第一章~リアル・ワイルド・チャイルド~②

 余談に近い補足説明と秀明の内心をよそに、後続のクラスメートの自己紹介が続く。


「六庫東中学校出身の伊藤大地です」


 秀明の後方座席である伊藤、梅原と出席番号順に自己紹介が続き、窓際の列の生徒が語り終わると、秀明の隣の男子が立ち上がった。

 細身の体躯と色白の肌が印象的で、目付きは鋭く、海外のロックシンガーの様だ。


(PVで観た『リアル・ワイルド・チャイルド』のイギー・ポップみたいやな)


 秀明が、そんな風に観察していると、


「深洲中学出身の坂野昭聞です。昭和の昭と新聞の聞で《あきひろ》と読みます。ボクのことは、気軽にブンちゃんと呼んで下さい。中学時代は、放送部に所属していました。洋楽を中心とした音楽と、あと、隣の席の人と同じくラジオ番組を聴くのが好きなので、高校でも放送部に入ろうと考えてます。高校生活で何か面白いことをやってみたいと思う人が居たらヨロシク!」


 あらかじめ紹介文を考えていたのだろうか、なめらかな口調で自己紹介を終えた男子は、着席する前に、秀明に向かって、もう一度「ヨロシクな」と付け加えた。

 不意のことに、「あ、どーも」と返答しながら、


(入学の時点で、自分のやりたいことを明確に言えるなんて、スゲーな坂野氏もとい、ブンちゃん)


と感じながら、他のクラスメートとともに、拍手を送る秀明。

 続く生徒たちも、出身中学や趣味のことなどを織り交ぜながら、無難に自己紹介を終えて行く。


「じゃあ、最後は吉野」


 担任教師が告げる。

 ホームルームの時間をたっぷり一コマ分利用した一年B組の自己紹介の掉尾に当たった女生徒が、教室の窓際最後方の座席から立ち上がった。

彼女とは、二十メートル程度は離れているであろう、教室の対角線上に位置する秀明の席からも、印象的な長い黒髪とともに、目鼻立ちの整った容姿であることがわかった。


「甲稜中学校出身の吉野亜莉寿です。変わった名前だと言われることも多いですが、両親が好きな小説家の名前から名付けられました。自分も、小説を読んだり、映画を観たりするのが好きなので、良ければ、お話ししに来て下さい。一年間よろしくお願いします」


 ハキハキと、しかも、落ち着いた声色で紹介を終えたあと、吉野亜莉寿は、教室の隅の席から対角線上に視線を向けて、ニッコリと微笑んだ。

 瞬間、彼女の顔を正面から見ることの出来る男子生徒十名ほどから、声にならない声が上がるのを感じた。


(えっ!? あのコと目が合った? オレの方を見て笑ってる!?)


(――――――って、そんなことある訳ないか? 自分の周りの男子も、みんなそう思ってるよな)


 一瞬の動揺の後、努めて冷静さを取り戻そうとした秀明が、その微笑みの理由を知るのは、まだ先のことであった。



 ホームルームの時間が終わり、休み時間が始まると、早速、隣の席の坂野昭聞が秀明に声を掛けてきた。


「なあ、映画が好きって言ってたけど、どんな映画が好きなん?」


「ん~、基本的にどんなジャンルの映画でも観るけど、自己紹介の時に話したジョン・ヒューズ以外の作品なら、おバカで熱いノリの映画かな? バズ・ラーマンの『ダンシング・ヒーロー』とか! あっ、ダンシング・ヒーローって言うても、荻野目洋子は関係ないで(笑)! あと、『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』は、七十二回観た!ウソやけど……」


 余計な小ボケを挟む秀明に、「わかってるわ」と返す昭聞。

 さらに、何かを確信したのか、意を決したかの様に、続けてこんな事を聞く。


「ラジオを聴くのも趣味って言うてたけど、土日の深夜にラジオ聴いてへん?」

「ん? 聴いてるけど、ABCラジオの『アシッド映画館』と『サイキック青年団』」


!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


と、コーテーションマークが、いくつも周囲を取りかこんだ様な表情をした昭聞が興奮した様子で続ける。


「やっぱ、そうか! まさか、高校であの番組のリスナーに会えるとは思わんかった!」


 テンションを上げる昭聞の言葉に


「なになに、何の話ししてんの?」


と、伊藤、梅原の二人が加わってきた。


「どんなラジオ番組を聞いてるか? って話。二人は、受験勉強の時にラジオとか聞いてた?」


 秀明がたずねると、


「オレは、ミューパラ、『ミュージックパラダイス』やな」


と伊藤。続けて梅原が、


「オイラは、『ブンブンリクエスト』派やわ」


「二人は、こんな感じらしいですよ坂野氏、もとい、ブンちゃんと呼ばせてもらうわ。で、何の話やったっけ?」


 昭聞に話を振り、会話の続きを促す秀明。

 すると、無駄話しに興じている男子四人組の輪に、一人の女子が加わってきた。



「なあなあ、有間に聞きたいことがあるんやけど、ちょっとイイ?」


 そうたずねるのは、正田舞。秀明と同じ大荘北中学の出身の女子生徒である。


「ん? 何、ショウさん」


 中学時代の彼女の愛称を呼んで答える秀明にたずねる。


「吉野さんと有間って、知り合い?」


「いや、会ったことないと思うけど……?」


「そっか。あのコ、自己紹介の最後で笑った時に、何か言いたそうな表情やったな、と思って。……で、どこを見てるのかなって、視線を追ったら有間の席の方を見てるみたいやったから」


「そうなん? いや、自分でも一瞬、《吉野さんと目が合った?》とか思ったけどさ……そんな『アイドルのコンサートに行って、《あのヒトと目が合った~》って喜ぶ、イタいファンじゃないんやから』って、自分にツッコミ入れてたところやわ」


苦笑しながら返答する。


「いや、私が、男子の席を見たときは、みんなアホみたい顔して、吉野さんに見とれてた様に感じたけどな~」


と感想を述べる同級生女子。


「女子にどう見えたかは、男子からは知りようが無いので、そこは、ノーコメントで……」


秀明が、再び苦笑いで答えると


「うーん。やっぱり、直接本人に聞く方が早いかなぁ」


「そうして。この学校には、ショウさん以外に女子の知り合いはいないと思うから」


「まあ、あんな可愛いコが、有間の知り合いな訳ないか」


 彼女がニヤニヤと笑い、遠慮なしに言うと、周囲の男子三人も、「そら、そうやな」と納得の言葉を口にする。


「おい!ショウさんはともかく、今日が初対面のお前らに失礼なコトを言われる筋合いは無いゾ!!」


とバラエティー番組のひな壇芸人の様に立ち上がって言い返す秀明に、


「大丈夫! 女子に縁の無さそうなことくらい、今までの流れでわかるから。お前も、アイドルのライブで、客席からペンライトを振ってる側の人間やろう?」


昭聞は間髪いれずに返答し、秀明の肩に優しく手を置く。


「そうそう、コール本を見て予習してな! って、誰がアイドルオタクやねん! いや、ちょっと、四人とも可哀想なコを見るみたいな目で見るのは止めて!」


 これまで以上に馬鹿馬鹿しいノリになってきたのを見てとり、気さくな女子は「お邪魔しました~」と言って、秀明たちの元を去る。


「あっ、ショウさん! 何かわかったことがあったら、また教えて」


と、秀明が立ち去る彼女に声を掛けると、「りょ~かい!」と振り向かずに右手でサムアップをして返答した。


「正田さんって、有間と同じ中学やったん?」


 伊藤がたずねる。


「そう。ウチのクラスのツジモっちゃんとC組の浜名と同中おなちゅうは、オレら四人。女子はショウさんだけ」


 秀明が答えを返すと、昭聞は話題を変えた。


「正田さんの話しで思い出したけど、吉野さんのあの笑顔はヤバいな。あれはイカン。あれは、《童貞を殺す笑顔》やわ」


「《童貞を殺す》って。それなら、ウチのクラスの男子の九割以上が、殺されてるやろ」


と、笑いながらツッコミを入れる秀明。さらに続けて


「それに、女子慣れしてないオトコなら、むしろショウさんみたいな気さくに話し掛けてくれる女子に惹かれると思うけどな、長い目でみたら……」


と自身の見解を加えた。


 秀明には、吉野亜莉寿の意図が含まれた様な笑顔に「アホ面を晒していた」と呆れられる男子たちの見解より、「何か言いたそうな表情だった」という中学校時代から気さくに話す仲の女子の直感の方が気になっていた。

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