第一章~リアル・ワイルド・チャイルド~①

 宇宙人や未来人や異世界人や超能力者などが本当に存在しているかということは、特撮映画やSF小説・コミックなどを好む者にとって、子どもの頃に良く自問することかもしれない。

 だが、有間秀明に関して言えば、確信を持って言えるが、そんなものは、最初から信じていなかった。

 彼は、子供の頃から、ゴールデンタイムに放送してた『インチキUFO番組』に出てくる謎のメキシコ人にはツッコミを入れていたし、『ハンドパワー』を操ると豪語する超魔術師には、甚だウサン臭いものを感じとってていた。

 しかし、そんな賢しらぶった少年時代を過ごした有間秀明なのだが、一方で、少年マンガにありがちな「毎日が文化祭的なドタバタ学園生活」のような日常が、現実には存在しないことに気付いたのは、相当後になってからのことだ。


(俺が、朝目が覚めて夜眠るまでのこのフツーな世界に比べて、少年マンガ的学園生活で描かれる世界の、なんと魅力的なことか!)

(俺もこんな世界に生まれたかった!!)


 しかし、現実というものは、いつも厳しい。

 実際のところ、毎朝お弁当を作って、部屋まで起こしに来てくれる「隣りに住む幼馴染み」や、周りの連中をアジって始終騒動を起こす「メガネ」がクラスにいるなんて事は、皆無だったし、何でも出来るのに好きな相手には素直になれない「美人の生徒会長」や頭のユルいマッドサイエンティストが作った「サイボーグ」などの友人に恵まれる事もなかった(タイムトラベラーや超能力者の存在は信じないのに、機械人間の様な存在は信じるのかというツッコミは、さておき)。

 日々つつがなく進行していく日常世界を過ごしながら、秀明はいつしかこれら少年マンガの様な夢想をすることもなくなっていた。


(そんな事あるワケないか、でも少しはあって欲しい……)


 などと、一般社会に迎合しつつ、ささやかに夢をみる、くらいにまで彼も成長したのだ。

 そんなことを頭の片隅でぼんやり考えながら、有間秀明は高校生になり……、


(それなら、自分から何かを発信してみるか!?)


と余計なことを思い付いた。

 県立稲野高校の入学式も、つつがなく終了し、体育館から彼らのクラスである一年B組の教室に向かう途中のことである。



 設立二年目となる稲野高校の単位制カリキュラムを実施するクラスは、A組~C組の三クラスに別れていた。

 秀明たちが配属された一年B組の担任、大学を卒業後に教職に就いて三年目の英語教師、東野明子教諭は、


・単位制によるカリキュラムは、県下初の試みであること

・その二期生にあたるこの学年は、単位制システムの将来の評価に大きな比重を占めること

・いずれにせよ、高校生活は、中学までの義務教育とは違うのだから、自覚して勉学と学生生活の向上に励むこと


など、生徒の立場からすると、甚だしく気力を削がれる訓示(というのか?)を述べたあと、『言うべきことリスト』が書かれていると思しきメモ帳をたたむ。


(それは、教職員側の言い分であって、生徒のモチベーション向上には繋がらない内容なんじゃないですかね?)


 そんな風に秀明が心の中で不遜なツッコミを入れていると、言っておくべきことを終えた英語教師は、こう続けた。


「じゃあ、各自に自己紹介をしてもらおうかな。座席の順に有間から」


 男女別に、五十音の姓名順に並んだ座席の窓際最前列に座る秀明に起立を促した。


「大荘北中出身、有間秀明です」


 名前を告げたあと、一拍おいて


「趣味は、映画観賞、競馬観戦、深夜のラジオ番組を聴くこと。好きな映画作品は、ジョン・ヒューズ監督の学園モノ作品です。そんな訳で、このクラスに、映画、競馬、ラジオ番組などに興味があるヒトがいたら、ボクのところに話しに来て下さい。以上……です!」


 そう言って、クラスメートからお約束の拍手を受けとると、席に着く。

 秀明が行った自己紹介のついでに、中学生時代を映画とともに過ごして来た彼が、この時期、他に夢中になっていたものについて、補足をしておこう。

 彼が中学生時代後期から熱中していたものの一つが競馬観戦で、中学二年の秋にプレイし始めた競馬シミュレーションゲームにどっぷりとハマり、その年の暮れの有馬記念で競馬史上に残る名馬の《奇跡の復活》劇を目の当たりにして、彼の競馬という競技に対する興味は、俄然高まった。

 さらに、彼が中学三年になった翌年には、10年ぶりにクラシック三冠馬が誕生したこともあり、この時期は、競馬そのものがスポーツ新聞やスポーツニュースだけでなく、一般のニュースやドキュメンタリー番組などで取り上げられる機会も多かった。

(多くの読者の予想するところであろうが、秀明の愛車ブライアン号は、この年の三冠馬から名付けられている)

 そして、彼が夢中になっているもう一つの趣味は、深夜ラジオを聴くことだ。

歌手・声優・局アナ・お笑い芸人など、様々なジャンルの人々が語り手としてラジオ番組を盛り上げていたが、中でも、秀明のお気に入りは、関西ローカル局が制作する《深夜の情報判断番組》を標榜するトーク番組と《オリジナル・サウンド・ドラッグ》なる怪しげなコンセプトを掲げる映画紹介番組であった。

 前者からは、超常現象や芸能界から政治・社会情勢に至るまであらゆる物事を斜めから見る方法を、後者からは、映画制作者の趣味嗜好・性癖から作品のテーマを邪推……もとい、推察する楽しさを吸収し、彼の世間に対する見解や映画の観賞態度に大きな影響を与えていた。


(まあ、マンガのキャラみたいな友達は無理にしても、話しの合う人間の二~三人くらいは出来るだろ)

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