蝶海月

鈴宮 雨音

第1話

当たり前の言葉で、話してよ、夢を


あっちにこっちに揺蕩う夢を


でも沈んだ私はこう言うんだ。


「喉の奥で溶かし切って


もう無いことにしよう」



夢は なんだっけ?


忘れて しまったかな?


光は どこだっけ?


どっかに しまってしまったかな?


分からないんだ 何もかも


知らないんだ  私さえも


         だから



 「溶かし切ってよ    君の歌で」



さざめく  愛の調べ



雲さえも、のかし切ってしまう



さんざめく 愛の調べ



蒼の空を丸めてしまいそう


重いんだ  重いんだ 重いんだ 重いんだ


小さくて  小さくて  小さくて 小さくて


     


    昨日の面影も残してない


痛いのかい?  辛いのかい?  死にたいかい?


生きたいかい?  行きたいかい?  


    







     あの高い高い、愛の調べ


ほどききらないで  私の夢


分かった気にならないで  私の夢


その愛で、いろんな間を優しくそっと繋いでさ


抱きしめて  心そのもので


全身の心を  傾いたその瞳で   


見つめ切って  見つめ尽くして


残った部分に注ぎ込もう


だから、傾けて欲しいの


だから、最初はそれでいい


そう、今から始めようよ


ここはどの道、淡い青い炎を飼ってるようなクラゲの中の世界。

白く輝く砂を握り潰した時の輝きを発する白い閃光が、頻繁に迸って、青い炎に白いレールを引いてるの。

これが愛。 君の愛の調べ。  

雲さえものかし切ってしまう。

蒼の空を丸め込んでしまうような。


……ねぇ、私にその淡白に噴火するような鬼火を、もっと聞かせて。

喉の奥にある、君の鬼火。

そこで、私の夢は溶けて、君の鬼火になるの。


だってさ、私なんも取り柄ないんだよ。

得意な事とか、楽しい事は、あるけど……

ねぇ、君の世界の星になりたいの。

そこで、君の人生をただ眺めておきたいの。

ただ……それだけで……


 花火の姿を模した、幽玄的な蝶が彼女の前を悠然と通りすがった。



蝶は、少しずつ様々な色に変わりつつも、螺旋状に空で溶け落ちていった。


       ーー音楽だ。……


蝶がフェードアウトすればするほど、はるか昔の記憶を甦らせるような音楽の音が大きくなって、彼女の周りの空間をどんどんどんどん支配していく。



        「愛の調べ」



静謐とした彼女の小さな部屋の机の上には、写真が1枚、あまりにも丁寧に飾り置かれている。


    「やっぱ、君に会いたいな」


 「君が私を否定して、どんなに私が君の事を理解できなくても、私は君のその心が好きだよ。単純かもしれないけど、君の心が好きだから。」



     「それだけじゃダメなの?」


……彼女は、溶け落ちた蝶が創った、床に広がる幾らかの水溜りに視線を落とした。

彼女は、小部屋の沈黙を肌で細かく感じながら、無言のままに右手の人差し指を水溜りに浸した。

そして、そのまま口の中へと、人差し指を入れて、蝶の液体を舐めた。

それから、彼女は銀の雪に黒い涙を混ぜ込んだような白髪に蝶の七色の液体を塗り込んだ。

それらを何度か反復し続けると、彼女の全身は言語を絶する程熱くなっていた。

「熱い。……すごい。熱い。…すごい。熱い。……すごい。熱い。……すごい。」

彼女は、何度も、そう呟いた。

ーー虹に星と花を塗したような余りにも煌びやかで、余りにも鮮やかな彼女の髪を追いかけるように、彼女の瞳は砂嵐を飼い始めていった。

その砂嵐の中に虹色が入れ込まれて、それを砂嵐が何度も何度も、回転に回転に回転させていく。

……回転の末に、彼女の2つの瞳の中では、目の中の瞳とそれ以外の輪郭がぼやけてしまう程、無数の色が無秩序に飛び散っていた。

彼女は、脳漿に僅かな眩暈を感じた。

しかし、それを凌駕する程の快感に似た何かが徐々に湧き上がってきているのを肌感覚的にありありと感じ取っていた。

……塗りたくる反復を止めたのは、本能/生理的に私の側から「もう、これでいい」と言われてからであった。

いや、言われると云うより、ほとんど指図•命令に近いと、彼女は想った。

「出来た。これで、行ってみようかな……。だって、今の私ならなんでも出来そうな気がするから」

それから、彼女は口元を、気味が悪い程、楽しそうに笑わせて、

「会いにいくよ。今から君に。

……午前3時だけど。花束はいらないよね?

私自身が、もう花束になったから」 


彼女は、パジャマのまま、小部屋の扉を勢いよく開けて、大股で玄関へと向い、靴も履かないまま、ドアノブを回して、扉を大袈裟な音を立てて開けた。……


いつもは、ただ寒く鬱陶しいものと感じる、平凡であるはずの風が、私の骨に語りかけてくるように、私の中の«夢»が感じた。

「もう無いことにはしないから。

だって、こんなのを感じるのって君に近付けたってことでしょ?

私、それが、ほんと、嬉しいんだ。

……夢も光も私も、もう絶対、溶けない。……

君の水晶のみたいな心に、どんどんなってくような感じがする。

あの蝶の液体を食べて、塗りたくったからかな?

幽霊が私の頭のちょうどてっぺんに、乗り移ってるみたいで、体全身で怖気を感じて、鳥肌がいつまでも終わらないんだけど……。

こんなにゾクゾクして楽しいのも、始めて。

こんなに苦しくて、辛いのも始めてだよ。」

彼女は、アパートの階段をまるでダンスを踊るかのように、降りきって、交通道路の歩行者用の白線の上に両足を乗せ、脊椎を跳ね上がらせて、頭を大袈裟に夜空へと向けた。

それから、大きな爪で擦ったような凸凹の月を眺めた。

はるか昔から、月は夜の爪に晒されてきたし、時には爪研ぎ用の道具としても使われてきた。

月は私を見つめてこう云ってるような気がする。

「お互い。ただ、歩みましょう。

歩めば、何かが踏めるでしょうから。

それが地雷なのか、幸運なのか、愉しさなのかは分かりませんがね」

遠くの自動車のハイビームが私の瞳をかすめて、サイレンの音が私の耳をかすめた。

それから、金とタバコと排気ガスと酒と恋が綯交ぜにされた匂いが、空を彷徨っていて私の鼻をかすめた。






「何で今の今まで……気付かなかったんだろう?」









彼女は、ぼんやりと霞みを帯びていく脳の内奥を想いながら、

「具体的に私は今どこにいて、何をしているんだ?」

夢の中のような輝きを鈍く放つ月を見ながら、彼女は、どこか極めて不可解な違和感に体の底に穴を開けられたような感覚に陥りながらも、ひどく滔々と、そう呟いた。

ーーああ、今日は、家に戻ろう。

興奮の片隅に圧倒的な眠気を感じっていだのだが、それに対抗する事が出来なくなるほど、ひどく形のはっきりしたような眠気に彼女は唐突に襲われた。

「また、いつか、君と手を繋ぎたいな。

君が私の前髪を触ってくれるのが、私、とても嬉しいんだ」

……彼女は、ゆっくりした呼吸を明確に感じながらに、静謐な音を立てて階段を上がっていった。




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“引用画像https://pin.it/cRENZe1より引用”

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