第十四章~バスケット・ケース~⑧

「有間クンの気持ちは、とっても嬉しいけれど、私としては、納得できない部分もあるかな? 『場所は離れても応援してくれる』って思ってくれるのはありがたいけれど、勝手に関係を終わらせる様なことは言わないでほしいな!」


 そう語る亜莉寿の様子は、静かな怒りが湧いている、といった感じだ。

 亜莉寿の表情から漂う雰囲気に、秀明の感情は達成感に満ちた穏やかなものから、一転する。


「えっ……と。オレ、何か亜莉寿の気に障ることを言ったかな?」


 疑問を口にする秀明に対して、亜莉寿は、反対に、詰問するように彼を問い詰める。


「有間クンの言い方だと、これからの私たちが、コミュニケーションを取る手段がなくて、もう二度と会えない、みたいに聞こえるけど、そうじゃないよね?」


「そりゃ、コミュニケーションを取る手段が、全くない訳じゃないけど、もう今までの様に、話せる訳ではないし……」


 秀明が、そう答えると、亜莉寿は、何を鈍いことを言っているのか、といった表情で、ため息を一つつき、


「有間クン、有間クンが今年の最初に『シネマハウスへようこそ』で熱心に話した映画は、何だった?そして、その映画は、どんなテーマの作品だった?」


と、彼にたずねた。

 亜莉寿の言葉に、秀明は、「あっ!」と声を挙げて、


「そうか――――――。『(ハル)』みたいに……」


と、つぶやく。

 秀明の様子を眺めながら、亜莉寿は、ようやく気付いたか、といった感じで、あらためて、彼にたずねる。


「メールでのコミュニケーションは、ただ文章を送り合うだけじゃないでしょう? 少なくとも、私は、そう考えているんだけど――――――。有間クンは、違うの?」


 彼女の問いに、秀明は


「…………いや! 亜莉寿の言う通りやわ」


と、つぶやき、


「自分の考えが足りてなかった」


そう答えると、亜莉寿は、


「もう! なんのために、あんなに熱く『(ハル)』について語ったのよ?」


 可笑しそうにクスクスと笑いながら言った。

 亜莉寿の言葉に反応した秀明が、


「面目ないです」


と、小声でつぶやくと、彼女は


「ねぇ、有間クン。自分のメールアドレスって、覚えてる?」


と、秀明にたずねる。


「いや、まだ、ほとんどメールを使ってないから、覚えてないわ……自宅に戻れば、すぐにわかると思うけど――――――」


 彼が、そう答えると、亜莉寿は、こんな提案をしてきた。


「じゃあ、明日、私が出発するまでに、メールアドレスを教えてくれないかな?あと、もし予定が空いていれば、なんだけど――――――。ウチの父と一緒に、空港まで来てくれると嬉しいな、って思うんだ」


 それを聞いた秀明は、


「アドレスの件は大丈夫やけど――――――。空港に行くっていうのは、亜莉寿とお母さんのお見送りをする、ってこと? オレが行っても良いの?」


と、亜莉寿に聞き返す。

 彼女は、すぐに返答する。


「うん! 両親は、二人とも有間クンに会いたがっているから――――――」


 翌日は、なるべく亜莉寿との別離という現実から離れたかった秀明は、映画を観に行こうと考えていたが、彼女の提案に心を動かされた。


「そっか――――――。ご両親に迷惑が掛からないなら、お言葉に甘えて、一緒に関空に行かせてもらおうかな」


 照れくささと申し訳なさが混じった感情から、鼻の端のあたりを掻きながら、秀明は、そう答えた。

 秀明の答えに、亜莉寿はすぐに応じて


「うん! じゃあ、ちょっと早い時間だけど、朝の八時半に仁川駅のロータリーのところで待っていてくれないかな?」


と待ち合わせ場所と時間を指定してきた。


「わかった! メールアドレスも、忘れずに控えておくわ」


秀明は、彼女の言葉にそう答えた後、


「あ、そうそう! 高梨センパイから預かって来たモノを渡さないと――――――。放送部のヒト達と撮った写真と、こっちのレターセットには、放送を聞いてくれた人が感想を書いてくれてるらしいよ」


と言って、現像された写真入りの封筒とレターセットを手渡す。

 亜莉寿は、嬉しそうに


「ありがとう! ねぇ、一緒に見てみない?」


と、秀明に提案する。

 秀明も同意して、四脚ある椅子の亜莉寿の隣に移動し、スナップ写真の前にレターセットを開封した。

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