第18話 王族
どれ程駆けたいと思っても、治療院までは辿り着けない。
それ以前に自分が逃げた先は、結局いつものところで……
ハウロ医師の診療室のドアを控えめにノックし、そっと押し開ける。するといつもの顔触れに違う人達が混ざっており、少なからず動揺を覚えた。
「あら、ロシェルダ。今日は来られないんじゃなかったの?」
意外そうに目を見開くフィーラ医師の姿が目に入り、ロシェルダはほっと息を吐いた。
「……すみません、来客中だったんですね。……出直して来ます
」
とはいえ、予定と違う訪問なのに、失礼は出来ない。
ロシェルダが一礼して去ろうと踵を返したところで、声が掛かった。
「いや、我らも急な来訪だった。ハウロの知り合いなのだろう? 構わないから入るといい。こちらの用はもう済んだ」
今日は他人の用事に相席ばかりしている。
ロシェルダは躊躇ったが、視界に入ったその人物が明らかに高貴な人物で、思わず硬直した。
近くにいる彼の従者と思われる人物から、鋭い視線が飛んでくる。
「よせ、レオンズ。威嚇するな」
そう言って鷹揚に構える姿が先程突き放したソアルジュを彷彿とさせ、ロシェルダはぐっと奥歯を噛み締めた。
「ほ、ほら。お前が睨むから、彼女泣いてしまったぞ」
「違……違います、私。私は違う理由で……」
「どうした? ロシェルダ」
「ハウロ医師……っ」
黙って去れば良かったのに。そうしたかったけれど。
そんな言葉が頭を巡ったものの、堪えられ無かったものの方が大きくて、気づけばロシェルダは声を上げて泣いていた。
◇
「あらあら、まあまあ」
泣きなら辿々しく口にするロシェルダの背中を撫で、フィーラは困ったように眉を下げた。
「殿下……」
ハウロは腕を組んで天を仰いでいる。
「その……横で聞いていて悪いが、その男恐らく一番肝心な事を伝えられなかったな」
少しばかり落ち着きを取り戻したロシェルダは、ぽつりと零されたその一言に反応して声の主に目を向けた。
精悍で凛々しい青年である。
ソアルジュのような美しいとは違うが、男らしく、それでいて全身に逞しさを感じる。
本来なら非礼を詫びるべきだった。
他の客がいるところに押し掛けて、泣き出して……皆に迷惑を掛けている。けれどロシェルダは、つい心のままに口を開いてしまった。
「……聞き逃した? 何を……?」
「いや……その男、お前が好きなんだろうよ」
好き?
ロシェルダは目を丸くした。
「ちょっと!」
思わず窘めに入る従者に、精悍な男は肩を竦めた。
「好きだから嘘をついてでも、お前をここに連れてきて共に時間を過ごしたかったんだろう。急に話した理由はよく分からないが、残りの時間でお前と少しでも向き合いたいと思ったんじゃないのか」
ロシェルダは口をポカンと開けて固まった。
そして、はっと気づいて慌てて声を上げる。
「そんな筈は! で、殿下は……!」
「殿下? 王族なのか? いや、この国でお前と歳の合いそうな男の王族は一人しかいないが……まさか」
男が視線を滑らせた先のハウロが首肯する。
「その通り、ソアルジュ殿下の事ですよ。セヴィアン殿下」
「で、殿下?」
目を丸くするロシェルダに、フィーラが優しい顔で口を添えた。
「隣国の王太子、セヴィアン殿下ですよ」
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