第19話 取引
先程横で聞いていたお話の中の登場人物が、今目の前にいる。
ロシェルダは先程から空いた口が塞がらない。
そのセヴィアン殿下は興味深そうに首を捻り、ロシェルダを見て妙な縁だな。と口にしている。
「お前はどこまで知っているんだ?」
唐突な質問にロシェルダは目を丸くした。
けれど、混乱した頭でも持ち前の推測能力が発揮される。
先程聞いたソアルジュの元婚約者が、隣国の王太子に漏らした国の内情。ロシェルダは思わず息を飲んだ。
「ははあ。知ってるのか、凄いなお前。ソアルジュ殿下の信の厚い恋人という訳か?」
ロシェルダの僅かな動揺を見逃さず、セヴィアンは目を光らせ口の端を釣り上げた。
「あ、恋人じゃないのか」
けれどその後すぐに訂正し頭を掻いた。
ロシェルダは混乱した。
段々と自分が今どこで何をしているのかも、よく分からなくなって来ている。
そして途端に自分に病気は嘘だと告げた後の、ソアルジュの様子が頭に浮かんだ。
彼は……あの時私に何て言っていた?
私は、彼の虚偽を受け入れられなくて、彼の全てを拒絶した。
ソアルジュは……
泣いていた。
あの時のソアルジュの顔が思い浮かぶ。
自分は彼を突き放した。
彼もまた自身の患者であったのに。
あの頼りなさそうな顔が告げていた。彼の虚偽は……病に侵された恐怖によるものだったのではないか?
ロシェルダは自身の失態と醜悪さに、自分の身体を爪を立て掻き抱いた。
(私は……何て事を……)
自分を優先させた。
自分の欲を。
治療院に残れなかった鬱憤をソアルジュにぶつけた。
彼の病に対する不安に気づく事もせず。
(治癒士、失格だわ)
「おい、大丈夫か?」
ロシェルダは、はっと意識を戻し、こちらを覗き込むセヴィアンに目を向けた。
そう言えば隣国の王太子なのだ。
今更ながら、この振る舞いは無礼にならないかと怖くなってくる。
そんなロシェルダを見透かすように、セヴィアンは目を細めた。
「怖がるな。非公式な訪問だ。自分から声を掛けておいて無礼だ非礼だなんて言い掛かりはつけないさ」
その言葉にロシェルダは、ほっと息を吐くと共に頭を下げた。
「セヴィアン殿下、この子は優秀な治癒士なのですよ」
とりなすようにハウロが口を開く。
「そのようだな。死地にあったソアルジュ殿下を助けたというのは、この娘なのだろう。娘、名は?」
ロシェルダは逡巡するも、王族に名前を聞かれ答えない方が非礼だと口を開いた。
「ロシェルダと言います」
「そうか、ロシェルダよ。お前に一つ相談があるのだが、どうだろう?」
セヴィアンの楽しげな眼差しに、ハウロ医師は複雑そうな顔をしていたが、困惑するロシェルダの目には入らなかった。
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