第一章~リアル・ワイルド・チャイルド~③

 入学式と翌週初めの実力テストが終了すると、稲野高校でも本格的に授業がスタートした。


 ここで、秀明たちが通う稲野高校の単位制の授業の特色を説明しておこう。

 単位制によるカリキュラムには、秀明が、この学校を志望した理由でもある「授業科目を自由に選択できる」という特長がある。そして、科目を自由に選択できるということは、生徒それぞれで受ける授業も異なるということになる。

 そのため、同じクラスの生徒であっても、常に同じメンバーで同じ授業を受けるということは少なくなる。

 例えば、文系科目を中心に選択した秀明・昭聞と、理系科目を中心に選択した伊藤・梅原は、同じクラスでありながら、別の教室で異なる担当教諭の授業を受けることが多かった。

 なお、秀明たち一年次のクラス配属については、高校授業の必須科目である芸術分野のうち、


・美術選択者:一年A組(男子八名・女子三十二名)

・音楽選択者:一年B組(男子十六名・女子二十四名)

・書道選択者:一年C組(男子二十二名・女子十八名)


このように振り分けが成されていた。

 また、こうした単位制システムの副産物として、一般的な普通科高校の学年制カリキュラムによるクラス編成に比べて、単位制に通う生徒のクラスへの帰属意識は、比較的ゆるやかなものになるのも特色と言えるかも知れない。

 このことが、一年B組の昼休みの風景に大きな影響を及ぼすことになる。


 授業開始後、数日が経過して昼休みに集うメンバーが固まり始めた頃、教室の片隅組である秀明、昭聞、伊藤、梅原も互いに敬称抜きの姓名もしくは愛称で呼び合う仲になっていた。

 この日の話題は日曜日に行われる中央競馬のメインレース皐月賞から始まった。


「秀明、週末の皐月賞どうなると思う?」

「う~ん、フジキセキの離脱が残念やなぁ。梅ちゃんの見解は?」

「オイラは、むしろ人気薄の可能性が高まって嬉しい!」

「……」


 四人の会話が始まると、


「おっ、皐月賞の検討会か?」


と、一年B組の委員長に選ばれたばかりの竹本剛志が加わってきた。


「委員長は、どう思う?今年の皐月賞」

「そら、タヤスツヨシやろ。オレと同じ名前のツヨシやし!」

「そっか~。けど、タヤスツヨシは、去年のたんぱ杯を勝って以降、今年になってからは人気を裏切り続けてるのがなぁ」

「そもそも、一番人気がどの馬かワカラン」

「……」

「フジキセキの勝ち方からして、ホッカイルソーか?弥生賞では、五馬身ちぎられてるけど」

「馬柱的に見れば、ダイタクテイオー、ナリタキングオー、ジェニュインも人気するやろ?」

「ダイタクテイオーはなぁ・・・。毎日杯勝ちの馬が押し出されて人気の時って、典型的な危険馬やろ?ナリタキングオーは、三年連続でナリタの馬が皐月賞馬になるほど上手く行くか?って、感じはするし、ジェニュインにしても、前走は結果的に一着やけど、降着してルイジアナボーイに五馬身離されてるのがなぁ」

「よし、ここはイブキタモンヤグラやな!」


「「「「梅ちゃん、タモンヤグラって言いたいだけやろ!!!!」」」」


 ここで、勝手に盛り上がる四人にイラついたのか、はたまた競馬には造詣が浅く会話に加われないフラストレーションが溜まったのか、ここまで無言を貫いてきた伊藤大地が声を挙げた!


「あぁ~、もう! 高校生が昼休みにする話しが競馬の話でイイんか!?会社員のオッサンのランチやないねん!高校生らしく、もっと、他に話すことがあるやろ!!」


「ゴメンゴメン! 優等生の伊藤クンに怒られたから帰るわ」


と、笑いながら自席に退散する竹本委員長。

 伊藤の剣幕に、場を和ませようと


「じゃあ、高校生らしい話題って、どんな話しよ?」


と笑いながら、秀明はたずねる。


「それは……お昼の時間やし、彼女が出来たら、どんなお弁当を作って欲しいとか……色々あるやろ」


 瞬間、時が止まったかの様に空気が固まり、発言者をのぞいた三人は、必死に笑いをこらえた。


「あのな、伊藤クン。あえて、クン付けで呼ばせてもらうけど、伊藤クン! モテない高校生男子のために、お弁当を作ってくれる女の子なんて、『スレイヤーズ』とか『ロードス島戦記』に出てくるモンスターと同じで、空想上の生き物なんやで」


と、笑いをかみ殺しながら、宇宙人の存在を信じる人間を諭す様に、優しく語りかける昭聞。


「そうそう! 義務教育で習ったやろ? 六庫東中学校では、そういう授業なかった?」


と、肩を震わせながら、たたみかける秀明。

 梅原慶明は、三人の姿を楽しそうに見守る。

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