第3話 余計な真似をしやがって

「……何してんのお前?」


 俯ける顔に追い討ちを掛けるように、ソアルジュは吐き捨てた。


「正直あれの何が良かったのかサッパリ分かんねーんだけど」


 以前、平民の学友を名乗り、笑いかけたら侮蔑の目を向けられた。

 目の前で顔を伏せる従兄は両手で顔を覆い、項垂れる。


「……分かってるよ……でも……」


「子どもが出来たんなら責任取れよ」


 ううとかああとか言う呻き声が、指の隙間から漏れ聞こえてくる。


「馬鹿な奴」


 遠慮なく切り捨てさせて貰う。

 こいつは平民の女に入れ上げて、孕ませた。

 数年前に真剣に愛し合っていると、必死に両親を説得しようとするも、こいつの賢明な両親は了承しなかった。


 どこの世に伯爵夫人に何の教養も教育も無い、ただの平民女を据える貴族がいるんだ?

 しかもあの女、泣いたり縋ったりするのは上手かったが、努力や根性という物は持ち合わせていないようだった。

 何の取り柄もないくせに努力もしないのか。


 なのに、自分が悪いのだとさめざめ泣いては、従兄の関心を引いて彼の立場を悪くした。

 従兄には自分が彼女を守るという正義感しか無かったようで、目も当てられ無かった。それだけ彼女が愛しかったんだろう。


 けど、まあ、きっかけは何だったか。

 確かこの従兄に弟が産まれた事だ。

 夫人は年が行っての懐妊に恥ずかしがったが、伯爵は喜んだ。喜んだついでにその子に爵位を譲るからお前は好きにしたらいいと、従兄を突き放した事だろうか。


 自分が爵位を継ぐ事を、当たり前として享受していた貴族の身分を、取り上げられると眼前に突きつけられ、彼はようやっと目を覚ました。真実の愛とやらが霞む程に、それはもうはっきりと。


 まあ、こいつも一時は真剣だったから女に手を付けたのだろうが、早まったのは否めない。自分ならもう少し上手くやるところだ。


 (馬鹿な奴)


 本気でそう思う。そして余計な事をした奴だとも。

 ……でも。

 良い事もしてくれたかと思い直す。例えば今回の事。

 先の事は分からないが出る杭は叩き潰し、粉砕しておくべきだろう。


「まあ、お前にはガキの頃構ってもらったからな。このまま二人仲良く平民落ちして野垂れ死ぬなんて寝覚めも悪い。しかも奥方は身重ときた。手を貸してやるよ。けど今回だけだからな」


 はっと顔を上げる従兄の憔悴仕切った顔に笑いかける。

 感極まって泣く彼に、ソアルジュは内心意地悪くほくそ笑んだ。


 ◇


「……え? 具合が……悪いと?」


 気まずそうに医師が頷く。

 ロシェルダは困惑に瞳を揺らした。

 治療は完璧だった……筈だ。一週間経過を診て、彼もどこにも異常は無いと言っていた。

 それから一週間、また様子がおかしいとは……


「でも、病魔の気配……肌が黒く染まるような症状は出ていないのでしょう?」


 問いかけに医師は再度頷く。

 体調が悪いのは風邪でも引いたからではなかろうか。

 病魔を祓う際に彼の身体は隅々まで診たが、他に異常は無かった筈だ。

 こちらも心当たりが無いと顔を向ければ、医師は肩を竦めた。


「分からないんだ。俺たち医師はお前みたいに便利な治療法は持ってないからな。けど、患者の訴えを無視も出来ないだろう」


 相手は貴族。すこしばかりの僻みも交えて医師は口にする。

 お前なら行けば分かるだろうと。


「そうですね……分かりました。午後に様子を見に行きます」


 ロシェルダの返事に医師はほっと息を吐き、頼んだぞと踵を返した。

 なんだろう……。

 ロシェルダもまた疑問に首を捻り、歩き出した。


 ◇


「ディル・アイナス様」


 ノックと共に声を掛ければ、どうぞと返事が返ってくる。

 ドアを押し開ければ、いくらか懐かしいその部屋に少しだけ目を細めた。……二年前は、幸せな気持ちで毎日通っていた。

 ふと息を吐き気持ちを切り替える。

 ベッドに目を向ければ、あの時とは違う貴族の青年がそこに背を預け本を読んでいた。


「ああ……」


「こんにちは、アイナス様。遅くなりまして申し訳ありません。体調不良を訴えられていると聞きまして、少し見させて貰えればと……」


「ああ、うん。ごめんね、ありがとう」


 申し訳なさそうに眉を下げる青年に、いいえと答える。


「不安な思いをさせてしまい申し訳ありません。ただあの時確かに私の処置は正しく行われました。その後何か身体に変化があったのかも知れませんし、もう少し様子を見させて下さい」


 ロシェルダの言葉に青年は嬉しそうに目を細めた。

「ありがとうロシェルダさん」


「いいえ、仕事ですから」


 きっぱりと答えるロシェルダに、ディルは目を瞬いた。

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