部活動開始!

「なんでよ!」

「なんでもこうも、今の話で引き受けるわけないでしょう? どう考えても疑惑をかけられるようなことをしたとしか思えないのだけど」


 永町はハッとしたように、


「あ、そうそう! そもそもの原因はこれよ!」


 と言ってポケットからスマホを取り出した。なんかビーズみたいなのでブリッブリにデコられており、クマみたいなストラップがぶら下げられている。


 ものすごい速さで液晶画面を指でさばくと、彼女は俺たちに画面を見せてきた。


 ツイッターが映されている。もっと詳しく言うと、タイムラインが映されており、そしてリツイートやいいねがスゲーついている動画が映されていた。


 女子生徒の後ろ姿だ。うちと同じ制服を着ている。


 その子は本がずらりと並んだ前に立っており、頭をやや上にあげて、一点を凝視している。が、同時に周囲の視線が気になるようでもあり、頻繁に首を振っている。


「いかにも万引きしそうな感じね」


 そう呟いた夢月を永町がにらんだ。


 動画をしばらく観ていると、その女子生徒はおもむろに手を伸ばし、本棚から一冊の本をとった。横長の本。おそらく絵本だろう。タイトルが読み取れるくらい手元まで鮮明に映されている。


 少女はそれを己のスクールバッグに入れた。


 そうして、彼女が足早に店を出ていくところで、動画は終わった。終わる直前に女子生徒の横顔がぼんやりと映ったが、俺はその顔をどこかで見たことがあるような気がした。


 永町がため息をついてスマホをしまった。


「これがバズっちゃってね。しかもその女の子が奏音なんじゃないかって噂になって。あの子、明るくていい子なんだけど、純粋な分傷つきやすくて……今は体調崩したって言って学校休んでるんだよね」

「永町さんは櫻井さんとはいつ頃からの付き合いなんだ?」

「中学が同じなんだよね」

「なるほど」


 考える。


 といってもこういう明白な動画が上がってる以上、弁解するのは相当難しいように思える。動画自体も加工とは思えないし、櫻井奏音という少女が名指しで噂になっている以上、ここに映っている女子生徒は櫻井奏音なのだろう。実際横顔だけでもむっちゃ可愛かったし、おっぱいもそこそこある。男子ならば忘れられるわけがない。


「永町さん、これは難しい問題だな」

「うん……」


 そう言って肩を落とす。実際、彼女も望み薄だと分かっているのだろう。しかしそれでも――そしてこんな変な部活に頼みに来たのは、それこそ藁にも縋る思いだったんだろう。


 俺と夢月が藁ほど信用があるかどうかは疑わしい。それでも目の前で助けを求める人がいる以上、俺は手を差し伸べないわけにはいかない。他者の迫る責任から逃れるのは倫理的ではない。そして俺は善きサマリア人たる義務がある。


「——分かった、永町さん。やれるだけやってみるよ」

「ほんとっ!?」


 永町さんは希望に輝く顔をあげた。


「うん。ただ、結果を伴えるかは別問題だけど」

「ちょっと待ちなさい。私は――」

「夢月は手を貸さなくてもいいぜ。俺が一人でやるからさ」

「……」


 夢月は不服そうに脚を組んだ。


「とりあえず、その櫻井さんって人に話を聞きたいんだが」

「なんとか引っ張り出してくるね。土日の方がいい?」

「ああ、そうしてくれ」

「分かった! ありがと! えーっと……」

「江神だよ」

「あんがとね、江神!」


 永町は教室から走って出て行った。


「……どうするのよ? あんな安請け合いして」


 夢月は教卓から降りて俺の前に立った。腰に手をあてて不機嫌そうに言う。


「しょうがないだろ、あれで拒絶すれば俺たち一生引きずるんだぜ。解決できなくたって、そのために頑張ったって言えれば十分だろ、まあ」

「とは言ってもあんな動画見せられたうえでどうするっていうの?」

「それをこれから考えんだよ」

「悠長なものね。それとも後先考えないっていうのかしら」

「一つ言っておく。主人公はたいてい後先考えないんだぜ」


 かっこよく言ってみたが、中学二年生の時に後先考えずに声優にクソリプ飛ばしまくったログが残ってるんだよな。パスワード忘れてログインできなくなったんだよな。


「でもよ、夢月はマジで依頼受けねえの?」

「なぜそれを聞くの?」

「だってよお~。仮にも学生支援部の部長やってんだし」

「……受けないとは言ってないわ」


 夢月はほのかに頬を赤らめた。ツンデレかよコイツ。やっぱこのルックスにしてこのツンデレありなのかな。ニーハイ履いてるし。


「じゃ、頑張ろうぜ、とりあえず」

「……ええ」


 夢月はスカートの端を軽く握りしめた。

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