第十四章~バスケット・ケース~⑦
「九月頃――――――。亜莉寿が、ショウさんに呼ばれて夏休みのことを聞かれた日、オレも放課後にショウさんと会っていて、彼女からアドバイスというか、助言みたいなことを言われたんよ。『校内放送が注目されだすと吉野さんは、他のクラスや学年の男子からも注目を浴びると思うけど、有間はどう考えてるの?』『以前の苦い経験があったとしても、有間自身が、吉野さんのことをどう想っているのか、自分の気持ちには向きあうべき』って、こんな感じのことやったかな」
黙って話しを聞いている亜莉寿に、秀明は、さらに語り続ける。
「実は、さっき亜莉寿に話したオレの小学生時代のことは、何年か前にショウさんだけに話していたことがあって、それで、心配してくれていたのかな、って思うんやけど――――――」
秀明の言葉に、亜莉寿は、
「そうなんだ……」
と、つぶやく。
「うん……それで、自分でも考えてみたんやけど、オレは、亜莉寿が、他の男子にあまり多く注目を集めたり、仲良く話しをしたりすることを想像すると、『何かイヤだな……』って感じてしまったんよ」
秀明が、そう言うと、亜莉寿は、意外そうな表情で、一言
「そうなの?」
と、たずねる。
「うん――――――。他にも、ブンちゃんが女子に注目されて、明らかに迷惑がってると感じてたから、という理由もあるけど、色々と思うところがあって、高梨センパイに相談させてもらった、っていうのが実際の自分の気持ち。もちろん、亜莉寿に、ブンちゃんの様なイヤな想いをしてほしくなかった、ということも建前ではないと言いたいけど……亜莉寿が、他の男子と仲良くなったら、イヤだな、ってエゴイスティックな気持ちがあったことも事実やねん」
亜莉寿は、再び秀明の言葉を黙って聞き入る。
「まあ、高梨センパイが考えたあの方法も、エゴイスティックな自分への罰なのかな、って思ったりもしたわ」
秀明は、そう言って自嘲気味に笑い、さらに語り続ける。
「それで、次に自分の中の気持ちに気付いた決定的な出来事は、やっぱり、『ロッキー・ホラー・ショー』特別上映を観に行ったあの日のこと――――――。亜莉寿に、レイトショーの映画に誘ってもらったこと自体が、めっちゃ嬉しかったし、当日の映画の《体験》も刺激的で、今まで劇場に行った中でも一番楽しく思えたし――――――」
秀明が、その日を振り返りながら、楽しそうに語る様子に、亜莉寿の表情も、少しほころんだ。
「その上映のあと、亜莉寿に、『今日は、帰りたくない気分なんだ』って言われた時、めちゃくちゃドキドキしてしまってさ……」
笑いながら語る秀明に、一転して亜莉寿は、申し訳なさそうに謝る。
「ゴメンナサイ! そんな――――――有間クンを振り回すつもりで言ったんじゃなかったんだけど……」
秀明は、笑顔で
「いやいや! 勝手に勘違いしたオレが悪いんやから、亜莉寿のせいじゃないよ!」
と、彼女を擁護し、さらに続けて、
「あの後、亜莉寿に『ロッキー・ホラー・ショー』の見解を聞かせてもらって、やっぱり、亜莉寿の話しを聞くのは面白いな、って思って――――――。そして、自分が感じたことを話したら、亜莉寿に少し誉めてもらえて――――――。自分は、世界中で、誰よりも亜莉寿に認めてもらえることを嬉しく感じるんだな、って思って――――――」
そこまで語ると、一呼吸をおき、
「……その時に、初めて、『あぁ、自分は目の前のこのヒトのことが好きなんだ』って実感することが出来た」
そう言って、溜め込んだ想いとともに、秀明は、息を吐き出した。
亜莉寿は、しばらくの間、秀明の口から放たれた言葉の意味を認識できなかったが、その内容が頭の中で整理され始めると、口に出してしまうくらい、混乱し始めた。
「えっ!? えっ!? 有間クンが、私を!? なんで!? どうして!?」
その様子を見た秀明は、あわてて
「あっ……こんなタイミングで、こういう話しをしてしまって、ホンマにゴメン! ただ、あの日、あの時の自分の気持ちが、どう動いていたのかを聞いてもらいたかったから――――――」
と、亜莉寿に謝罪して、さらに言葉を続ける。
「もう少し、話しをさせてもらうと、あの夜、いま言った自分の《想い》に気付いた、そのすぐ後に、亜莉寿から、『海外の学校に転校したい』ということと、今の学校について感じてる不満を聞かせてもらったから――――――。その時、『自分の想いは、いま話すべきことではないな』って感じたんよ」
秀明のその言葉に、少し冷静さを取り戻した亜莉寿は、
「そ、そうだったんだ……」
と、ようやく、それだけ返答する。
亜莉寿の言葉に秀明も反応し、
「うん……あの後、亜莉寿は、ご両親と学校のこととか将来のこととか話さないといけないだろうし、海外に行くことが決まったら、忙しくなるんだろうな、って思ったから――――――。あと、亜莉寿は、あの夜、オレがファミレスで何回も席を外したの覚えてる?」
自分が、その夜に考えていたことを話した後に、彼女に質問をする。
「そういえば――――――そうだったかな?」
亜莉寿も、記憶をたどりながら答える。
秀明は、彼女の返答に対して首を縦に振り、
「あの時は、亜莉寿に対する想いとか、亜莉寿と離れることになるかも知れない寂しさとか、自分の中で色々な感情が押し寄せてきて……冷静な気持ちでいられなかったから、その度ごとに、席を立ってしまって――――――。亜莉寿が、真剣に悩んでる時なのに、申し訳ないことをしてしまった」
彼の言葉に、亜莉寿は首を横に振り、
「ううん……私の方こそ、自分のことだけで、精一杯で――――――。有間クンが、そんな想いをしているなんて、全く思ってなかったから――――――。さっきも言ったみたいに、有間クンの気持ちを知らないまま、二ヶ月後も協力してもらうことになって――――――。本当にゴメンナサイ」
と、秀明に謝意を表した。
そんな亜莉寿の言葉に、秀明は
「いや、亜莉寿に謝ってもらうことではないよ――――――」
と、優しく語りかける。
そして、続けて
「小学生の時は、好きになった女の子に対して、迷惑が掛かる様なことをしてしまったけど――――――。今度は、少しでも亜莉寿の役に立つことが出来て、喜んでもらえたのだとしたら、『あぁ、良かったな』って思えるからね」
と、言って微笑んだ。
一方の亜莉寿は、語るべき言葉が見つからないのか、黙ったまま、うつむいている。
その様子をうかがいながら、秀明は、
「ゴメン。急にこんな話しをしてしまって――――――。伝えたかったのは、場所は離れていても、亜莉寿のことを想って、応援している人間は居るから、亜莉寿には、自分の夢を精一杯追いかけてほしいな、って思ってるということ。亜莉寿が夢を叶えてくれたら、それが、自分の喜びにもなるかな、って思うから……」
落ち着いた口調で話し、自分の語るべきことは、すべて語り尽くした、という達成感に満ちた晴れやかな表情で、再び亜莉寿を見つめた。
彼の言葉を聞き終えた亜莉寿は、
「ありがとう」
と、感謝の言葉を伝える。
しかし、言葉とはうらはらに、彼女の顔は、ニコリともしない表情のままである。
そうして、彼女は秀明が予想もしていなかった言葉を口にした。
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