第4話 便利な道具は欲しいもの

 

 ……変な奴。

 ディルは内心、けっと毒づいた。

 ただ優秀な奴だ。

 そう思うと少しばかり興味が湧く。

 自分を今まで診て来た治癒士は全て解雇してやる。

 何の結果も残さず、城をふんぞり帰って歩くあいつら。効きもしないまずい薬を散々飲ませやがって。おかげで死にかけた。許せない。


 イライラとベッドで立てた膝に肘をつく。

 そうすると、自分の腕が目に入った。


「……」


 この腕が黒く染まらない状態で目にするのは、果たしていつ振りだっただろうか。

 誰も彼もが嫌がった。触れる事も。近づく事も。

 お抱えの治癒士とて、治療時ですら触れもしなかった。

 なのにあの女────


 ちっと舌打ちが出る。

 少しばかり愛想良くしてやろうと笑いかけてやったのに、何の反応も示さなかった。面白くない。

 病魔が発症する前は、皆自分の興味を引きたがった。触れたがった。なのに……

 国は病魔を発症する貴族は国の誇りと讃える。そして医療費と称した多額の賠償金を渡すのだ。或いはこのまま断ち切られ、刈られる命に。


 軽度であれば、またそのまま進行が進まなければ遠ざかる者はいなかっただろう。

 だが全身を黒く染め、まるで火炙りの後の木炭のようなこの身は、誰からも唾棄された。

 忌々しい。

 吐き気がする。

 そして許せないと強く思った。


 自分ばかりが業を背負い、何故こいつらの為に死んでやらなければならないんだ。生きてやる────

 絶対に取り戻してやる。無くしたもの全て!


 ……そう思って、たのに……


 ◇


「お熱は無いみたいですね……」


 ロシェルダはぽつりと呟いた。

 せめて身体に何かしらの兆しが出てくれればいいのだけど……


 再びディルの主治医となった二日目。今日も彼の身体の異常に何も気づけない。

 困った顔でディルが笑う。


「すみません……病は気からって言うし……元気が足りないのかな……」


「元気……ですか。そうですね、何か趣味で持ち込めそうな物がありましたら、院長に相談しますよ」


「……えっと趣味、かあ……分かりました、何か考えてみます」


 そう言ってニコリと笑う患者に、ロシェルダは一つ頷いて、それではと退室の意を唱えた。


「え、もう……?」


 どこか戸惑ったようなディルの様子にロシェルダは眉を顰める。


「何かありましたか?」


「あ……いや……」


 ではまた明日と口にしてロシェルダは部屋を出て行った。


 ◇


「……」


 色々とおかしい。

 ロシェルダを見送り、貼り付けておいた笑みを消せば、残るのは憮然とした表情だけだ。

 あの女、何故自分に媚びを売らない?


 病魔を祓い美貌を取り戻した自分には、ここでもかつてのように人が群がった。高貴な身分、美しい姿。なのにあいつ……


 折角城の治癒士を全員追い出し、あの女を連れて帰ろうと思っているのに。この様子では全く上手く行く気がしない。このままここを去る事は簡単だ。だが、認めたくは無いが怖かった。もしまたあれがこの身を蝕み、あの苦しみを再び味わう事になったら……


 またここに来て、あの女に治して貰えばいいのかもしれない、けどもし、いなかったら?

 そもそも折角良い治癒士を見つけたのだ。絶対連れ帰りたい。だが反応が芳しく無い。いや、まだ城に連れて行くとは言っていない。言えていない……何故だ。


 花や菓子をお礼と称して贈り、休憩室や診察室に顔が見たくなったとうそぶく様子で会いに行った。

 けれど、どれも驚くか困るかの反応しか見られない。

 ……男が嫌いなんだろうか。しかし自分は女をも凌駕する美貌の持ち主だ。当てはまらないだろう。しかし……

 ディルは思わず頭を抱えた。


 仕方が無いので自分を世話したがる看護士の一人にそれとなく聞いてみる。治癒士に嫌われてるみたいなのだけれど……と出来るだけ殊勝に。

 看護師はふふ、と笑って肩を竦めた。


「隠しているようだけど、あの子、貴族の方に一度失恋しているんですよ」


「え?」


 思わぬ言葉にディルは瞳を瞬かせた。


「ディル様と同じようにここに運ばれて来た患者の方で」


 言いながらクスクスと笑い出す。


「治した自分が好かれる筈だなんて勘違いして、愛想も無いし、魔力以外何の取り柄もない子なのに、馬鹿みたいですよね。そんな理由ですから、ディル様が気に病む事なんて何もありませんよ」


 ね、と頬を染めて笑いかける看護士には、生返事しか出来なかった。


 思い当たった。

 自分がここに来た理由。

 平民に素晴らしい治癒士がいると。

 素晴らしいとはどう素晴らしいのか。

 腕か、人格か、容姿か。


 大して興味を持てなかったのは、その頃特に自分の体調に兆しが無かったから。

 けれどそれから暫くし、ディルは目も当てられない程に病魔に冒された。蝕まれ、機能停止していく身体。必死で治療を試みる王室御用達の治癒士を横目に、役立たずと回らぬ舌で罵った。やがて彼らは匙を投げ、ディルに蔑みの目を向けて来た。


 どうせもう治らない。

 そんな思惑が透けて見え、背中を悪寒が走った。

 ふざけるな……

 こんな、ところで────

 死んでたまるか!

 ディルは必死に頭を巡らし、過去に聞いた平民の治癒士の噂に縋ったのだ。

 従兄の────オランジュの病魔を祓ったと言われる平民の少女に。

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