第15話 警告


 見送りの為に馬車まで出てきたソアルジュは、胡散臭い笑顔でアンシェロ公爵を励ましている義父を見ていた。

 ミレイディナは青褪め俯いたまま一言も発しない。

 もう分かっているのだろう。

 自分が何の役にも立て無かった事。大きな失態により社交界での信用も無くし、今後の見通しが閉ざされてしまった事。

 アンシェロ公爵も娘に一瞥もくれない。きっとこれからもずっと。




「そう言えばずっと気になっておったのですが……」


 少しばかり落ち着きを取り戻したアンシェロ公爵が口にした。


「横でソファに座っていたお嬢さんはどなたですかな? 恥ずかしながら自分の家の事で頭が一杯でして、挨拶も口にしておりませんでした……」


 少しだけ申し訳無さそうに義父の様子を伺うアンシェロ公爵に、義父は苦笑して答えた。


「あの子は平民の娘ですから、アンシェロ公爵が気に病む必要はありませんよ」


「へ、平民?」


 その言葉にアンシェロ公爵は目を丸くする。


「私の命の恩人なのですよ」


 ソアルジュは苦い思いで口にした。

 最後の最後で余計な一言を口にしやがって……思わずほぞを噛む。

 アンシェロ公爵が興味深そうに、それはそれはと頷いている。


「大事な息子の恩人ですからね、是非直接挨拶したかったのですよ」


「流石、公爵閣下はお優しいですなあ」


 狐と狸が笑い合う。そしてそのやりとりに満足し、アンシェロ公爵は丁寧に腰を折り辞去していった。

 義父は一息吐いた後ソアルジュに向き直り、眉を下げた。


「ソアルジュ、君ねえ。折角復縁のチャンスだったじゃないか」


「余計なお世話ですよ義父上。何の未練もありません」


 わざわざ時間を合わせて自分たちを呼びつけたのもこの人の仕業だろう。何が「来ちゃった」だ。


「いらないかあ……」


「いりません」


 その台詞に義父は顎を撫で、まあいいかと口にした。


「まあ、じゃあ君が爵位を継いだら好きにしたらいいよ。それまで私の方で生かさず殺さず躾けておくから」


 ソアルジュは、ふんと息を吐いた。


「また面倒な事を……悪い趣味ですよ。義父上」


「いいんだよ、本人は喜んでいるんだから」


 この義父は、こんな酔狂な真似が好きだ。

 それにより救われた者も、破滅した者もいる。

 結局義父がやっているのが善意になるかどうかは、時と場合による。

 だからこそ質が悪いのだ。

 王弟でありながらも権力には興味は持たない。けれど弱い者に手を差し伸べ慈悲を掛ける心優しき公爵閣下。今のところの義父の一般的な評価だ。

 ソアルジュは軽く息を吐いた。

 

「そんなにあの平民の娘が気に入ったのかい?」


 不意打ちの台詞に緩み掛けていたソアルジュの身体に緊張感が走った。何食わぬ顔で微笑み返す。


「何を仰ってるのか」


「君、今油断したね。守るものがある人間は弱いものだ。防御に力を割かないといけなくなるからね。……私に君を殺させないでくれよ?」


 冷たく細まる眼差しに、ソアルジュは精一杯皮肉気な笑みで返した。

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