第13話 来訪者


「ようこそ、治癒士様。息子を治してくれてありがとう。心から感謝します」


 ニコニコと笑顔で挨拶をされ、ロシェルダはカーテシーを取った。


「勿体無いお言葉です公爵閣下。ギフトは神より与えられた力。誰もが等しくその恩恵を受けられるべく、私共治癒士は与えられた職務を全うするのみ。

 感謝すべくは神であり、私ではありません。ですが、そのお声は私が人を癒す事で神にお伝えして参る為、受け取らせて頂きます。ありがとうございます」


「凄いね! まるで聖職者だ!」


 リオドラ公爵は、手を叩かんばかりの勢いで喜んでいる。

 ……けれど、その目の奥にはどこか冷たいものが滲んでおり、ロシェルダは釣られず淑やかに微笑んだ。


「勿体無いお言葉です」


 目が細まると、瞳が隠れて見え難くなる。

 一見して笑っているように見えるが、どうにもそれだけでは無さそうで、ロシェルダは全身全霊で気を張る事にした。

 何せ身分は公爵なのだ。

 平民の自分など、何か一つでも間違えれば一瞬で首が落ちる。


「まあ玄関先じゃあ何だから、中にどうぞ」


 公爵自らわざわざここまで迎えに出ていた事に、ソアルジュはとても驚いていた。


 ここに来るまでに、彼が養父であると聞いていた。

 今も一見気安い間柄に見えるものの、ソアルジュはこの話を持ち掛けた時から、ずっと自分に何か言いたげだった。


 悪くは無いけれど、緊張感を持って接している関係なのかもしれない。或いはとても気を遣っている相手。


 ロシェルダは治癒士として、多くの患者を診てきた。

 当然万人が全て同じでは無かった。

 けれど、僅かなサインを見落とす事が、決定的な何かへ繋がり手遅れに陥る事が多々あった。それは人でも病でも同じで、見逃す事は治癒士には許されないのだ。


 自分が必死で磨いてきた唯一の武器を、こんなところで活かせるのは想像だにしていなかったが、役に立って何よりだ。ロシェルダは必死に笑顔を貼り付けた。




「旦那様────」


 応接室のドアを従者が開けたところで、困惑した様子の執事が近寄り、公爵に何やら耳打ちした。


「はて? そんな約束していないなあ……ソアルジュ、君覚えあるかい?」


「……何がですか?」


 警戒も露わにソアルジュが問いかければ、公爵は弾けんばかりの笑顔で口にした。


「君の婚約者がね……おっと『元』か。君に会いたいってここに来ているそうだよ? 私は治癒士様の相手をしてるから、君会って来たら?」


 にこにこと伝える公爵に、ソアルジュはこれ以上ない程目を見開いた後、思い切り執事を睨みつけた。


「私は彼女と会う約束などしていない! そもそも何故今日ここにいる事を知っているんだ! 元婚約者だろうと何だろうと、そんな非礼に付き合うつもりは無い!」


「……でもさあ、アンシェロ公爵も一緒らしいんだよねえ。わざわざ公爵までご足労して貰っておいて、門前払いなんてさ、我が家が非礼扱いされないかなあ? それはちょっと困るよねえ」


 独り言のように呟き、眉を下げるリオドラ公爵をも睨みつけて、ソアルジュは奥歯を噛み締めている。ロシェルダは恐る恐る声を掛けた。


「……ソアルジュ殿下、あの……行かれた方が宜しいのでは? 公爵閣下もこう言っておられますし……私は閣下とお待ちしておりますから」


 それを聞いてソアルジュは、はっと息を飲み、いくらか傷ついた顔をした。……彼は最近そんな顔をするのだ。確かに元婚約者に会うのは気まずいかもしれない。

 ロシェルダは少しだけ罪悪感を覚えながら、心を鬼にさせて貰った。言う事を聞いた方が良いだろうと笑みを深めれば、ソアルジュは複雑そうな顔で目を逸らした。


「……そうだな。リサ、ロシェルダを頼む」


「畏まり────」


「リオドラ公爵! ソアルジュ殿下!」


 リサが返事をする前に、件の人物が廊下を進み押し入ってきた。


「あーあ、来ーちゃった」


 小さく呟いたその声と眼差しを受け、ソアルジュは義父を睨みつけた。

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