第17話 怒り


 どこか遠くで一陣の風が吹いたような、そんな音が頭に響いて。そんな感覚に思考が鈍る。


 ロシェルダには意味が分からなかった。

 ソアルジュが懸命に伝えようとする言葉は、最初の台詞に全て無機質な色に塗りつぶされた。


 嘘


 (嘘?)


 嘘


 (嘘ですって……?)


 その言葉にカッと目を見開き、気付けばロシェルダはソアルジュの頬を張っていた。

 椅子から滑り落ち呆然とするソアルジュを見下ろし、ロシェルダはボロボロと涙を零した。


「さ、最低です。殿下……何よりも誰よりもご存知だったっしょう? 病の恐怖を。それを偽り私を私の患者たちから引き離し、本来の役目から遠ざけた。あなたは────!」


 ソアルジュは恐怖に顔を歪め、ロシェルダに手を伸ばした。


「待ってくれロシェルダ! 私は、私は君の事が!!」


「あなたの都合なんて私には関係ない! 知らない! どうでもいい事だわ!」


 その手を避け、髪を振り乱して首を巡らし、ロシェルダは馬車のドアを開けて飛び出していく。そのまま驚くリサとアッサムの横をすり抜け駆けて行った。



「ロシェルダ……」


 ソアルジュは馬車の床に膝を突いたまま、その背中を呆然と見送った。


 伝えたかった。


 義父が言うように誰かを娶る事に抵抗を感じている事。

 今までなら当然だと思っていたその価値観が変わった事。

 その理由が君だった事。

 優しい幸せな気持ちを知った事。

 変わりたいと思った事。

 君に見て欲しいと思った事。

 

 好きな気持ちを……


 約束の時間まであと半月あった。

 けれど、今が良かった。今伝えてその間考えて欲しかった。


 (少しでも君に意識して欲しかった)


 でも、ロシェルダはソアルジュの気持ちでは無く義務でしか見てくれなかった。


「はは……」


 ロシェルダの拒絶が身体を走る。


 (救いを教えてくれた君が、また私を闇に落とすのか)


 楽しそうな義父の声が頭に響く。


『あーあ』


『逃げちゃった』

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