第十四章~バスケット・ケース~⑩

 翌日の集合時間と場所を確認して喫茶店で別れた後、亜莉寿は自宅に戻り、明日で離れることになる自室の雰囲気を名残惜しく感じながら、この日の秀明との会話を思い返していた。

 彼女自身にも、秀明に話していない想いがあった――――――。


 入学式の日、クラスメートの自己紹介で彼の名前を耳にした時、自分も同じクラスにいることを自分なりにアピールしようと考えて、自身の自己紹介でも精一杯がんばったつもりだが、その成果は、芳しくなかった。

 その日から、亜莉寿は、秀明の様子を観察し、彼がいつ自分の元を訪ねて来てもいい様に心の準備をしていたが、その機会は一向にやってくる気配はなかった。

それどころか、彼自身は、早々と会話の趣味が合う仲間を見つけたらしく、男子同士で、他愛ない、本当にどうでもイイ様な下らない話しで盛り上がっている様子だ。


 あの夏の日に映画の話しで盛り上がったのは何だったのか――――――?

 話し相手が出来れば、自分が相手じゃなくても誰でも良いということなのか――――――?


 そんな風に考えると、彼女の心の中には、イライラ、モヤモヤしたものが澱の様に溜まっていく。

 そうして、その後も、しばらく秀明の様子をうかがっていると、彼の周りには、どんどん、人が増えていった。


 クラスの中心人物になる様な存在でもなければ、誰もが楽しめる話題について話している訳でもなさそうなのに、有間秀明の周囲には、多くのヒトが集まってくるのは何故なのか?


 四月の入学式から、しばらくの間、吉野亜莉寿は、そのことが気になっていた。


 そんな自分の様子に気付いたのか、四月のある日、クラスメートの正田舞が、自分と秀明の関係性を聞いてきた。

 なかなか自分に話し掛けて来ない秀明に、いい加減、うんざりし始めていた時期だったので、彼女には、前年の夏の出来事と自分が秀明に対して感じている苛立ちについて、あらいざらい話してしまった。

 今にして思えば、冷静さを欠いた行動ではあったが、正田舞に話しを聞いてもらったおかげで、ずいぶんと気持ちが楽になった。


 それから、一ヶ月が経過した頃のこと。

 中学三年の《あの夏の日》に会話を交わした時の自分の感覚が間違っていなければ、その日、秀明が、神戸の名画座『パルシネマしんこうえん』に、タランティーノ作品の二本立てを観に行くだろう、という予感というか、確信に近い想いがあった。

 そして、その直感の通り、秀明は映画館のロビーに座っていた。

 これまた今にして思えば、自分の執着心の強さに驚くが、彼の姿を目にした時の感情は、これまで彼が自分に関心を示さなかったことへの怒りと、ようやく彼と話せるという楽しみが入り交じった複雑なもので、あらためて振り返ってみると、なかなか面白い。

 感情を抑えながらも、一ヶ月以上も自分を放置していた腹立たしさから、つい彼を責める様な会話をしてしまった気もするのだが、なぜか、秀明は気分を害した様子もなく、自分を《ビデオ・アーカイブス》の店員だと認識してからは、あの夏の日からの空白を埋める様に、映画の話しに没頭することが出来た。

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