デート(?)
二人連れだってとりあえず駅近辺をウロウロする。飲食店は山ほどあるのだが、お財布事情の寂しい高校生になると行く場所は限られてくる。
「まあ、東口のサイゼが安パイだな」
「そだね」
西口から東口へ行くのに絶妙に時間がかかることに軽くイラっとしつつ、サイゼリアへ入る。この時間の客層はやはり、学生が多い。なんでコイツら家帰んねえのかなと思っていたが、やっぱり家族じゃない誰かといる時間ってのはそれなりに大事なもんなんだ。
「はあ~高校入ったらこういうことやってみたかったんだよね~」
櫻井さんが思いっきり伸びをする。デカいπ《パイ》が強調されて目のやり場に困ってしまう。
「櫻井さんってそういや、学生支援部に入る前は帰宅部だったの?」
「うん。そうだよ」
「入りたい部とかなかったの?」
「うーん、特になかったかなあ。なんでもいいからテキトーに入ろって思ってたけど、この部に入れてよかったと思ってるよ」
そう言って笑う櫻井さんの笑顔はやっぱり輝いていて、俺にはちょっとまぶしすぎる。なんでこんなカワイイ子と二人で飯食ってんだろうな俺。
「ねえ、わたしからも一ついい?」
「ア?」
「どうしてわたしのことはさん付けで呼ぶの?」
「え? そりゃあ――俺ド陰キャのコミュ障だし。櫻井さんみたいな人と仲良くしてる方が奇跡だから。呼び捨てなんて恐れ多いよ」
むしろいじめられてないだけで万々歳と言うべきだろう。
何気なく言うと、櫻井さんはぷくっと頬を膨らませた。
「江神くん……それ本気で言ってる?」
「え?」
「わたし、江神くんのことそんな風に思ったことないよ。話すと面白いし、優しいし、それにわたしのために頑張ってくれて、カッコいいと思ってるんだよ?」
カッコいい、か。
普通、言われりゃあ嬉しい。それも櫻井さんみたいに可愛い女子に言われればなおさらだ。
でもその言葉は、俺の心にささくれのように立つ。
「櫻井さんはさあ、なんか勘違いしてるぜ」
「勘違い?」
「ああ。話が面白いってのは、君が俺みたいなボッチと関わったことがないから、いうなれば異文化コミュニケーション的な感じの面白さだと思うぜ。ほら、若人って海外行くと『価値観変わった』とか言ってアフィリエイトやり始めるだろ? あんなもんだよ」
「すごい偏見だね」
「優しいってのも厳密には違う。もし俺が正真正銘櫻井さんのためにしたことならそうかもしれない。けど俺は櫻井さんからの期待を裏切ることが怖いだけだよ。期待を裏切れば嫌われるかもしれないし、嫌われれば俺が傷つく。それが嫌だから優しくなろうとしてるただの臆病者だよ。だからボッチなのかもな」
櫻井さんは慈しみを湛えた顔で俺を見ている。いかん、泣きそうだ。
「君のために万引きの件を解決したのだって、見て見ぬふりして一生そのことを引きずるのが怖かっただけだ。罪悪感ってのは怖いもんで、それだけで人が死ぬには十分な理由になるぜ。だから俺が君を助けたのは君のためじゃない、俺の――」
「お待たせしました~こちらペペロンチーノとミラノ風ドリア、チョリソーになりまーす」
すごいタイミングで店員が料理を持ってきた。
「……食うか」
「そうだね」
サイゼのペペロンチーノは非常にボーノなはずなのだが、味なんてよく分からなかった。口がやたら渇いたから水をがぶ飲みした。こんなことならドリンクバーでも頼んでおくべきだったなと思った。
「チョリソー食べる?」
櫻井さんが聞いてきたので見ると、5本あったうちの2本がなくなっていた。
「1本もらおうかな」
「どーぞどーぞ」
「うむ、くるしゅーない」
お、今のやり取りなんか陽キャっぽかったな。
やがて料理皿が空になった。店員がそれを片付けていっても、俺たちの間の50センチメートルの空間は静寂が下りていた。
「さっきの話の続き、していい?」
「……ああ」
櫻井さんは追加でオーダーしたアイスをスプーンでつついている。俺は金欠だからそんな贅沢はできない。
「江神くんは自分のためにわたしを助けてくれたって言ったよね。だから自分はそんないい奴じゃないって」
「ああ」
「でもさ。わたしにとっては『江神くんに助けてもらった』っていう事実が残ってるわけなんだよね。別にその時きみがどう思ってようが、わたしにとってはそれだけが事実。それでわたしはきみをいい奴だと思った。それじゃあダメ? それにさ、他人の考えなんて分かんないじゃん。だからいちいちそんなこと気にしてたらキリがないよ。わたしと江神くんは本当の意味では分かりあえない……多分、それは江神くんも分かってるんだよね?」
「……」
言葉が出なかった。図星を突かれたからというのもあるが、それ以上に、櫻井さんが俺と同じ結論にたどり着いていたことに驚いていた。
いや、正直に言おう。
俺は俺だけがたどり着けたと思い込んでいた結論を、櫻井さんがいともたやすく述べたことに対し、世界がバラバラに崩れ去るようなショックを覚えていたのだ。世界が俺の世界じゃないような気がした。世界が俺の手から離れていくような気がした。
もちろん、俺の結論が真だとすれば、櫻井さんが言ったことと俺の結論が同じだなんてことは言うことができない。なぜなら他人の考えていることは分からないのだから。
だが――。
「ま、しゃあないなそこは。考えてもキリねーし」
「力になれなくてゴメンね」
「いや、なんでそこ謝るんだよ……」
櫻井がデザートを食べ終わり、カチャリと音を立ててスプーンを置いた。そして咳ばらいを一つした。
「さて、それでは最初の不満に戻りましょう!」
「最初の不満?」
「どうしてわたしを苗字にさん付けで呼ぶのかってこと!」
あ~確かにそんなこと言われたな。
「でも恥ずかしいんだよなあ」
「いや名前呼びくらいやるでしょっ!」
アメリカ人かよ。
「え? てか名前で呼ぶの?」
「そうだよ? 友達なんだし」
友達。
なぜかその単語は、暖かみをもって俺の胸にしみこんできた。まるでおでんのつゆのようだ。他人は分かり合えないなんて言ったが、やっぱり分かり合えるんじゃねえかなとか思ったりした。
「そっかあ、友達か。俺友達って高校で初めてできたわ」
「それはそれでどうかと思うよ?」
櫻井さんは両手をチューリップみたいな形にして、そこに顎をのせた。
「じゃあそれでいっか。えーっと……か、かのん?」
「うんうん、それでいいのだ」
櫻井さん――奏音は満足そうに言ったが、めちゃくちゃ恥ずかしいなこれ。恐らく俺の顔は今一試合終えた後のプロレスラーよりも赤くなっているだろう。
「じゃ、これから改めてよろしくね、涼介」
差し出された奏音の手を、恐る恐る握ってみる。赤ちゃんみたいに柔らかくて、同時に蜘蛛の糸みたいな力強さを感じた。
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