青春ラブコメに「謎」は必要なのだろうか?

黒桐

万引き美少女の謎 ~The Shoplifting Pretty Mystery~

プロローグ

江神えがみ、お前もう部活は決めたのか?」


 放課後、俺こと江神涼介こうがみりょうすけは担任である松村先生に呼び出され、職員室の彼女のデスクの前に立たされていた。


「いえ、まだです。まあ、その、せっかく一度きりの高校生活ですから、入る部活は慎重に決めたいなあって……それに先生、僕は『えがみ』じゃなくて『こうがみ』です。くれぐれもお間違いなきよう。なんせもう六月ですよ。入学式から二か月経ってますから」

「その二か月間、お前は何をしていた?」


 俺は自信満々に告げた。


「転スラ読んでました」


 松村先生はここぞとばかりに大きなため息をついた。組んでいる腕に力が入り、たわわに実った胸が強調される。


「お前なあ。まずそこは自信満々に言うことじゃないし……それに部活動に入部する期限はいつまでだったっけな?」

「五月二二日ですね」

「今は何月何日だ?」

「六月五日ですね」

「よろしい。あとはお前の聡明な頭の中で現在お前が何をやらかしてるか言え」

「ふええ、僕わかんないよう……」

「アァッ!?」


 おっと先生、その顔はまずいぜ。間違ってもかわいい生徒であり迷える子羊であり思春期の男の子でもある俺に向けちゃいけない。まるで遠藤憲一が恫喝してるような表情だ。


 松村先生はデカい舌打ちを鳴らし、おっぱいポケットからシガレットケースを取り出した。


「職員室は禁煙では?」

「黙れ。どこにも禁煙なんて書いてないだろうが」


 経済ヤクザかよ。


 先生は取り出した一本にライターで火をつけ、深く吸ってから俺に向かって思い切り煙を吹き付けた。かすかにミントっぽいにおいが鼻から入ってくる。うーん、この生徒の健康を真正面から殴っていくスタイル、嫌いじゃない。


「一方、生徒の部活動加入義務は校則にも明記されている。締め切りはその年度によって変わるが、今年は五月二二日であることが職員会議にて決定された」

「明瞭な説明ですね」

「そしてこの学校の生徒たるお前にはその拘束力が及んでいる。だからお前には順守する義務がある。何か言うことはあるか?」

「ルールを破ってこその青春だと思います」

「真面目にやらないんならこれから毎日反省文一〇〇枚な」

「一番人が少なくて楽そうな部活でお願いします!」


 俺はサラリーマンのように九〇度に腰を折って頭を下げた。いやだって、この先生ならほんとにやりかねないし。二か月っていう短い付き合いだけどこの人そういうところあるし。


「最初からそう言え、まったく……」


 先生はタバコをくわえたままファイリングされた書類を取り出した。そうして中身を見分していくことしばし、ふとあるページのところで手を止めた。


「ここなんかどうだ?」


 俺が覗き込むと、書類の表題には「生活支援部」という文字がゴシック体で刷り込まれていた。


「なになに、『生活支援部とは、生徒が円滑で円満な学生生活を送ることができるよう、多方面からサポートすることを趣旨として設立された部活である。その由来は創立時点までさかのぼり……』うわ、なんかやだなあ。拙僧、人を助けるような柄じゃないでござるゆえ」

「だがお前の言う条件に最も当てはまる部活はここだぞ。なにせ部員は一名だし、活動もほとんどしていない。顧問は私だから保証できる」

「あ、マジですか? じゃあそこでお願いシャッス」

「早いな……最初からそうしなさい、まったく」


 先生はぶつくさ言いながらも、机の引き出しの中から「入部届」と書かれた紙ぺらを取り出して俺に渡した。


「そこに名前と志望理由を書いて私に渡してくれ。できれば明日中な」

「志望理由ですかあ。これまた無理難題をふっかけてきますね。なんて書けばいいですか?」


 先生と少しでも一緒にいられるように、とか。先生と結婚を前提としたお付き合いをするために、とか。


「『人のためになることがしたい』とかでいいだろう。別に文章全部埋める必要はないからな」


 そう言うと、先生はシッシッと俺を追っ払うようなしぐさをして、自分の仕事に戻ってしまった。この投げやりな感じ、本当にこの人は教師なのだろうか。


 ともかく俺は職員室を辞した。そして翌日には、記入事項の埋められた紙を持参して、先生に渡したのだった。





 ふーっ、やることやった後の一日はすがすがしいなあ。


 六月の朝の光が窓を通して差し込む廊下を歩いていると、ふとそんな気持ちになる。何かが起こりそうな予感がするというか、この先に未来への扉が四次元からこんにちはしてついでに観音開きで俺を待っていそうな気がしてくる。


 この気持ちはだれかとは分かち合えないものだ。これは俺だけのものだ。


 教室の扉を開けると、まばらに登校していた生徒たちが俺の方を見やって、またすぐに視線を外す。友達だと思っていたのだろう。悪かったな、俺で。


 教室の廊下側から二列目の一番後ろの席に座る。まだ席替えをしていないので、「こ」で始まる俺はこの席に安住しているというわけだ。


 前の席の工藤友里さんはすでに席についていたが、俺の存在を一顧だにせずに自分の世界に入り浸っている。コードレスイヤホンからはかすかに音楽が漏れ聞こえているが、そういうのに疎い俺にはよく分からん音節の集合にしか聞こえない。これで「あ、それ髭ダン? いいよねそれ、俺も聴いてる(笑)」などと言えたら一気に彼女持ちのリア充一直線だが、よく考えると「お前誰?」でスルーされそうな気もしてきたので心で男泣きしながら文庫本を取り出した。


 そもそも俺、アニソンとボカロしか聴かないし。

 




 授業がすべて終わったホームルームの終わり、教壇に立ってごちゃごちゃした書類をそろえていた松村先生が思い出したように俺の名前を呼んだ。


「江神」

「ここに」


 忍者のように出現した俺にぎょっとしたが、誤魔化すようにこほんと咳ばらいをした。


「この後部活に来い」

「早速ですか?」

「顔合わせ程度だからすぐに終わる」


 先生は俺を横目で見た。この人は女性の中ではかなり背が高い。俺がだいたい一八〇ないくらいでその目くらいの高さはあるのだから、一七〇は超えているのだろう。端正な顔立ちも相まって、美術品みたいに美しい。


「分かりました。どこ行けばいいんすか?」

「活動場所は文芸部の元部室だ。場所、分かるか?」

「ええ、まあ、あのいかにも幽霊が出そうな場所ですよね?」

「そのいかにも幽霊が出そうな場所だ。そこに行けばもう一人の生徒もいる。そうだそうだ、喜べ江神。その部員は女の子だぞ。しかもとびっきりの美人だ……私には劣るがな?」

「先生には一目ぼれですからね」


 青いファイルで思い切り頭をはたかれた。これ、体罰って言うんじゃないの?





 放課後、俺は先生の言いつけ通り、文芸部の元部室なるものの前に来ていた。


 本校舎に併設した旧校舎の二階に座を占めており、なぜかは分からないが日当たりがすこぶる悪い。おまけに真夏になってもなんだかひんやりとしているものだから、ひそかに生徒たちの間では「出る」という噂が流れている……らしい。俺には気安く話せる友達がいないから盗み聞きしただけなんだよね。


 ドアに手をかけて開けようとしたが、立て付けが悪いのか容易に開かない。よく見ると木造のドアは全体的に汚れているし、金属の手をかける部分も錆びついてざらざらしている。古びた木材のにおいが鼻を衝く。


 ようやくのことで盛大な音を立ててドアを開けると、教卓に腰かけていた女子生徒がぎょっとして俺を見た。


 うわ、気まずっ……。俺がスマートに入室できていたら「あ、部員の方ですか? 実は僕、新入部員でして」と会話を切り出すこともできたのだが。


 女生徒は幽霊を見た顔をしていたし、実際のところ、別の意味で俺も幽霊を見たような驚きに包まれていた。


 まだ日が高いので、日当たりの悪いここでも相手の顔は見えた。幽霊のように白い顔、幽霊のように黒く長い髪。これが本当に幽霊だったらただただ恐ろしやで済んだのだが、生きている女子生徒はこの世の者とは思えないほどの美貌を誇っていた。


「……誰?」


 ようやくのことで、彼女が俺に問いかけてきた。警戒に満ちた言葉だった。いかんいかん、なんとかせねば。ここはいっちょ紳士的なところをお見せして緊張をほぐすに限るな。


「あ、ああ、あのっ、え、俺、その…………デュフ、新入っ! 部員なんすけど……」

「ひぃっ……嫌、来ないでっ……!」


 俺はゾンビか何か?


 当然のように彼女の警戒する態度は崩れるはずもなく、松村先生が教室に入ってくるまで俺はそこら辺に積まれていた椅子に腰かけてうなだれていた。


「おーっす……ってどうしたお前ら、そんな葬式みたいな雰囲気出して」

「いえ、なんでもありません、先生」


 女子生徒は取り澄まして言った。まだ声色には警戒心が多分に残っている。そういえば俺この子の名前まだ知らないな。


「そうか。まあいいや。夢月には言ってなかったと思うが、こいつは学生支援部の入部希望者だよ」

「ええ、それは彼の口から聞きました。ただ、その、なんというか……気味が悪いというか……」


 夢月さんは右手を口元にあてて俺を見た。


「気にするな。こいつは普段から気味が悪いところがあるし」

「それ教師が言っちゃいけない発言ですよね?」


 サラっと爆弾発言をした先生は手近にあった椅子を引いて、ちょうど俺と夢月さんとで三角形がつくられるように位置を取った。


「さ、まずは江神、入部おめでとう。学生支援部はお前を歓迎する」

「ちょっと待ってください」


 異を挟んだのは夢月さんだった。


「どうした夢月?」

「私は反対します。だいたい私がここに入ったのだって、部員がいなかったから……」

「そう言って他人から逃げるな。お前だっていつかは絶対嫌な人間ともかかわらなければならない時がある。たとえば……そう、そこの江神よりも不気味な奴と」

「でも――」

「異論は認めん!」


 満面の笑みでそう言い放つと、先生はなおも納得しかねる夢月さんと自分と関係のないところで尊厳を傷つけられてへこんでいる俺の顔を交互に見た。


「よし、いい面構えだ」


 先生はそう言ってうなずき、


「では君たち、互いに自己紹介をしたまえ」


 俺たちはしぶしぶといった感じで互いに手を差し出した。


夢月神奈ゆめづきかんなよ。一年生。ここの部長をやってるわ」

「江神涼介。一年生っす。まあその、よろしくお願いします、夢月さん」

「さん付けはいらないわ。あと敬語も。同級生なのだし」

「あ、ああ。分かったよ、夢月」

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