第七章~恋人までの距離(ディスタンス)~④

 翌日、金曜日の昼休み終了間際。

 前日に収録した録音の放送が無事に終了し、秀明、亜莉寿、昭聞の三人は、放送室から一年B組の教室に戻る。

 それを確認した正田舞が、秀明の席まで来ると、こんなことを切り出した。


「有間、今日の放課後、時間ある? ちょっと話しておきたいことがあるんやけど」


 突然の提案に、少し驚いた秀明だったが、何か重要なことかと思い、


「ああ、そんなに遅い時間にならないなら大丈夫! どこか店に寄った方が良い?」


と聞き返す。


「うん。できたら、ファーストフードかファミレスが良いかな?」


「じゃあ、立花駅前のマクドにしようか? 待ち合わせは、どうする?」


「う~ん、放課後、少し時間が掛かるかもやから、先にお店に入っててくれる?」


「オッケ〜!じゃあ、二階で席を取っとくわ」


と答えた秀明は、


(ショウさん直々の話しって、何やろ?)


(時間が掛かった時に備えて、今日の夕飯は、簡単に作れるモノにするか)


そんなことを考えながら、午後の授業を過ごした。



 その日の放課後。

 ショートホームルームが終了した後、いつもの様にすぐに下校した秀明は、午後四時過ぎに、自宅の最寄り駅前のマクドナルドに到着し、同級生を待っていた。


「少し時間が掛かるかも……」


と言っていた通り、正田舞が店に現れたのは、秀明が入店してから、たっぷり一時間が経過した午後五時過ぎのことだった。


「ゴメン! 遅くなって。吉野さんとの話が長引いてしまって」


 謝りながら席に着く舞の様子を見ながら、秀明は返答する。


「いやいや! ショウさんからの話しなら、何か重大なことかも知れんから。何時間でも待ちますよ。それより、学校では、亜莉寿……いや、吉野さんと話してたん?」


 すると、舞は、トレイの上のドリンクに口をつける間もおかず、質問を繰り出した。


「そう! これから話すことと関係あるから……遅れて来たところ、いきなり聞くのも申し訳ないけど、有間、夏休み中に吉野さんの家に行ったん?」


 単刀直入の質問に、秀明が、やや動揺しつつ答える。


「あっ、うん……吉野さんから聞いた? けど、ショウさんが心配してくれる様なことはなくて、彼女から自宅に招かれたんやけど……」


「それも吉野さんから聞いた! それで、吉野さんの家では何かあったん?」


 気さくに話す仲であるクラスメートの女子から受けたストレートな質問に対して、秀明は、約一ヶ月前のことを思い出していた。



 阪急仁川駅から山の手側に徒歩十分。

 関西では、四大私大とされる私立大学の目の前という好立地。その一角のスタイリッシュなマンションが、吉野亜莉寿の自宅だった。


 八月一日の午後。

 吉野亜莉寿から自宅に招かれた有間秀明は、本や雑誌を入れた紙袋を下げ、緊張の面持ちで、彼女の家を訪問していた。


(まさか、こんな流れになるとは……)

(女子の部屋に来るなんて初めてやし……)

(そもそも、ホンマに自分なんかが来て良かったんか?)


 有間秀明の脳内に様々な想いが交錯する中、彼の逡巡を気にする様子もなく、吉野亜莉寿は自室に秀明を招くと、


「荷物持ちありがとう! 暑かったよね? いま、飲み物を入れて来るから!」


と言って、キッチンに向かった。

 彼女が自室から出てドアを閉めると、アプリコットとジャスミンの混ざった様な香りが鼻腔をくすぐる。

 不意に、秀明は前年の夏休み終盤の日のことを思い出した。


(そう言えば、吉野さんと出会ってから、もうすぐ一年になるのか?)


 秀明は、この辺りの場所に土地勘がなかったため当初は気付けなかったが、駅から亜莉寿の家まで移動する過程で、彼らが出会ったビデオ店と彼女の自宅が、遠くない距離にあることも実感できた。


 あの夏の日――――――。


(また、あのお姉さんと話しが出来たら楽しいだろうな)


 秀明は、そう感じていたが、この数ヶ月ほどで、亜莉寿と映画や小説など、色々な話題について語り合えていることは、彼にとって望外の喜びと言って良かった。


 あらためて、そんなことを考えながら、周囲を見渡してみる。

 目の前には読書をしたり軽い食事ができそうなテーブル、左手には学習机が置かれ、正面の大きな窓を挟んでタンスとベッドが並ぶ。

 何よりも秀明の目を引いたのは、ベッドの脇に配置された大きな本棚だ。

 下段の方にハードカバーの単行本、中段にソフトカバーの単行本、そして、中段から上段までは、早川文庫や創元文庫、さらに、九〇年代には希少品となりつつあったサンリオ文庫などが、レーベルと作者ごとに綺麗に並べられている。

 本棚を眺めただけで、彼女が所有している書籍を大切にしていることが想像できた。

 その一部を自分に貸し出し、読ませてくれたということが、秀明には嬉しく思えた。

 そんなことを考えていると、「お待たせしました」と言って亜莉寿がキッチンから戻ってきた。

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