第35話 魔女が手に入れた安息
カウペルが小さな国だったのは、滅びに向かって進んでいたからだ。いつか訪れるだろう時が早まっただけ。それが事実でも、ラドバウトには赦せなかった。
もっと穏やかに、時の流れと共に少しずつ失われていくはずだったのに……まだ、何世代か先のことになるはずだったのにと、思わずにはいられない。
「ととさま! どこにお出かけするのー? サーシャも行く!」
「サーシャはかか様とお留守番よ。とと様はねぇ、一人で隣国の舞踏会に行くんですって。ずるいわよねー」
「ずるーい」
見送りに来た妻と娘の言葉に、ラドバウトは苦笑を浮かべる。
「ヤルミラ、そう拗ねないでくれ。安全ではない場所へ二人を連れて行くわけにはいかないのだから」
「ヘルマンが色々と整えてくれたのでしょう?」
「そうだ。だから行ってみることにした。サーシャの世代が、少しでも優しい世界で生きられるようにな」
娘の頭を撫で、ラドバウトは微笑む。
「ではヘルマン。妻と娘をよろしく頼む」
「承知しました。カウペルに良き風が吹くよう、祈っております」
家族と親友に見送られながら、ラドバウトは指輪に仕込んだ刃で己の親指を傷付ける。首飾りの透き通った小さな石へ傷口を押し当て、呪文を唱えた。
呪文は、古語で紡がれる。古語は失われた世界の言葉。魔女だけが、その言葉を正確に操ることができる。
「では、行ってくる」
手に馴染んだ小さな杖を振るい、カウペルの城を後にする。
それが悲劇の始まりの合図となったことを、この時の彼は気付いていなかった。
ラドバウトが辿り着いたのは、隣国エフデンの王城。
ミウスで駆けて十日以上の道程も、魔女であるラドバウトに掛かれば一瞬で着いてしまう。
城門前でラドバウトを待っていた騎士に案内され連れて行かれたのは、豪勢な部屋。そこで飲み物を渡され、少し待たされてから舞踏会の会場へと案内された。
優雅な音楽が鳴り響く中、エフデンの貴族たちはラドバウトを見て何事かを囁いている。近くを通った女性の香水の匂いが不快で、ラドバウトは微かに顔を顰めた。
エフデンの王族らしき二人組が、騎士を従えラドバウトへ歩み寄る。
黒髪に青系統の瞳はエフデン人の証。カウペル人は、髪も瞳も漆黒だ。あまり見る機会のない濃紺の瞳を、ラドバウトは真正面から観察する。
豪勢な衣装に王冠をかぶった中年の男は、自分こそが国王だと激しく主張する装いをしていた。
「カウペルの王よ、やっとお会いできましたな。ラドバウト殿とお呼びしてもよろしいか?」
エフデンの国王が、にこやかにラドバウトへ話し掛けた。
「構いません。ヘルマンから聞いてはいましたが、豪勢な城ですね」
エフデンからは、以前から何度も招待を受けていた。
カウペルは建国からずっと他国との交流を断っている。ラドバウトもその流れを変えるつもりはなく、先代と同じように断り続けていた。
だが、伝統を守ろうとするラドバウトに「サーシャ様のため、新たな流れを取り入れることは肝要かと存じます」と、幼い頃からの友であるヘルマンが告げた。
言い出した責任だと言って、ヘルマンは何度もカウペルとエフデンを往復し、友好関係を結ぶ下準備を整えた。友の顔を立てるためにも、一度招待を受け話してみるのも良いだろうと考え、今宵の舞踏会へラドバウトは足を運んだのだ。
「これは余の娘。折角の舞踏会だ、二人で踊ってきてはいかがかな」
国王の隣にいる王女が頬を染めながらラドバウトへ視線を送る。
ラドバウトはにこやかな表情を保ったまま、首を横に振った。
「大変申し訳ないのだが、カウペルでは、妻がいる者は他の女性に触れることは禁じられているのです」
「エフデンでは、愛人が許容されておりますわ」
するりと腕に絡みつこうとした王女の動きを察知して、ラドバウトは一歩下がる。
「ですが今頃奥方は亡くなっているでしょうね。ラドバウト様がわたくしの夫となるのに、障害は何もございません」
「……何を、言っておられる」
王女は表情を変えず、エフデンの王も媚びるような笑みを浮かべたまま。
「ヘルマンが貴殿をわたくし共に売ってくださったの。代わりに彼はカウペルの王となり、エフデンとカウペルは共に繁栄の道を歩むのです」
「ラドバウト殿は友に裏切られ、この場へ誘い込まれたというわけですな」
エフデンの王と王女の背後にいた騎士が、ラドバウトを拘束しようと動いた。真っ先に腰に差していた杖を狙われたが身を翻して躱し、ラドバウトは杖を引き抜く。
服の中に隠していた首飾りを引きちぎり、水晶の欠片を手のひらへと突き刺した。
「わたくしの夫よ! 傷付けないでちょうだい!」
王女は自分勝手なことを叫び
「何をしておる! 杖だ! ああくそっ、何故控えの間で杖を取り上げなかったのだこの役立たず!」
王は一人の従者を蹴飛ばした。
短い詠唱で旋風を巻き起こし、舞踏会の会場をめちゃくちゃにしながら違う呪文を唱え、エフデンの地を離れる。
辿り着いた場所は、カウペルの城内。
寝室に人影はなく――血の匂いが、充満していた。
暗闇の中、背後に感じた人の気配。
同時に襲ってきた、焼けるような痛み。
視線を下へ向けると、ラドバウトの胸からは剣先が生えていた。
「サーシャとヤルミラを隠したな? まぁいい。お前の血こそ、欲しかったのだ」
背後から聞こえたのは、幼い頃から共にある友の声。
全てを悟ったラドバウトは振り向きざまに背中に刺さった剣の柄を握り、相手の腹に蹴りを入れた。
血を、こぼすわけにはいかない。
素早く呪文を唱え、滴り落ちる血と共に別の場所へ飛ぶ。
漆黒の闇に包まれながら、ラドバウトは己の身を貫く剣を引き抜いた。流れる血は全て水晶の欠片へ吸わせ、先を急ぐ。
杖の先に光を灯して進むと、見つけた姿。
「ヤルミラっ、サーシャ!」
ラドバウトが持つ灯りに照らされた妻と娘の姿に、絶句する。
二人とも血に塗れ、ヤルミラの顔は蒼白で目を閉じている。妻の腕の中にいる娘のサーシャは――首と胴体が離れていた。
「……ラディ…………?」
呼ばれ、ラドバウトは妻へ駆け寄る。
ラドバウトが扱える力は万能ではない。妻はもう助からないと、悟った。
「ヤルミラ、何があった」
「よか、った、間に合っ、て……貴方へ伝えるため、待っていたの」
伸ばされた手を取り、己の頬へと押し当てる。そのまま抱き締めるように身を寄せて、妻の額に己のそれを重ね、呪文を唱えた。
視えたのは、親友の裏切り――
ヤルミラは、寝室で娘を寝かし付けていた。サーシャが眠ったのを確認してから、立ち上がる。
「ヘルマン、付き合ってくれてありがとう。今晩はもういいわ。さがって」
何が起きたかわからず、目を見開いた。
見下ろした先、夫と己の友人である男の握る剣が、ヤルミラの胸に刺さっている。
「ヘルマン……?」
言葉と共に、口から血が溢れ出た。
剣が引き抜かれ、ヤルミラは床へ倒れ込む。寝室の扉が開いて、見覚えのない騎士たちが雪崩込んできた。
その内の一人がベッドで眠るサーシャへ近付くのに気付き、ヤルミラは立ち上がる。だがあと一歩間に合わず、騎士の剣で、サーシャの首が切断された。
「何をしている!」
何故だがヘルマンが怒声を上げて、サーシャを殺した騎士を突き飛ばす。
「娘は殺すなと言ったはずだ! それを懐柔しなければ……っ」
ヘルマンは悔しげに、言葉を飲み込んだ。
「陛下は、ラドバウトが手に入れば構わぬと仰せです。二つはいらぬと」
「あの馬鹿共に捕まえられるような男ではない! なんてことをしてくれたッ――いや、遺体があれば」
ヘルマンが騎士と揉める隙をつき、鮮血を吸い込んだ寝具ごとサーシャを抱えたヤルミラは寝室を飛び出した。
王と王配のみが知る秘密の通路を駆け抜けて、安全な場所で力尽き、夫の訪れを、待っていた。
ラドバウトは妻の口元の血を拭ってやりながら、涙をこぼす。
「すまない。私のせいだ。私が、己の力を過信したから……。お前たちのそばを離れるべきではなかったのだ」
「それなら……私も同罪よ。私も、ラディと共に、夢見てしまったのだ、もの……サーシャが、のびのびと暮らせる、未来を……」
物言わぬ軀となった娘の体を、二人で抱き締めた。
「そろそろ、いかないと……サーシャが、迷子になってしまう」
「……愛している、ヤルミラ」
「わたし、も」
血の味のする口付けを交わし、娘の額にも唇を押し付ける。立ち上がったラドバウトは、長い詠唱を始めた。
詠唱の間に妻は息を引き取り、魂が体を離れる様をラドバウトは見送った。
詠唱を終え、地下に隠されたカウペルの秘密を跡形もなく葬り去る。続いて別の呪文を唱え、愛する二人の遺体が悪用されないよう、燃やし尽くす。
地下でやるべきことを終えてからラドバウトは、再び移動した。
洞窟内の祭壇は、歴代の王の遺体を燃やすための場所だ。ここでラドバウトは、前王だった母の遺体を焼き、力を継承してカウペルの王位を継いだ。
祭壇の前にある台座に嵌め込まれた水晶玉は、ラドバウトの左手の平へ突き刺さっている欠片の本体。祭壇の奥の壁際には、人の背丈ほどの長さの金色の杖が地面に突き立てられている。杖の上部を飾る赤い石は、歴代の王たちの数だけ存在する。王の遺体が焼かれる度、一つ、石が増えるのだ。
ラドバウトの手の中にある杖は小振りで、持ち運べるようにした杖の欠片。一つだけ付いている赤い石は、ラドバウトが母を焼いた時に出現した物だ。
地面に突き立った杖にラドバウトが触れると、小さな杖は大きな杖へと吸収された。水晶の欠片でも同じことが起こる。
左手に大きな水晶玉、右手には金と赤で彩られた杖を手に、ラドバウトが詠唱を始めた。
傷口から流れ落ちる血は、水晶玉が残さず吸い上げていく。
同時に、いくつもの術を練り上げる。
己の魂を複製する片手間で、カウペルという国の存在を世界から葬り去った。城などの建造物や書物、人の記憶に至るまで、全てを完全に消し去る。例外は、ヘルマンとエフデンの王と王女だ。三人の記憶を操作して、ついでに呪いを掛けてやった。
エフデンの国王と裏切り者のヘルマンには、全ての記憶をとどめた状態で何度でもエフデンの王族として生まれ変わる呪いを。己の罪に苛まれながら、何百年も生き地獄を味わえと願った。
ついでにヘルマンには、ラドバウトの血を使って術を使うたび、呪いが強固になるよう仕掛けをしておく。狂うことなく、苦しみを続けるためだ。
王女には、生まれ変わる度不幸になる呪いを掛けた。記憶は保持しないが、必ずエフデンの王族として生まれ変わり、ヘルマンと国王の心の傷になれば良い。
これは、愛娘の命を奪った復讐だ。
力の源である水晶は、カウペルの魔女の正統な後継者の血と魂に反応する。
生まれ変わりでは魂の変質が起こり、水晶は反応しなくなる。だからこそラドバウトは、ラドバウトとしての魂を保持する必要があった。
だが肉体が無ければ詠唱はできないし、杖にも触れない。
肉体も、どれにでも入れるわけではないのだ。魂に馴染む肉体でなければ、肉体の本来の持ち主にラドバウトの魂の方が負けてしまう。
己の魂に馴染む肉体を得るための複製の魂は、未完成。だがそれは、時間が解決してくれるだろう。
妻と娘を殺した者たちへの復讐の準備は整った。
復讐の対象は、ラドバウト自身も含まれている。愚かな己のせいで、二人は死んでしまったのだから。
――信じなければ良かった。
そんな思いを抱きながら祭壇へ寄り掛かり、目を閉じる。
水晶玉は、血を吸い続けている。
最後の仕掛けに、杖に細工を施した。
時が満ちた時に発動する仕掛けだ。手のひらに握り込める大きさとなった杖と、杖と同じ装飾の本が膝の上に現れる。
やるべきことは終えた。
深く、長い息を吐き出すと同時、ラドバウトの魂は体を離れる。ちょうどそこへヘルマンが駆け込んで来て、事切れたラドバウトを見ると、高笑いを始めた。
ラドバウトは、それを見ていた。
己の遺体が水晶から力を引き出したヘルマンにより、細切れにされ、擦り潰され、瓶の中に赤い液体として注がれる様を、その場でずっと、眺めていた――。
それから長い時を、静かな闇の中でひたすら待ち続ける。
どれほどの時間が流れたのかはわからない。それでも悲観しなかったのは、己の力に自信を持っていたからだ。
時の訪れは、唐突だった。
人の話し声と、炎で作られた灯りが近付いてくる。
「こんな洞窟よく知ってたなぁ、嬢ちゃん」
「まぁね! もう少し先の開けた場所に、魔女の館を作りたいの。屋敷と、ギルドの本部の地下にある通路とここが繋がってて――あいたっ」
「暗いんだ。気を付けろ」
「ありがとう、クルト。でも私の方が大きいから、庇ったら道連れになって危ないよ?」
「身長なんてすぐに追い越してやる。俺だって、大人になればガイみたいにでっかくなるんだ!」
「可愛いこと言うじゃねぇか、ガキンチョ~」
「やめろ! 頭を撫でるな!」
「なんだかガイってクルトのお父さんみたいだよね」
「確かに兄貴っていうには歳が離れ過ぎかもしれねぇが、十五の俺はまだまだ女を知らないピュアボーイだったぜ?」
「やめろ、ガイ。アズサの前で妙な発言をするな」
「お! ちょうどお前の歳に種撒いたってことになるな、ブラム。いて! 蹴るなよ、冗談だろ~」
明るい笑い声が、響いた。
集団の先頭で笑っていたのは、顔に痛々しい傷痕のある少女。複製した魂が、ラドバウトの新たな肉体を運んで来たのだ。
外がどうなっているかを知るため、少女に手を伸ばし、記憶に触れる。
流れ込んできたのは、かつてのカウペルの王都だった街の惨状と、エフデンの王族が引き起こした戦争。そして、少女のこれまでの人生。
己の行いの結果を目の当たりにしたラドバウトは激しく狼狽え、少女から手を離した。
ふと、少女が顔を上げて首を傾げる。
少しの間考える素振りを見せてから、唐突に、彼女は他人を安心させるための笑みを浮かべた。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。私が、みんなを幸せにする。街の人たちみんなで今、頑張ってるところなんだ」
仲間に呼ばれ、少女は駆けて行く。
その後、何度も彼女に触れる内、凝り固まっていた復讐心が少しずつ解されていくのを、ラドバウトは感じていた。
※
「……お前たちのその、底抜けの明るさは何なのだ」
食堂のテーブルの上にはご馳走と、酒が並んでいる。祝宴の準備を目の当たりにした魔女がこぼした戸惑いの声へ真っ先に反応したのは、イーフォだ。
「俺らは今、アズサの魂を修復するっていう重要な任務を負ってるからな! これは必要なことなんだよ」
「そうだよー、ラドっち。私たち、つらいばっかりで生きてきたわけじゃないもん」
「なんだかんだ、結構笑いながら過ごしてきたから。私たちが暗く沈んでいたら、それこそ戻ってきたアズサが今までと違う性格になっちゃいそう」
リニとマノンの言い分に、イーフォが同意する。
そこへキッチンから顔を出したエリーとハルムが更に料理を運んで来て、魔女の近くに立っていたクルトへ話し掛けた。
「ブラムさんたち、まだ掛かりそうですか?」
「クルトとガイと魔女さんが帰ってきたから、お料理盛り付けちゃったよ~。王族との決闘、終わったんじゃないの?」
「呪いは解いた。調印も終わった。だが王太子がギルドマスターに挨拶がしたいと粘っていてな。面倒なことになる前に俺たちは引き上げてきたんだ」
「次期国王として、ギルドと繋がっておきたいって気持ちはわかるがなぁ。ラドバウトにアズサのふりはさせらんねぇだろ」
ガイの発言を合図に注目が集まり、ラドバウトは俯いてしまう。
「すまない……」
「何ラドバウトさんいじめてるの? 弱い者いじめはアズちゃんに怒られるよ!」
「……あのぅ、フェナさん。魔女って、弱い者ではないと思いますよ?」
「それならユウイチは、強い人ならいじめても良いって思うの?」
「あれ? おかしいな、どうして俺が怒られるのでしょう?」
「怒ってないよ。お腹空いただけ」
「空腹で不機嫌なんですね」
「もう! お兄ちゃんったら、さっさと王太子なんて言い包めて帰ってきてよね! せっかくのご馳走が冷めちゃう!」
「多分そろそろ戻るんじゃないかなぁ? 王族一行が洞窟を出たのは確認したよ」
「おかえり、コーバス。……お腹空いたよぉ」
「フェナは空腹になると不機嫌になるんだからさぁ。つまみ食いすれば良いだろ? はい。食べて食べて」
「おいひぃ」
「先に食べたって、ブラムたちは何も言わないって。あ、これうまい」
「それ、俺が作りました!」
「へー、ユウイチって料理できるんだね。ニホンの料理ってこと? 魚だ。魚うま」
「おいコーバス! 全部食うなよ。ハルムと俺で暗い中頑張って釣ってきたんだからな!」
「テンプラっていうらしいですよ、その食べ物」
「ねぇ本当、全部食べないでくださいね、コーバスさん!」
駆け寄ったエリーに皿を奪われ、イーフォに拳で頭を殴られたコーバスは涙目で魔女へ駆け寄る。
「アズサ~、叩かれた……って、そうだアズサじゃないんだった。まぁいっかー」
床に膝を付き、コーバスは魔女の膝に頬を擦り寄せた。魔女はただ戸惑い、伸びてきたクルトの手がコーバスの首根っこを引っつかむ。
「体はアズサのものだ。触るな」
「クルトってば独占欲強すぎじゃない? 俺はアズサのお兄ちゃんだよ!」
「アズサは、ブラムとヨスは兄のような存在とは言っていたがコーバスのことは言っていなかったな」
「え! じゃあ俺ってアズサの何!」
「……手のかかる弟? じゃないか」
「待って待って待って! 俺って一応、年長者に分けられるんだけど!」
「年長者たちは、つまみ食いはしない」
「フェナは? 俺と同い年!」
「フェナの口に突っ込んだのはコーバスだろう?」
「だって! 空腹のフェナって鬼怖いんだよ! ねぇちょっとクルト。そろそろにゃんこみたいにぶら下げるのやめてくんない? 昔はあんなに可愛かったのにでっかくなり過ぎ!」
「クルトの目標は俺だったもんなぁ?」
「ガイ、うるさい」
そんな大騒ぎの中にブラムとヨスとリュドが帰ってきて、慌ただしく祝宴が開始される。
「ゲレンの自治都市化、おめでとー! アズサが戻るまでに明日から色々整えるの頑張ろー!」
「なんでおめぇが仕切ってんだよ」
「痛いなぁ、ヨス。だって、ヨスとリュドはやらないでしょう? ブラムにやらせたら堅くなって盛り下がりそうだし」
「言われてみたらそうだな。まぁいいや。食おうぜ! 腹減ったー」
山盛りのご馳走はあっという間に空になり、食後のまったりした空気の中で酒を飲む者とお茶を楽しむ者に分かれる。
魔女は女性陣に連れていかれ、目隠しでお風呂に入れられるようだ。
「クルト」
ヨスとコーバスと共にキッチンで後片付けをしていたクルトへ声を掛けたのは、ブラムだ。
「どうしたんだ?」
濡れた手を拭いながらクルトが振り向くと、一冊の古ぼけた本が差し出される。
「ヘルマンの手記だ。読むか?」
「ブラムの後で良い」
「俺は既に目を通した。フェリクス殿下が語った内容と大きな違いはなかったな」
「そうか。読んでみる、ありがとう」
「フィロメナ殿下がアズサに会いたがっている。ラドバウトに、アズサのふりはできると思うか?」
「無理じゃないか? アズサのオリジナルだと言うわりに、全く似たところがない」
「……まるで、光と影だと思わないか?」
「それって、アズサが光だよね?」
片付けを終えたコーバスの言葉に、ブラムが頷いた。
「アズサが戻った後、ラドバウトはどうするのだろうな」
「消えるか、同化するとかじゃないか?」
首を傾げたヨスの目を見て、ブラムは眉を顰める。
「共存という道もある。その場合、本物の魔女という世界の脅威を、俺たちは抱えることになるかもしれない。アズサが戻るまでの間、ラドバウトの人となりをよく見ておいて欲しい」
三人分の首肯を確認してからため息を吐いたブラムの肩に、ヨスが乱暴な仕草で腕を回した。歯を見せ笑いながら、ヨスは感じたことを言葉にする。
「ラドバウトって、アズサよりもブラムと似てねぇか?」
「俺も思った! だからきっと、アズサとは相性良さそうだよね! あ。勘違いしないでよ、クルト。恋人とかそういう意味じゃなくて、相棒? みたいなやつだからね」
「別に勘違いなんてしない」
「本当かなぁ? ちょっとムッとしたでしょー」
「戯れるなら酒飲みながらにしようぜ! 俺ら、今日はよく働いた! ブラムも飲むだろ?」
「飲まない。酒は嫌いだ」
「それじゃあ、ブラムと俺は美味しいお茶にしよう。そうだ! 緑茶淹れようよ!」
「俺らは酒だな、クルト!」
「付き合うが、ヨスは弱いんだからあまり飲み過ぎるなよ?」
「わぁってるって。行こうぜ!」
その日は夜が更けても、食堂の灯りが消されることはなかった。
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