駄に目立っちゃうじゃないのよ」

「面白いからいいだろ」

「確かに面白かったね」


 奏音がくすくす笑って助け舟を出してくれた。永町は驚きやらあきれやらでがっくりと肩を落とした。


 一方の遠藤少年は、最高の仲間たちとの交流から俺のカチコミからこの弛緩した雰囲気にジェットコースターみたいに上り下りしたせいか、目を丸くしていた。


「えっと、あの」

「ああ、ごめんね遠藤くん。あたしら美術室の事件について調査してるんだけど」


 永町が詫びを入れつつ用件を伝える。一方の俺はどうせカチコミするんだったら長ラン作っときゃあよかったななどと事前準備の甘さを反省していた。


「はあ、美術室っていうと……いっちゃんの彼女が殴られたあれか」

「そうそう、殴られたあれ」

「つっても俺、そんなに知らないよ」

「お前に聞きたいのは、まず一つに何時頃に発見したのか、そして被害者はどんなふうに倒れていたのか、その時意識はあったのか、あったとしたら何をしていたのか、何を話していたのか。これくらいだな」


 俺が割り込むと、遠藤はいまだ警戒心の残る目で俺を見やったが、永町を見るとデレッデレになって喋り始めた。


「えーっと、時刻は19時くらいだった。俺サッカー部なんだけど、練習終わるのがそれくらいなんだ。被害者がどんなふうに倒れてたかってところは、仰向けだったな」

「椅子からは離れてたか?」

「椅子? そこまで見てねーけど……いや、多分近くに椅子があったと思う」

「意識はあったか?」

「いや、なかった。完璧に気絶してたよ。呼びかけても答えなかったもん」

「もみ合った痕跡はあったか? 椅子が散乱してたとか、テーブルの上にあったものが散らばってたとか」

「いやあ、なかった気がする」

「その日は何曜日だったっけ」

「月曜だな」

「被害者は頭の前と後ろどっちから血を流してた?」

「……分かんねー。後頭部からじゃねえかな」


 遠藤は顎をかいた。


 もうこれ以上は情報を得られないだろう。そう思った俺は彼を教室に戻してその場を後にした。


「どう? 涼介」


 俺の顔を覗き込むように奏音が聞いてくる。


「上々だよ。あとは残りの容疑者に聞き込みすれば片付く」

「ちょ、ちょっと待って」


 永町が慌てたように割り込んできた。


「ん?」

「一つ聞きたいんだけど……まずなんで奏音と江神はお互い名前呼びしてるの? もしかして――つ、付き合ってるとか?」

「あはは、それはないよお」


 奏音が半笑いで否定する。あるよね、ちょっといいなって思ってる女の子にあらかじめ可能性摘まれるやつ。俺は慣れてるからもう涙も出ないけど。


「昨日奏音と飯食いに行って、そこで仲良くなったんだよ」

「え、そうなの?」

「うん」


 奏音がうなずくと、


「ええ~何よそれ~! あたしにも声かけてよお~!」


 と言いながら、永町は奏音に抱きついた。


「ちょっ、放してよお~」

「やだ~! これはあたしに黙って楽しいことやってた罰なんです~!」


 そんな風に実に微笑ましくじゃれあう二人の隣で俺は「エッチな罰ゲーム受けられるんですか!?」とピュアな期待をして控えていたが、しばらくして彼女たちの内で罰とやらも終わった。


「奏音、真田はどこにいる?」


 俺が聞くと、


「E組のはずだよ」


 と奏音が答えた。


「ふ~ん、なるほどね」


 見事にバラけている。E組にも知り合いはいないから、またしても奏音の人脈に頼らざるを得なさそうだ。今回の件で俺は人脈の大切さを知った。異世界でも無双できるらしいし。

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