第43話 変わらぬ日常を過ごしましょう

 夢も見ない眠りから浮上して、カーテンの隙間から入り込む朝日を感じた。

 寝返りを打とうとしたら、体が何かに拘束されているようだと気付く。

 知っている温もりと、感触。

 鼻から深く息を吸い込んだら、無性に泣きたくなった。


「クルト……」


 胸元に顔を埋めれば、背中に回っていた手に、力が込められる。


「触れられて、体温を感じて、良い匂いのするアズサだ」

「や……やだ、嗅がないでよ! 昨夜お風呂入ってないんだから」

「良い匂いだぞ?」

「やめろ! えっち!」


 ぺしりと頭を叩かれて、アズサの首筋に鼻を擦り付けていたクルトは不満げに顔を上げた。


「早く風呂、入ってこい。怒られずにアズサを抱き締めたい」

「わかった。しばし待たれよ」


 ベッドから抜け出したアズサは着替えを持ち、足早に風呂場へ向かう。

 散々心配を掛けて、朝が来たら宣言通りしっかり目覚めたアズサは、普段と全く変わらない。昨夜風呂に入っていないという言葉が出たということは、昨夜までの出来事を忘れたわけではないのだろう。


 アズサの元気な様子に安堵して、緊張が解けたクルトは枕に頭を沈めて目を閉じる。


 いつの間にか完全に眠っていたようで、細い指先が顔を撫でるくすぐったさで、目が覚めた。


「アズサ……?」

「起しちゃった?」

「おかえり」

「……ただいま」


 隣にあったアズサの体を抱き締めながら仰向けになって、クルトは自分の体の上にアズサの体を乗せる。


「クルトさん?」

「んー?」


 目を閉じたままで返事をすれば、指先で鼻を突つかれた。


「どうして私のベッドで寝ていらっしゃるの?」

「……朝起きて、アズサが消えてたらって考えたら、怖かったから」

「心配掛けて、ごめんね?」

「いいよ。消えないで、ちゃんと帰ってきたから」

「私も、帰ってこられて嬉しい」


 ちゅ、と柔らかな感触が唇に触れる。


 直後に素早く動いたクルトが、上手いこと上下を入れ替えた。

 目を開けた先には、赤い顔でクルトを見上げている、変わらず傷痕があるアズサの顔。


「みんな、アズサが起きるのを待ってる」


 短く表面を合わせるだけのキスをして、クルトは体を起こした。ベッドから下りて、着替えるために自室へ向かう。


「準備が終わったら声を掛けろよ。隣で待ってるから」

「……あい」


 照れと不満が混じったようなアズサの声に笑みをこぼし、クルトはアズサの部屋を後にした。



 ノックが聞こえて返事をすれば、扉が開かれる。

 支度を終えて顔を覗かせたアズサは何故か、むくれていた。


「どうした?」


 ためらわずに歩み寄り、腰を抱いて片手で頬を包めば、顔を赤く染めて口をパクパクさせながら、アズサがさらに不機嫌になる。


「クルトのキャラが違う。もしやここは、パラレルワールド?」

「何を言っているんだ?」

「私、戻れたと思ってたけど本当は別の世界に来ちゃったとか!」

「……本当に、何を言い出した」

「だって! なんかクルトが甘い! 甘々クルトだよ!」


 アズサの言いたいことがわからず、クルトは首を傾げる。


「クルトはこんなに、ベタベタ甘々な感じで私に触らなかったし……さらりとキスもしなかったのにっ」

「不快か?」

「そんなわけない! けど、なんか……すっごく照れる」


 嫌がられているわけではないとわかり、クルトは頬に触れた手の親指を動かして、アズサの肌の柔らかさを堪能する。


「アズサがちゃんと帰ってきたんだって、実感したいんだ」


 頬を擦り寄せてみれば、アズサがくすぐったそうに笑った。夢の中では引き出せなかった反応だ。


「起きてるの頑張れなくて、心配を上乗せしてごめんね。あの時は急激な眠気に襲われて……なんだか体に力が入らなくなっちゃったんだ」

「そのことだが、フランクが、アズサの体に本当に問題がないか詳しく検査するから診療所へ来るようにと言っていた」

「今日?」

「今日、朝食の後で。ブラムも知っているから、仕事は気にしなくて良い」

「そういえば私、全部をみんなに押し付けちゃったんだね……」


 落ち込んだアズサへクルトが声を掛けようとしたタイミングで、アズサの部屋の扉が叩かれた。

 咄嗟にアズサが返事をして、クルトの腕から離れる。

 ゆっくり開かれた扉から顔を覗かせたのは、フェナとリニだった。


「アズちゃん、起きてる?」

「無事を確認したくて、来ちゃった」


 アズサは二人に駆け寄って、両手を広げて抱きついた。


「おはよう! フェナ、リニ」

「お、おはよう。アズぢゃん~」

「アズちゃんだ~。本当に良かったよぉ」


 その後はもう、大騒ぎだった。

 声を聞きつけて続々と住人たちが顔を出し、アズサはそのまま食堂へと連れさらわれる。その様を自室から見ていたクルトはそっと息を吐き出してから、アズサの部屋へつながる扉を閉めて、廊下へ出た。


「おはようさん」

「おはようございます、クルトさん! アズサさん、目が覚めて良かったですね」


 クルトを待っていたのはイーフォとハルムで、二人の顔には安堵が滲んでいる。イーフォはクルトの肩に片腕を回し、ハルムは並んで歩き出したクルトとイーフォを追い掛ける。


 そうして、大切な人が戻った朝は以前と変わらず、賑やかに始まった。


 朝食の前にアズサが皆にただいまの挨拶をして、アズサの「いただきます」を合図に食事が開始される。

 アズサは自分が不在の間の報告を年長組から受け、報告のない者たちはアズサに変わった様子がないかが気になり、チラチラ視線を向けていた。

 どことなく落ち着かない朝食の時間が終わり、それぞれ仕事へと出掛けていく。

 ギルドマスターの権限はまだブラムが持ったままで、アズサの仕事への復帰は医者としてのフランクからの許可が出てからということになっている。

 アズサがクルトと共に診療所へ顔を出すと、フランクが待ち構えていた。


「アズサ」

「……はい、フランク先生」


 目が笑っていないフランクを前にして、アズサの顔が引きつる。クルトは黙って、それを見守っていた。


「アズサ?」

「心配掛けて、ごめんなさい」

「僕は、体は診てあげられる。けど、魂はわからない。具合はどうだい?」

「昨夜はまだ、体と魂が馴染んでなくてね、でも一晩寝たらちゃんと馴染んだよ。もう大丈夫!」


 拳を作って力説するアズサへ手を伸ばし、フランクが、アズサの体を抱き締める。

 

「本当に君は、心配ばかりを掛ける娘だ」

「ごめんなさい……」


 アズサの両手がフランクの背中へ回り、白衣をぎゅっと、握り締めた。


「それに君は、いつも強がって笑うね。怖かっただろうに」

「…………先生、私っ……人間じゃ、ないのかなぁ?」

「何を馬鹿なことを。君は人間だ。間違いない。医者の僕が保証するよ」

「……フランクせんせ」

「なんだい?」

「こわかったよ……すごく」

「……おかえり、アズサ」

「ただいま。フランク先生」


 アズサはしばらくそのまま、フランクの腕の中で泣いていた。


「君のその表情は……悔しいのかな? クルト」


 診察室には、クルトとフランクの二人きり。アズサは顔を洗いに行っている。

 椅子に座って、立った状態のクルトの顔を見上げたフランクは、苦笑を滲ませた。


「弱音を吐ける場所がいくつもあるのは、悪いことではないだろう?」

「……別に、何も言ってないだろ」

「嫉妬していると、顔に書いてある」

「うるさい」


 喉の奥でくつくつと笑ったフランクは足を組み、頬杖を付く。

 立ったままのクルトへ笑みを向け、感慨深そうに呟いた。


「大きくなったね」

「なんだよ、突然」

「君は僕から、可愛い娘を奪う男になったんだね」

「本当に、突然どうしたんだ?」

「アズサから聞いたことあるかな? バージンロードの話」


 クルトが首を傾げる様子から聞いたことがないのだと理解して、フランクは笑みを深める。


「僕が一緒に歩くからね。プロポーズが済んだら、挨拶へ来るんだよ」

「だから、何の話しをして――」


 ガチャリと扉が開かれ、クルトは言葉を飲み込んだ。

 アズサが戻ってきて、フランクは医者としての仕事を始めてしまう。

 扉の脇の壁に背中を預け、診察を受けるアズサを見守りながらクルトは、バージンロードが何かについてフランクへ聞く機会を伺っていたのだが……結局その日は、聞くことはできなかった。


 特に体への異常は認められなかったが、念のためしばらくは毎朝診察へ来るようフランクから言われたアズサは、クルトと共に診療所を後にする。

 ギルドへ向かう前に街を歩いて住民たちの様子を確認しながら、孤児院へと向かった。


 フィロメナと近衛騎士たちと勇一は、孤児院やゲレンの街の人々へ別れの挨拶を済ませてくれていた。

 勇一のことは、フィロメナと共に王都へ戻るのだと説明してあるとクルトから聞き、アズサは安堵する。仲良くなった人たちとの突然の別れは子どもでなくともつらいのだから、無言でいなくなられなくて良かったと、フィロメナたちの気遣いに感謝する。


 シモンの元から孤児院へ戻っていたミアとピムや、子どもたちの変わらない元気な様子に目を細め、院長と言葉を交わしてから次に向かったのは、パン屋だ。

 ラドバウトが体を使っていた間は顔を出せていなかったため、近況報告を受けてから、ギルド本部へと向かった。


 職員の部屋を覗き、アズサはシモンを呼び出す。


「お礼するのが遅くなっちゃってごめんなさい。ミアとピムのこと、ありがとう」


 アズサからヘイスが焼いたパンを受け取ったシモンは、嬉しそうに笑った。


「俺も楽しい時間を過ごせたので、気にしないでください。アズサさんも王族の相手、お疲れ様でした」

「みんなが協力してくれたおかげで、全て滞りなく終わったよ」


 シモン以外にも全員に差し入れを渡してから、階段を上がる。

 執務室に入ると、全員が揃っていた。ヨスとリュドは外出する仕事が多いため、執務室に全員揃うのは珍しいことだ。


「アズちゃん。フランク先生は何て言ってた?」


 特に異常はなかったことと、しばらくは毎朝診察へ行くことになったと告げれば、ブラムがそうすべきだと言って頷く。


「今日も、屋敷で休んでいて良いぞ」

「アズサの分は俺が頑張る!」


 ブラムとコーバスからの言葉に、アズサはゆるゆると首を横に振った。


「一番大変な時に不在にしちゃったから、私も手伝いたい」

「……無理はするなよ」

「ありがと、ブラム。何か体調が変だなって思ったらすぐに言うね」


 ギルドマスターの権限はアズサへと戻され、日が暮れるまで、全員で手分けして王族関連の後処理を終わらせた。


 仕事を終えて屋敷へ帰ると、食堂にはごちそうが並んでいた。


「みんなお疲れ様! アズサおかえり! これからも頑張ろう! の会、だよー」


 リニがアズサを捕まえて、席へと案内する。

 アズサは病み上がり扱いで椅子に座らされたが、他の椅子は全て壁際へ追いやられ、立食形式のようだ。友人たちの気遣いに頬を緩ませ、アズサはグラスに入った果実水を受け取った。

 料理はどうやら、執務室のメンバーよりも早く仕事が終わるイーフォとハルムと受付三人娘たちで用意したらしい。

 自警団勤務のガイは、アズサたちより少し遅れて帰宅した。


 楽しく食事と酒を楽しむ席だが、念のためにとアズサの飲酒はブラムにより禁じられた。


「そういえば結局、魔法と秘術の違いがいまいち理解できなかったのだが」


 ヨスとクルトがラドバウトから「カウペルの秘術は、魔法というものを世界から消すための術だ」とは聞いたのだが、その術自体も魔法なのではないかとブラムは指摘する。


「ヘルマンに、魔法に関する知識がなかったから秘術と魔法を混同してたんだろうとは、想像がつくけどな」


 ヨスの発言を肯定するため、アズサは頷いた。


「秘術と魔法に関する正しい知識は、カウペルの王と王配にしか引き継がれないの」


 前王の葬儀兼力を引き継ぐ儀式により、王と王配には記憶が引き継がれる。だが、その記憶を他者へ語れないよう、魔法による縛りも掛けられていた。


「ラドバウトさんが私たちにそのことを話せたのは、死者だったから。魔法の縛りから外れてたから、なんだよね」


 本来、魔法と秘術は別物なのだが、ラドバウトの時代には魔法が秘術だと理解されていた。事実を知る王と王配はそれを訂正することができず、勘違いをそのままにせざるを得なかったのだ。


「秘術が魔法を世界から消すための力というのはね、異端扱いされて地下へ閉じ込められた魔女が、自分と配偶者以外の魂を操作して魔法の力を奪うために使った、魔法とはまた少し違う異端の力。魔女の血族が世界を管理し続けてきた力のことを、秘術というの」


 二度と魔法使いが産まれないよう。

 二度と人々が争う気を起こさぬよう。

 二度と大量殺戮兵器が開発されぬよう。


 異端とされた魔女の願いに、七百年もの間、子孫は縛られてきた。その犠牲の下で、世界は平和を享受していたのだ。

 ヘルマンの裏切りは長年行使され続けていた術の綻びであり、終わりへの決定打となった。


「……アズサ」


 どことなく緊張を孕んだクルトの声に呼ばれ、アズサはクルトへ、漆黒の瞳を向ける。


「その知識は、どこから得たものだ?」


 クルトの青い瞳はまっすぐにアズサを捉えていたが、不安に揺れていた。

 困ったように頬を掻き、アズサはにへらと笑う。


「ラドバウトさんの魂、私に同化したみたいなんだよね」


 あちこちから手が伸びてきて、アズサの鼻や頬や耳がつままれる。


「え、なに、いひゃい」


 涙目になったアズサへ、仲間たちの怒りがこもった眼差しが注がれていた。


「お前は何故いつも自分に関することは後回しにするんだ!」


 アズサの鼻をつまんだのはブラムで。


「お兄ちゃんの言う通りだよ! アズちゃんって、自分に無頓着なところがあるよね? 今の話、朝一で言うべきだと思うの!」


 アズサの右頬はフェナ。左頬はヨスの親指と人差し指につままれた。


「アズはさぁ、悪気があってやってるわけじゃねぇってわかってるけど、たまにすっげぇ腹立つ」

「他人の魂が同化したとか、一大事だと思うよ? 本当に大丈夫なの? 死んだりしない? あれ? でもラドくんとアズサって同一人物ってことになるのかな?」


 右の耳たぶは、半泣きのコーバスが引っ張っている。


「あーあ。アズちゃんってばまたコーバス泣かせた~」


 離れた位置でリニが苦笑を浮かべると、クルトがアズサへ歩み寄った。

 四人の手が離され、アズサは両手で自分の頬を押さえる。


「ラドバウトの記憶は、つらいものなんじゃないのか?」


 クルトからの問い掛けに、アズサはそんなことはないと答えた。


「元々持っていた記憶の虚構部分が修正されて、穴埋めもされたような感じ。つらくはないけどね、重くは、あるかな」


 笑おうとして失敗したアズサの頭に、クルトの手刀が落ちる。力のこもらないそれは全く痛くはなくて……アズサはほっとして、笑ってしまった。


「一人で抱える必要はない。アズサは何にも縛られていないんだ。俺たちが、一緒に抱える」

「うん。……ありがとう」


 その後の時間は、ラドバウトの記憶やカウペルと魔女の秘密について、解き明かしながら過ごす。


「ラドっちが魔法使う時の言葉って、何だったんだろ?」


 皆の疑問にアズサが答えたり、アズサの中で一人では抱えきれないものを、吐き出したり。


「呪文の言葉はね、今で言えば、古代語になるのかな。千年前、言語は一つじゃなかったみたい。ラドバウトさんが使っていたのは、千年前の、カウペルの言葉だよ」

「言語の統一も、地下に閉じ込められていた魔女が行ったのか?」


 ブラムからの質問に、アズサは頷く。


「言葉の違い、見た目の違い、信じる神の違い。一つの国の中でもお互いの違いが認められなくて、起きた争いがどんどん大きくなって……世界を、滅ぼしてしまったから。本当はね、魔女は見た目も統一する魔法を掛けていたんだよ」


 隣国のターフェルは、歴史の浅い国だ。彼らは元々、エフデンの民だった。


「言語や思想は、後から付いてくるものでしょう? だから一度根付いてしまえばそのままで良かった。だけどいくら魂を操作したって遺伝子は、時が経つに連れて元に戻っていったの。ターフェル人の金髪と緑の瞳は、顕著な例。青い瞳、栗毛、ヘーゼルの瞳……今ではいろんな色の髪と瞳が存在するのは、魔女の魔法の効果が、無くなったから」


 金髪と緑の瞳はあまりにも他と違い過ぎて、エフデンの中で迫害された。だから彼らは同じ色を持つ者同士でまとまり、ターフェルという新たな国を作ったのだ。


「それは、何百年前の話なの?」


 マノンが首を傾げると、アズサも首を傾けながら、記憶を辿る。


「二百年目くらいで徐々に起こり始めたことだから、今から八百年前には黒髪黒目ばかりじゃなかったっていうことになるね。ターフェルは、今年で建国百八十六年だったよね?」


 アズサがクルトへ視線を向けると、首肯が返ってきた。ちなみにエフデンは、建国から八百年二十二年。エフデンはカウペルから分離してできた国で、カウペルが縮小していくのに比例して、大きくなっていった国なのだ。


「あんなに小さな水晶玉で、いろんなことをやってたんだね。エリーびっくりー」

「あの水晶玉は、魂の制御はしてなかったよ」

「そうなの?」

「地下道に、ぽっかり開いた場所があるでしょう? そこに別の、もっと大きな水晶の塊があったの。水晶玉と杖を介して王と王配から力を吸って、地下の大きな水晶の塊が、魂を制御してたんだよ」

「だからラドバウトは、自分は燃料だと言ったのか」


 ブラムがやっと得心がいったという風に頷き、エリーは顔を青褪めさせる。勝手に力を吸われるのは怖いと呟き、そばにいたマノンへ身を寄せた。


「生命力を燃料として取られていたからカウペルの王は体が弱くて、子どもは一人が限界だった。だから早死でも、誰も不思議に思わなかったみたい。でも、魔女の夫になった魔法使いが、それではかわいそうだからと魔女に隠れて仕掛けをしていたおかげで、ラドバウトさんの代では、王への負担はかなり軽くなってたの」


 それが、王配が繋いだ想いだったのだ。


 杖で身を貫くことで生命力の塊である赤い石となり、次代の王配へ記憶を繋ぐ。長い時を掛けて溜められた王配たちの生命力は、王の負担を軽減する燃料となった。

 だがそのせいで、歴代のカウペル国王は、両親を同時に失わなければならなかったのだ。


「……世界平和への願いは、とっても重たいね」


 アズサの隣に置いた椅子に座っていたフェナが、アズサの肩へ頬を寄せながら、呟いた。


「やることは、これまでと然程変わりはないだろう」


 ブラムが妹たちの頭に手を乗せて、二人の黒髪をくしゃりと撫でる。


「だな。だってお前ら、これまでもずっと、幸せに向かって進んできたんだろ?」


 ガイが明るい表情で、ブラムに同意した。


「魔法を使わない仕組み作りを、俺たちはやってきた」

「リュドの言う通りだ。魔法なんて無くても俺らはやってきたんだ。しかも、コーバスの働きでエフデンの王族も味方に付けたしな!」


 ヨスに頭を撫でられて、コーバスは嬉しそうに笑う。


「王太子は平和を望んでるよ。フェリクス殿下もそうだ。ターフェルとの問題だって、二人が今、積極的に取り組んでいるみたい」


 ギルドには、王族を手助けできる人脈や知識がある。


「それじゃあ、私たちの目標は『ゲレンのみんなの幸せ』から『世界中みんなの幸せ』にランクアップするってこと?」

「ランクアップ! 良いですね、リニさん! 僕もっともっと頑張ります!」

「エリーも頑張るぅ! なんかわくわくしちゃうね、マノン!」

「そうだね。誰もが当然のように幸せになれる世界、素敵だよね」

「良いんじゃねぇの、そういうの。一つクリアしたら、またその先目指すって。やる気出る」


 イーフォが笑って、クルトの肩に腕を回した。


「ゲレンのみんなで作り上げた絆は、魔法の縛りよりも、強い」

「……うん。そうだね。みんな、大好き! 愛してる! もぉ、ほんとーに……だいすきっ」


 泣き笑いを浮かべたアズサを囲んだ「みんなお疲れ様! アズサおかえり! これからも頑張ろう! の会」は、新たな目標に向かって前向きに進むという共通の想いを胸に、笑顔の溢れる時間となった。



 エフデン王国ゲレン自治区ギルド「カウペル」の名が世界へ広まり、各国の王族たちに一目置かれる商業組合となるのはもう少し先の……確実に来る、幸せな未来の出来事――。

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