第14話 決別


「────と、いう訳でして。もう、閣下にお縋りするしか……」


 直ぐに終わるから相席しててよ。と、気楽に言われたものの、リオドラ公爵の細い目の奥には有無を言わせないものがあった。


 ロシェルダは一人掛けのソファで縮こまり、事の成り行きを見守っていた。

 そっと目を向ければ、一週間前まで熱心にロシェルダをいじめていた公爵令嬢が青褪めて座っていた。


「買い被り過ぎですよ、アンシェロ公爵。私なんて何の発言力も持ち合わせない名ばかりの爵位持ちですから」


 からからと笑うリオドラ公爵を、ソアルジュは胡散臭そうに一瞥してから口を開いた。


「私はミレイディナ嬢との再度の婚約は悪手だと思いますがね。この話が既に国外へ漏れている以上、私たちが再び縁を結び直しても、この国の公の名を貶め、両家は共倒れするだけでしょう」


「しかしですね。殿下が娘を愛していたと公言して……巷ではそう言った話が好まれるのでしょう? それを上手く情報操作して……」


 その言葉にソアルジュは、はっと笑い声を上げた。


「私がミレイディナ嬢を愛している? 私たちが婚約破棄の運びとなった理由をお忘れですか? 病気に伏せる私を見て、彼女は嫌悪感を露わに直ぐに退室し、二度と見たくないと、目が腐ると仰った! 今すぐ婚約を破棄し縁を切りたいと、城内で叫んでいたのを多くの者が聞いておりますよ。……それでも私が今尚何この人を愛し、縋っていると……!?」


 怒りとも悲痛ともつかない叫びに、ロシェルダは身を固くした。リサもまた壁に寄り目に怒りを宿している事から、その時その場にいたのかもしれない。


「……せめて死んでから婚約破棄をすればよろしかったのですよ。いくら、隣国の王太子が花嫁を探している絶好の機会だからと言って、飛びついて……その場で私を貶める為に病の事まで隣国に漏らして……今では売国奴扱いだそうじゃないですか」


 奥歯を噛み締め、歪な笑みを浮かべるソアルジュにロシェルダは、背筋を強張らせる。

 アンシェロ公爵もまた、その台詞に打ちのめされたように頭を抱えた。横で大人しくしていたミレイディナも顔を伏せ、わっと泣き出した。


 この国の貴族がいにしえの人の業を背負い、病を発症する事は、勿論他国は知っている。だが、高貴な人物がそれを宿し発症したのなら、禁句となる。何故なら生きている限りは、国の弱みとなるからだ。

 公にせずとも死せば公表される。その際に発症時期をぼかし、栄誉の死であったと病についても共に伝えれば事足りるのだ。


 隣国の王太子妃になりたかったミレイディナは、その話を王太子にしてしまったのだろう。……元々治るなど誰も信じていなかった。せいぜい世間話程度の感覚で話してしまったのではなかろうか。

 そしてその情報は漏れたものの、王太子はミレイディナを選ばなかった。後に隣国の情報筋からその件の確認があり、事が露見し、今に至る。


 ロシェルダが側から見て読み取れたのは、そんなところだが、大きく外れてはいないと思う。

 ……それで、恐らく国王の怒りを買ったのだ。

 公爵位にある者が怯える理由などそれ位しか思いつかない。


「まあまあソアルジュ。君の気持ちも分かるけどね、事は国家問題なんだよ。アンシェロ公爵家は五大公家の内の一つだし、こんなに簡単に無くなってしまうのもねえ……」


 そう言ってリオドラ公爵はソアルジュをチラリと見た。


「君が大人になって、ミレイディナ嬢と復縁してさ、兄上に頭を下げれば丸く収まる事だと思うんだよね。そうだろう?」


 その言葉に、期待に目を輝かせるアンシェロ親子に、ソアルジュは口の端を吊り上げて返答した。


「全くそうは思いません。既に事が隣国に伝わっている時点で手遅れです。我が国の信頼を失墜させた。これについては、病はいつから、病状は、という確認が即各国から来る事と、それに対する対応如何では、今後の国益の低下にも結びつきかねない。慌てて復縁して取り繕ったところで手遅れです。茶番以下の扱いを受けるだけでしょう」


 ……デリケートな問題なのだ。ソアルジュは第二位王位継承者。当然他国の中には彼が次期国王と踏んでいる者もいる筈で、そんな大事な話を何故黙っていたと言う事になる。


 ロシェルダはソアルジュが王になるのかは知らないが、この病を発症した者が王になった記録は無い事から、きっとそれが答えなのだろう。


 でも黙っていたと言う事はもしかしたら、国王はソアルジュに王位を継承させる気があったかもしれないと、当然気取られる筈だ。責任の追求の可能性も出て来る。


 非常に面倒な話になってしまったのだ。


 ふと、鼻を啜っているミレイディナが顔を上げ、ロシェルダと目が合う。その顔が憎悪に歪み、ロシェルダは怯んだ。


「何だ、今度は私が治らなければ良かったと言いたいのか」


 その様を見逃さなかったソアルジュがミレイディナに唸る。


「ち、違いますソアルジュ様。わ、わたくし本当にあなたの事が心配で……こ、怖かったの! だってあなたはこんなに美しいのに、あ、あんな姿になって……だからあんな事を言ってしまっただけなの! 嫌いになんて、なって無かったわ!」


 目を赤くしたまま必死に訴えるミレイディナにソアルジュは冷えた眼差しを返した。


「……そうか、私は大嫌いだ。だから君とは結婚しない。義父上、家の事を考え合わせても、私の気持ちは変わりません」


 言い切るソアルジュにミレイディナは口元を戦慄かせる。


「そ、そんな……ソアルジュ様……」


 そう言って自分に伸ばしかけたミレイディナの手を、ソアルジュは一瞥してすぐ逸らした。

 リオドラ公爵は困ったように笑い、そうか。と呟いた。


「すまないね、アンシェロ公爵。こればかりは本人にやる気が無ければ取り繕えないよ。全く存在しない真実の愛は、誰が見ても見透かされるだろうからね。……せめて兄上には私の方から私的に進言させて貰う事にするから、それで手を打って貰えないかな」


 アンシェロ公爵はソアルジュとリオドラ公爵を交互に見て、公爵に何度も首肯し懇願した。


「是非、是非とも! よろしくお願い致します!!」

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