第十四章~バスケット・ケース~⑨
薄い黄色の便箋には、丁寧な文字で綴られている。
「『シネマハウスにようこそ』出演者のみなさんへ
初めて、お便りさせてもらいます。
毎週金曜日のお昼休みに楽しく聞かせてもらっていましたが、アリス店長が、今回の放送を最後に出演されなくなる、ということで、悲しい想いでいっぱいです。
特に、今週の放送では、私達が考えていてもなかなか言えなかった《想い》を、アリス店長が代わりに言ってくれた、と感じて、とても感動しました!」
丁寧な筆致ながらも、熱のこもった文章の書き出しに、亜莉寿と同様、秀明も胸が熱くなるのを感じたのだが…………。
「やっぱり、シンジ君に相応しい相手は、カヲル君ですよね!
『エヴァンゲリオン』は、男性のファンが多く、女子は意見しない方が良いか、と思っていましたが、アリス店長が男子相手にも物怖じせずに、カヲル君とシンジ君の関係について話しているのを聞いて、涙が出そうになるくらい嬉しくなったのと同時に、勇気をもらえた様な気がしました。
もっともっと、アリス店長のお話しを聞きたかったと思うのですが、転校先の学校でもアリス店長が変わらず、いろいろなお話しができる様に応援しています。
お疲れ様でした。
そして、楽しいお話しをありがとうございました。」
「追伸:
坂野クンと有間クンの二人の関係は、残った私達が責任をもって見守らせてもらうので、安心して下さい(^-^)/」
文章の最後は、顔文字の様なマークで結ばれていた。
二人で、お互いに顔を見合わせあと、一瞬の間を置いて、
「何やねんコレは……」
と、つぶやいた秀明は頭を抱え、亜莉寿は楽しそうにクスクスと笑い始めた。
自分たちのトークの内容をどう受け取るかは聞き手に委ねるしかないが、それにしても――――――。
映画や小説を読み解くチカラだけでなく、
(アニメのキャラクターへ想いを語ることですら、亜莉寿には敵わないのか!?)
そんな風に考えると、秀明は、もはや苦笑するしかなかった。
「映画の『今夜はトーク・ハード』の方じゃなくて、個人的には残念やけど、アリス店長の想いが伝わって良かったね」
微苦笑をたたえたまま、秀明が、亜莉寿に話しかけると、
「そうだね !カヲル君とシンジ君の関係性だけじゃなくて、坂野クンと有間クンのことも伝わっていて、私としては嬉しいかな?」
そう言って、亜莉寿は、またクスクスと笑い出す。
「アニメの話しは、まあ、個々人で楽しんでくれたら良いけど、自分たちのことは、勘弁してほしいわ」
呆れた様に語る自身の隣で笑い続ける亜莉寿を横目に見ながら、
「オレはともかく、ブンちゃんはなぁ――――――」
と、秀明はつぶやく。
その声に反応して、笑いを堪えた亜莉寿が、
「坂野クンが、どうかしたの?」
と、たずねる。
秀明は、一瞬ためらった後、
「ブンちゃんのプライバシーに関わることやけど、亜莉寿は、もう日本を離れるし、本人の名誉のためにも伝えておいた方が良いと、判断したから言うけどさ――――――。ブンちゃんは――――――」
続く言葉を亜莉寿の耳許で、ささやく。
秀明の言葉に、亜莉寿は、声をあげて驚く。
「そうなんだ! 全然、わからなかった!?」
「いや、多分、気付いてないのは、亜莉寿くらいやわ」
秀明は、少し呆れながら言い放つ。
そして、直接的に言及してきた高梨翼や、遠回しに気を配ってくれた昭聞と同様に、自分の彼女に対する想いについても、おそらくは他のヒトたちには――――――。
秀明が、そんなことを考えていると、スナップ写真が入れられた封筒を開いた亜莉寿が、何枚かの写真を眺めながら、ポツリとつぶやいた。
「そっか~。そんな話を聞かせてもらうと、『みんなの色んな想いが詰まってるんだな』って思えて、なんだか、この写真にも、より愛着が湧いて来るなあ」
「亜莉寿に、そう思ってもらえるのは、放送部の皆さんも嬉しく感じるんじゃないかな?」
秀明が言葉を添えると、
「そうだと嬉しいな! 私としては、高梨センパイじゃなくて、坂野クンと有間クンが想いあってくれていると、もっと嬉しかったけど……」
そう言って、また悪戯っぽく笑った。
秀明は、その言葉に声を挙げ、
「もう、その話しは勘弁してや! あと、このお便りをくれたヒト、匿名やけど、多分、単位制の一年やんな? オレとブンちゃんの名前をわざわざ書いてるし――――――」
そう分析した後、続けて、うんざりした表情で語った。
「交流のない他学年とか、学年制の生徒ならまだしも、同じ授業を受けるかも知れない生徒やと思うと、微妙な気持ちになるわ……自分は、あんまり他人の視線とか気にしないタイプやけど、『好奇の目に晒される』ことの精神的キツさが、ようやくわかった気がする。まさか、アリス店長以外に、こんな妄想をしているヒトが、学校に居るとは……」
「それだけ、坂野クンと有間クンが仲良く見える、ってことだよ!」
亜莉寿は、秀明を励ます様に言った後、また可笑しそうに笑う。
「それ、何のフォローにもなってないねんケド……」
諦観した様に言う秀明の言葉を亜莉寿は、嬉しそうに聞いていた。
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