第1話 失恋をして捻くれる
あれから四年が経った。
その間ロシェルダは、ただの子どもではいられなかった。
町の中だけの小さなコミュニティでは済まない場に押し込まれ、礼儀や作法を徹底的に教え込まれた。
ロシェルダが目指すよう神殿から仰せつかったのは、
魔力を以って身体に巣食う病魔を打ち破る。
とは言え、他人の体内に自分の魔力を込めるのは、患者にも負担になる。最初は魔力で身体を診察する事から覚えた。
扱いに慣れてくると、直接治療行為が出来る様になった。
重度の患者にはこれが有用であった為、魔力の扱いの、一層の研磨に励んだ。
一端の治癒士になれたのではなかろうか。
ロシェルダの通う治療院には、ロシェルダの他に先輩である治癒士が一人しかいない。その人はロシェルダに治癒士の指導をしてくれる人であるから、ロシェルダが一人前になれば他の新たな治癒士の指導者として去る事だろう。
そう考えると寂しく思うが、自身の成長を喜んでくれる師の期待に応えられるのは、ロシェルダにとっても大いに幸せを感じられる時でもあった。
ある日一人の貴族が治療院に運ばれてきた。
彼は貴族が抱える持病を発作として起こす、その役割を担う人物だった。
その病気には未だ明確な治療技術は開発されておらず、彼は侍医から処方される薬で、身体を蝕む病魔を紛らわしながら過ごす日々を送っていた。
治癒士の先輩から目配せをされる。やってみろと。
……きっとこれは試験なのだ。ロシェルダが受ける最後の授業。
ロシェルダは指先に魔力を集中し、患者の病巣を払った。
◇
貴族の令息はとても喜んでくれた。
ロシェルダは治療が上手く行った事、そして貴族という人種の、初めて見るその整った造形が作る笑顔に胸を高鳴らせた。
毎日彼の為に治療を施した。彼が喜べば嬉しかった。
笑ってくれれば胸が苦しくて、ロシェルダは必死に彼を看病した。
やがて彼は完治した。
そうすればあと少し経過を診れば退院となる。
……言ってもいいだろうか……
彼は貴族だ。片恋なんて分かりきってる。でも、口にするだけなら、許されるのではなかろうか……
ロシェルダはどきどきしながら、彼の病室へ向かった。
彼は貴族であるから、特別な部屋を割り当てられている。
緊張に足音を消し、忍ぶようにそこへ向かう。
けれど、薄く開いたドアからは見たく無いものが飛び込んできた。
彼を看病する看護士。
治療院にはそういう人手が沢山いる。
看護士────彼女は、親しげに彼と話していた。
ただ、それだけ……
けれど、自分が数ヶ月通ったあの部屋で、彼にあんな空気を感じた事はあっただろうか。
愛しげに細められた瞳。幸せそうに緩む口元。
あんなの……見た事ない……
思わずよろめき、後ずされば、視界がぶれ、また違うものが見えた。
繋がる二人の手────
絡み付くように、しっかりと。
どうして!
私が治したのに!
足音を消すなんて、みじめな気遣いまでして……
◇
ロシェルダは落ち込んだ。それしか出来なかったから。
誰を責めるものでは無いと分かっている。
勝手に期待して、舞い上がった自分が悪いのだ。
令息と看護士の関係はあっという間に院内に広まった。
二人は否定せず、恋人となった。
二人は真剣だった。
彼は貴族であったから、彼女もまた貴族にならねばならなかった。その為に養子縁組をし、彼女をその家の養女にするのだそうだ。
治療院には貴族もいたが、彼女は今後忙しくなるからと、院を辞めて行った。
後には貴族と平民による、熱い恋愛噂話だけが残った。
塞ぎ込む思考に追い打ちを掛けるように、師である先輩に別れを告げられた。
一人前になったから、お前はもう一人で大丈夫だと。
(……あなたも私を置いていくんですね)
以前はきっと寂しくとも誇れた師との別れ。
今はこんな感情しか抱けない自分にもまた、嗤えた。
或いは師が旅立つ前に相談すれば良かったのかもしれない。
けれどロシェルダは一人で結論を出し、それに納得してしまった。
間違えたのだと。
患者を好きになるなど治癒士失格だ。
ただ一人を優遇するなど、神から与えられたギフトに対する冒涜だったのだ。だから────
バチが……当たったのだ……
辛いと感じるこの胸の痛みこそが、神の与えた罰なのだと────
◇
師がいなくなり、その治療院にはロシェルダしか治癒士がいなくなった。
感謝されるようになった。
今までよりもずっと、ずっと────
けれど誰に対しても平等で、同じように真摯で────
ロシェルダは心がけた。
誤解しないように。また、万が一にもされないように。
もう馬鹿な真似はしないと、自らの心にキツく戒めて。
やがてロシェルダは、腕はいいが、愛想のカケラも無い治癒士だと、揶揄されるようになった。
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