第七章~恋人までの距離(ディスタンス)~③

 その後も、何やらブツブツと語っていた亜莉寿は、唐突に、


「でも、有間クンが、『シネマハウスにようこそ』での坂野クンとの会話を嫌がっていないみたいで良かった!」


と目を輝かせて話し始めた。


「えっ、なんで?」


 聞き返す秀明。


「だって、坂野クンが番組の途中で、有間クンの発言に絡んで入ってくるのは、目の前で見ていて、とても楽しいんだもん! あぁ、男の子同士の会話ってイイな~って思うの」


 亜莉寿は、いつも以上に饒舌に語り出す。


「はあ、それはどうも」


 彼女の意図がわからず、曖昧な相づちを返す秀明の言葉に続いて、


「特に、最初は坂野クンの言葉に反発しながらも、最後はいつも彼を受け入れる有間クンを見ていると、このまま二人の会話を見続けていたいなって……」


(は? オレがブンちゃんを受け入れる?)


(ナニを言い始めるねん、いきなり)


 困惑する秀明に構わず、亜莉寿は、切な気に語り続ける。


「表面上は、喧嘩を装いながらも、本音ではお互いを理解しあっている仲睦まじいカップルの会話みたいで、私が会話に入るのは、お邪魔虫なのかなって思ったり……」


(今日はブンちゃんが来てからしばらくの間、会話に入って来なかったのは、それが理由か!?)


「いやいやいや! 三人で話す番組なんやから、ちゃんと会話に参加して下さいよ!」


 思わずツッコミを入れる秀明の言葉は耳に届いていないのか、亜莉寿は、一人で話し続ける。


「だから、もし、有間クンが、坂野クンとの会話を望んでいないなら、もう、二人のイチャイチャが見られなくなるのは、もったいないなって……」


「何も、もったいないことはありません!」


 有間秀明の嗜好以前に、吉野亜莉寿の思考には、何やらノイズが混じっている様である。

 秀明は呆れながら、


「『シネマハウスにようこそ』でのブンちゃんとアリマの会話をどう楽しむかは、個人の自由やと思うけど……そういうスタンスなら、番組の中で、アリス店長がイジる相手は、アリマ館長だけにしておいた方が良いやろうね」


と提案する。

 ようやく、自分の世界から戻ってきた亜莉寿にも、今度は声が届いていた様で、


「ん? どうして?」


と聞き返す。


「男子二人に女子一人のグループで、女子が男子二人ともに、気軽にツッコミ入れたり、イジったりすると、他の女子の反発を招くと思うから……最近、ブンちゃんは、女子の注目を集めつつあるみたいやから、余計にね」


 秀明は、『シネマハウスにようこそ』夏休み前の最後の放送から、夏休み明けのこの日に至るまで、昼休みや放課後に、秀明たちの一年B組の教室を訪れる女子生徒が少しずつ増えている様に感じていた。

 そして、彼女たちのお目当てが、坂野昭聞であることも……。


「そっか……」


つぶやく亜莉寿に、秀明が続ける。


「多分、これは高梨先輩の見解とも一致すると思うねんな~。今後、もしアリス店長が、ブンちゃんもからかいだしたら、敏腕プロデューサーから、『吉野さん、アキくんは良いから、有間クンをもっとイジってあげて~』って、リクエストが出ると思うわ」


「確かに、なんとなく想像できるかも」


と言って亜莉寿は微笑む。


「ブンちゃん、性格はともかく、見た目は女子受けすると思うから……あんまり親しげに絡む女子は、聞き手に歓迎されへんと思うねん」


 秀明が語ると、


「そうだね! その点、性格も見た目も女子受けしない有間クンなら、他の女子も気分を害さない、と……」


ニヤケながら答える亜莉寿。


「そこまで、ハッキリ言わんでもエエやん……」


と、秀明は、すねた様につぶやいて、続ける。


「まあ、今の『シネマハウスにようこそ』の三人の会話のノリなら、そういう流れにはなりにくいと思うけど……だから、高梨先輩は、『この調子でよろしく』みたいに言ってくれてるんとちゃうかな?」


 秀明が自身の見解を言い終えると、


「なるほど……有間クンも、色々と考えてるんだね! 坂野クンや私にからかわれて、イヤな想いをしているか、それとも、喜んで恍惚の表情を浮かべているかのどちらかだと思ってた」


と言って悪戯っぽく笑う。


「なんで、そんな両極端な想像なん!?」


 思い切りツッコミを入れた秀明が、さらに続けて


「でも、亜莉寿さんが、オレのことを心配してくれるとは思ってなかったわ。いっつも、イジられっぱなしやし」


と笑いながら言うと、亜莉寿は珍しく硬直して、


「べ、別に心配したとか、そんなんじゃないんだから……」


と、たどたどしく言い返す。

 秀明が満面の笑みで、


「いや、もうその言葉を聞けただけで満足です! 高梨先輩から、作品選択一任の言質を取ったことよりも嬉しいかも」


と返すと、亜莉寿は、


「もう! 有間クンのくせに、上から目線はやめてくれる? あなたは、坂野クンにからかわれてるくらいが、ちょうどイイの!」


と言って、すねた様にそっぽを向いた。

 その様子を見た秀明は、苦笑しつつ、


「はいはい、わかりました。これからも、『シネマハウスにようこそ』では、二人で大いにアリマ館長をイジって、番組を盛り上げて下さい」

と付け加える。


 その言葉に機嫌を直したのか、亜莉寿は、フフッと笑いながら、


「本当は、それが嬉しいくせに!」


と言い返してくる。


「なんでやねん!」


と、お約束のツッコミを入れた秀明が、「さて、遅くなったし、そろそろ帰りますか」と言って、二人は昇降口に向かった。

 秀明には、夏休みの一件以降、亜莉寿との距離が縮まっている、と感じられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る