事件が翼を備えて飛んでくる
先生は俺たちの挨拶を満足そうに見届けると、
「じゃ、私は残った仕事があるから、夢月は江神にこの部活の説明をしてくれ」
と言い、そそくさと出て行ってしまった。
夢月はまた元のように教卓に腰をかけて脚を組み、俺を見下ろした。
「……説明と言われても、私だってまだここに入って二か月しか経ってないうえ、活動らしい活動もしてないんだけど」
夢月は困惑顔でそう言った。
「まあ無理もないよな。俺だって人が少なくて活動もないからっていう理由でここに入ったんだし」
「あら、あなたと一緒にされるのは心外だわ。私は人の役に立ちたくてここに入ったのだし」
「へえー、じゃあ人の役に立つことでもやりゃあいいんじゃねえの? たとえば俺に千円貸すとか。今月金なくて困ってんだよ」
SAO大人買いしたからな。
「年利五〇〇パーセントよ」
Wow、危ないところだったぜ。ウシジマくんみたいになるところだった。てか年利五〇〇パーってどういうことだよ。ユダヤ人高利貸しだってもうちょい良心的だぞ。
「まあでもいろいろ分かったよ」
「あら、本当に? まだ何も話してないのだけど」
「放課後は一応ここに集まんなきゃいけないとか、火曜と木曜は休みとか、部費は出てないとか、去年まで休部状態だったとか」
「ちょっと待って」
夢月は慌てたように俺の話を手でさえぎった。
「どうした?」
「放課後集まることも、部費が出てないことも、去年まで休部状態だったことも認めるわ。それくらいなら簡単に分かるでしょうし。でもなぜ火曜日と木曜日が休部だって知ってるの?」
「ああ、外からたまにここを見てたんだよ。すると決まって火曜と木曜はカーテンが閉まってたから、なるほどあそこの集まりはこの曜日には開かれないんだなって思っただけだよ」
「よくそんなこと考えるわね……」
「癖になっちまってるんだ」
かっこつけて言ってみたが、夢月は俺を不気味そうな目で見るだけだった。癖になっちまいそうだ。
するとその時、立て付けの悪いドアが勢いよく開いて、松村先生と――その後ろに隠れるように付いてくる少女が教室へ入ってきた。
「あら、先生、お仕事はもう終わったのですか?」
「喜べ。さっそく部活動ができそうだぞ」
先生は無感動に言うと、またさっさと出て行ってしまった。後に残された女子生徒は、俺と夢月の顔を交互に見て、居心地悪そうに身体をもじもじさせていたが、やがて決心したように口を開いた。
「あ、あの、ここ、学生支援部ですよね?」
「ええ、そうですけど。ひょっとしてあなたも入部希望者?」
ぶっきらぼうに夢月が言う。
「いえ、違うんです。その、松村先生に相談したら、ここに来るとよろしいって言って。それで連れてきてもらったんですけど」
なるほど、確かに困っている人の相談に乗るのはいかにも生活を支援していそうでこの部活動にふさわしい気がする。
「まあ、座ってください」
俺が机の上に逆さに積まれていた椅子を下ろして勧めると、女子生徒はまごついた様子で座った。
さ、活動開始ですよ、と思って夢月を見ると、彼女は俺からも女子生徒からも目をそらしてしきりに濡れ羽色の長い髪の毛を指でいじくりまわしていた。
おいおいマジかよ、お前コミュ障なのかよ。なんで人の役に立つための前提条件を備えてないんだよ。
そんな驚きに支配されつつ、仕方がないのでコミュ障の俺が話を聞くことにした。
「ご用件を聞きましょう」
「あ、はい。えーっと……一年生?」
「あ、はい」
「あ、そうなんだ! よかった~。あたしも一年生なんだけど、タメでもいい?」
「あ、はい」
明らかにほっとしている女子生徒。
黒い髪を短くしており、はつらつな目からは活発な印象を受ける。なんか陽キャっぽいなと思った。
「あたし
「え? 誰?」
助けを求めて夢月を見ると、彼女も顔にはてなマークを浮かべていた。第一印象と違って意外とポンコツだなこいつ。
「嘘、知らないの……? 奏音って、もう入学式早々に告白されるくらいかわいい子なんだよ? ってか君、名前とクラスは?」
「江神涼介、A組っす」
「え、同じクラスじゃん! うっそ全然知らなかった~ってか自己紹介の時そういえば見たことある気する!」
俺この人苦手。助けて。
「あの、それで相談っていうのは……」
「ああ、そうそう!」
その途端、永町は声のトーンを落とした。
「その櫻井って子なんだけど――万引きしたって疑惑がかけられてるの」
穏やかじゃない単語が出てきて、俺と夢月も居住まいをただした。
「万引き? マジで?」
「そんなわけないでしょ! だからあたしはここに来たの!」
「なるほど、その子の濡れ衣を晴らしてほしいってわけか」
「そうそう、そういうこと! 他に頼れる人がいなかったからさ~。ね、お願い! あの子を助けてあげて!」
永町は両手を合わせて頭を下げた。言葉は軽いが、態度と声音は真剣そのものだった。
ここは引き受けてやるべきだろう。俺たちに何ができるかは分からないけど。
そう思っていると、
「お断りよ」
夢月の氷のように冷たい声が頭から降ってきた。
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