お出かけ!?

 永町はその週のうちに俺たちと櫻井奏音との対面の場を設けてくれた。行動力あるな。


 そしてただ今金曜日の夕方。


 その段取りが決まって、彼女に聞くべきことを考えてながら風呂に入っているうち、俺はあるとんでもない事実に気づいてしまった。


 もしかして俺、女の子と遊ぶんですか?


 やばい。めっちゃ緊張してきた。けどそれ以上にめっちゃ興奮してきた。何を隠そう俺は女の子と遊んだことが人生において一度もないのだ。


 最後にそのチャンスがあったのは小学五年生の時。クラスの皆でドッヂボールするということになって、その時女子の中心人物だったエリちゃんが「あ、えーっと、エガミくんも混ざる?」と言ってきたので、嬉しかったけどなんかダサいと思ったから「ごめん今日家帰って録画したイナズマイレブン観ないといけないから」って断ったんだ。そうしたらクラスメイトは皆ホッとしたような顔を浮かべたんだよな。あの時ちゃんと混ざっとけば良かったのかな……。でもザ・ジェネシス戦盛り上がり最高潮だったしな。


 風呂から上がると、ちょうど帰宅した姉さんがリビングのソファに寝っ転がってスマホをいじっていた。


「あ、姉さんお帰り。帰ってたんだ」

「黙れ」


 ~BAD COMMUNICATION~


 難易度バグったギャルゲーかよ。


 うーん、どうも対話って難しい。そもそも女子高生って身内に対してはこんなものなのだろうか。


 二階の部屋にあがってスマホを開くと、5分前にラインのメッセージが入っていた。送り主は「ひなた」。永町日向だ。なんと女子とラインを交換するというミッションを早くも高校生活二か月目にして達成してしまったのだ。こりゃ一年経つ頃には彼女の一人や二人つくってるかもわからんね。ちなみに夢月は「スマホにおばあちゃんが飼ってた金魚を殺された」とか言って俺と交換することを断固拒否した。


『明日は10時に駅ナカのステンドグラス前集合ね(*^^)v』


 今どきの女子高生も顔文字って使うんだなと思った。もたつく指で返信文をつくる。


『了解』


 すぐに既読が付いた。


『奏音に何を聞くの?』

『今考え中』

『ふーん。まあよろしく!』


 ふとある疑問がよぎった。急いで永町にメッセージを送る。


『なあ、櫻井さんは動画に映っていた絵本について何か言ってたか?』

『急に?笑』続けて、

『なんか、おじいちゃんがどうこうって言ってたよ。ちょっと取り乱しちゃってたから詳しくは分からないけど……』

『櫻井さんって本好きなの?』

『よく読んでるよ』

『どんな本?』

『いろいろかなあ。でもあたしにはよく分からない難しいものばっかり読んでる気がする』

『櫻井さんは本のコレクターなの?』

『ん? いや、そんなことないと思うよ』

『そっか。助かる。あと一つ、櫻井さんにお願いがあんだけど』


 俺の頼みを、永町は快く引き受けてくれた。


 スマホをベッドに置いて伸びをした。


 解決の糸筋が見えてきた。


 とりあえずは来週提出の宿題を済まそう。


 そう思って、俺は机に向かってシャーペンを無心に動かした。


 明日は頑張るぞいっ。



   * * *



 そして土曜。おあつらえ向きの太陽が、雲一つない青空の中でギラギラと輝いている。


 ちょっと暑すぎるなこれ。いきなりサバンナに放り出されたような暑さだ。これじゃあ人間どころかライオンもだるくてその日一日の活動を取りやめること必定だろう。


 俺はとりあえずタンスから長袖の奥に申し訳程度に架かっていたヨレヨレの半袖シャツを引っ張り出した。そして最も通気性が良いという観点から選んだ薄手の青のジャージを履いて、リュックサックに財布と水筒を突っ込んで家を出た。まだ両親も姉さんも起きていなかった。


 最寄りのJR駅に駆け込んで、仙台駅に向かう電車に乗り込んだ。朝とはいうものの、遊びに出る若者が多く乗り込んでいる。ほんとこいつらガッツあんな。俺なんか今日みたいなビッグイベントがなければ是が非でも家から出ないのに。


 仙台駅で降りてステンドグラス前に赴く。時刻は9時40分。余裕のある時間帯だったが、すでに永町と夢月の姿があった。そしてその隣には、ちょっとそこらではお目に架かれないほどの美少女がうつむきがちに立っていた。夢月とは系統が違って、カワイイ系って言うんだろうか。恐らく彼女が件の櫻井何某とやらだろう。


 ここらで服の描写といきたいところだが、あいにく俺にはファッションの知識がかけらもない。ざっくり言うと永町はスポーティー、夢月はアダルティな感じ、そして櫻井さんっぽい人はお嬢様っぽい服装に身を包んでいた。


「すまん、待った?」

「ううん、ダイジョーブ!」


 永町が明るく答えるのに対して、櫻井さんは軽く首を振っただけだった。よく見ると、彼女はおびえたような表情をかすかに浮かべ、しきりに周りを気にしているようだった。


「……移動するか」

「ええ、そうね」

「……ごめんなさい」


 櫻井さんの第一声に手を振って、俺たちは構内から出た。


 とは言ってもどこ行ったらいいんだろう。なにせおひとり様歴とインドア歴が長すぎて最近のJKがどこ行くのかさっぱり分からない。


 もはや俺の最後の安息地ラスト・リゾート――隠れ家的喫茶店へ連れていくしかないかと苦悩していると、永町は自ら音頭をとって俺たちを手ごろな中華料理屋へ連れて行ってくれた。


 へえ、中華ねえ。実は俺、中華には一家言あるんだよな。なにしろ幼稚園の時に隣に住んでいた謎の中国人の王(ワン)さんに、創作料理だからと言われてトカゲの丸焼きとか変な虫を煮詰めたものとか食わされてたからね。おかげでその日には決まって腹壊して寝込んだし、学校では山根(ちびまる子ちゃん)って呼ばれてたもんだ。


 永町がよく来るという中華料理屋は、内装が全体的に赤っぽい色で統一されている。天井からはシャンデリアに似た灯が吊り下げられており、なんか床がベトベトしているとかテーブルがベトベトしているとかそんなこともない。ちょっと感心した。

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