第34話 魔女の呪いと咎人の辿る道

 辺りはすっかり暗くなり、ゲレンの街は息を潜めるような静寂に包まれている。街の入口を封鎖する黒い制服をまとった者たちが交代でエフデン国王一行を見張っている以外に、人影は見当たらなかった。

 不気味な街を遠目に眺め、騎士たちはその身を震わせる。

 野営地には篝火が焚かれ、国王の天幕には王太子と王女が共にいた。

 フィロメナは、久しぶりに会った長兄の姿に涙を浮かべながら、丈の長いマントの隙間から覗く結晶化した腕を撫でさする。


「レイお兄様。魔女が必ず治してくださるから、安心してね」

「それは何度も聞いたよ、フィー。だから次は、君がここでお世話になっただろうギルドマスターについて、僕は聞きたいのだけどね」

「わたくし、お友達に嫌われるのは嫌だわ」

「男性? それとも女性かな?」

「わたくしは毎日、お茶をしたり、お料理を教わったり、野菜の収穫もして……あ、釣りもしたわ! とっても楽しく過ごしていたのよ」

「ディーデリックにテオドルス、ロブレヒトまでギルドマスターについて知らないなんて、そんなことはないと思うんだけど……」

「コーバス殿やガイ殿から聞けば良かったのではないかしら? わたくしよりも彼らの方がよく知っているはずでしょう」

「魔女との仲介役だという彼、フィロメナは、彼とは親しいの?」

「全く親しくないわ。あの方とはほとんど関わらなかったもの」

「フェリクスは口止めされていたようだけど、フィーもそうなの?」

「いいえ。でも……わたくしの味方があの方たちにも優しいとは、限らないでしょう?」


 マントのフードをかぶったままのレイナウトが、結晶化していない右手を伸ばし、妹の頭を撫でる。

 息子と娘の会話を近くで聞いていたバウデヴェインは、小さなため息を吐き出した。


「日が沈んだが、連絡はいつ来るのか……」

「わたくしがフェリクスお兄様と共に魔女に会ったのは、夜もだいぶ更けてからだったわ」


 娘の言葉を聞き、バウデヴェインは落ち着かない様子で何度もため息をこぼす。


「そんなに心配なさらなくとも、あの方たちが約束を違えることはないと思うわ」

「フィロメナ、お前……魔女に洗脳でもされたのか?」

「わたくしは最初の一回しか魔女には会っていないですし、魔女は道具がなければ秘術を使えないのでしょう?」

「確かにそうなのだがな……」


 父の様子に、フィロメナは首を傾げた。レイナウトへ視線で問うても、彼にもバウデヴェインが何をこんなにも恐れているのかはわからないようだ。


「――ヘルマン」


 前触れなく、低くかすれた女の声が誰かを呼んだ。

 その声に反応して大袈裟なほど肩を揺らしたバウデヴェインの姿に、フィロメナとレイナウトは顔を見合わせる。

 ヘルマンは、カウペルに関する手記を残した人物の名だ。彼は何百年も昔に亡くなっている。野営地にいる騎士たちの中にも、ヘルマンという名を持つ者は存在しないはずだった。


「祭壇へ来い。お前の子と、お前と、既に狂ったエフデンの王へ掛けた呪い。解くための交渉に応じてやろう」


 バウデヴェインが天幕の外へと転び出たのを追い掛けて、レイナウトとフィロメナも外へ出る。だがそこにいた騎士たちは一切異変を感じていない様子で、飛び出してきた三人へ驚きの視線を向けていた。


「もしかして、あれは魔女の声なのかな?」


 兄から問い掛けられたが、フィロメナにもわからない。ただ、あんなにも掠れた声をしていただろうかとは思った。


「……フィロメナはここへ残るのだ。レイナウトは、ついて来なさい」


 父からの命令に、フィロメナは反発する。当事者なのに仲間外れはごめんだ。


「嫌よ! わたくしも行くわ! ……祭壇ってどこかしら?」


 ブラムに聞きに行くべきか考えを巡らせたフィロメナに、バウデヴェインは告げる。


「場所は、知っている。……そばにおいた方が安全かもしれんな。だが約束しておくれ、娘よ。魔女が杖を向けてきたら、騎士を盾にしてでも必ず逃げると」


 余裕を失った様子で、バウデヴェインが両手で娘の頬を包んだ。

 パチパチ瞬きをしてから、フィロメナは約束する。アズサたちが信じる人がフィロメナにひどいことをするとは思えなかったが、父が心配していて、約束しなければ共に行けないというのなら約束した方が良いだろうと考えた。

 フィロメナが約束を交わしても父は固い表情のまま、騎士たちへと指示を飛ばし始める。


 そうして魔女に誘い出された三人の王族たちは、少数の護衛と、呪いを解いた暁の報酬のため用意した書状を手に、夜の森へと分け入って行った――。


   ※


 地下の衣装部屋では、目隠しをされた魔女がフェナとリニとマノンとエリーに囲まれ、着替えさせられていた。


「ねぇフェナ姉。中身アズ姉じゃないんだし、セクシー路線でいってもクルトは喜ばないよね?」

「言われてみれば、エリーの言う通りだね。今までのあれはクルトを悩殺する目的もあったし……こっちの、完全に肌を隠す方のドレスにしよっか」

「そういえばラドっちってハイヒールで歩けるの? 背丈で結び付けられないようにって、アズちゃんはいつもすっごい踵の高い靴を履いてるんだけど」


 目隠しをされ、されるがまま大人しくしていた魔女は、リニからの質問に無理だと答える。


「一歩進んだだけで足が折れるかと思った」

「クルトに抱っこで運んでもらえば良いんじゃなぁい? 体はアズサのものなんだし」


 マノンの提案には、魔女が口元を引つらせた。


「想像しただけで鳥肌が立つのたが……」

「我儘言わないの! 転んで傷付くのはアズサの体なんだからね!」

「ラドっちは借り物の体だって自覚してよね~」

「……すまない」

「あ、ねぇエリー。手の怪我を隠すのに手袋が欲しいんだけど……」

「確か冬用に作りましたよねぇ? ……あったあった! はい、フェナ姉」

「ありがとう。これなら包帯も目立たないかな?」

「良いと思う!」

「魔女っぽいねー!」

「抜群のいかがわしさです!」


 四人の手により着替えさせられ靴を履かされ、目隠しを取られた後は髪と顔を弄られる。

 完成した魔女の姿を見て、彼女たちは満足そうに頷いた。


「クルトー。ラドっち立てないみたいだから抱っこしに来てー」


 リニに呼ばれて顔を出したクルトが魔女を見下ろし、無言で抱き上げる。手付きはとても優しかったが、アズサの顔をした違う存在に複雑な思いを抱いているのは明らかだ。


「……顔の傷や手の傷、魔法で消してやることはできないのか?」


 クルトから問われ、魔女はできないことはないと答える。


「だがな、この子が傷を許容している場合、体は魂の方へ寄り添うのだ」

「……どういうことだ?」

「もしこの子自身が傷のない姿を望んでいれば傷は消えるし、逆に傷がある姿こそが自分なのだと考えている場合、傷は消えずに残る」

「アズサ次第、ということか」

「そうなるな」


 衝立から出るとそこには、イーフォとハルムと勇一に、ガイとフランクも待っていた。


「こうして見るとまんまアズサなのになー。クルトの腕の中にいるのに幸せそうじゃないなんて、やっぱアズサじゃないんだな」


 イーフォの言葉に、悲しそうな様子でハルムが同意の言葉を漏らす。


「僕、アズサさんとクルトさんがお互いを見る眼差しが大好きだったんです。だから、なんだかすごい変な感じがします」

「付き合いの短い俺ですら、相思相愛なんだなぁってわかるほどでしたからね。……もう一度アズサさんに会えるまで、俺は日本に帰らないんで!」

「ユウイチが僕たちと話せるの嬉しいですけど……アズサさんがいないのが悲し過ぎて、ぼくっ」

「泣くなよ、ハルム。一番泣きてぇのはクルトなんだから」

「はい……ごめんなさい、イーフォさん。クルトさんも、アズサさんが帰ってきたらたくさん泣いてくださいね?」


 クルトは苦笑を浮かべただけで何も答えず、魔女をソファへと下ろした。するとフランクが魔女へ近付き、スプーンにすくった薬を紅が引かれた口元へと差し出す。


「これを口に入れて、ゆっくり喉の奥へ流し込むようにして飲み込みなさい。本当は話さず眠るのが一番なんだけど、そうも言っていられない状況だからね。アズサが帰ってきた時声が潰れていたら可哀相だ。なるべく無理な発声はしないよう気を付けてくれよ」


 口腔に突っ込まれた薬を指示通りに飲み込みながら、魔女はこくりと頷いた。


「んじゃ、そろそろ行くかね」


 丈の長いローブをまとったガイが、カラスの仮面を装着する。手には魔女の杖と、水晶玉を持った。

 クルトもカラスの仮面を顔に付け、ローブのフードをかぶる。魔女の顔にはフェナが布を付けてやり、フードも深くかぶらせた。


「アズちゃんの体、ちゃんと守ってくださいね」


 フェナの言葉に、魔女は深く頷いて見せる。


 イーフォが仕掛けを操作して、道を開いた。


「ご馳走作って待ってるからな!」


 屋敷での待機組に見送られ、魔女の道具を持ったガイと、魔女を抱えたクルトが更なる地下への階段を降りて行く。

 ランタンは、魔女が持っていた。


 歩き慣れた道を進み辿り着いた、魔女の部屋。


 椅子に降ろされた魔女はガイから杖と水晶を受け取ると、膝に水晶を置いて杖を振る。詠唱は、喉の負担とならないよう小声だ。

 フランクが言うには、吸入麻酔薬の副作用でアズサの喉は荒れた状態らしい。だから声が出しづらいのかと、説明を聞いた魔女は合点がいった様子だった。


 目の前で館が姿を変えて行くさまを、クルトとガイは黙って見守る。

 再会の演出のため、過去と同じ造りへ変えるつもりだと事前に言われていたから驚くことはなかった。ただ、魔法というものは凄いのだなとは思う。


 廊下があった場所の地下へ繋がる戸が押し上げられ、ヨスがひょこりと顔を出す。後ろからはブラムとリュドが続いて姿を現し、様変わりした魔女の館をぐるりと見回した。

 小声の呪文と共に魔女が杖を振ると、三人が現れた地下への入り口は地面と同化して見えなくなる。


 館が姿を消したそこは、洞窟の中だった。


 椅子が置かれていた位置には石造りの祭壇があり、長い杖を手にした魔女はその上に座っている。

 祭壇前の細長い台座には、赤い水晶玉が嵌め込まれていた。

 洞窟内は淡い暖色の灯りで照らされている。光源は、どうやら水晶のようだ。血液の色が玉の中で渦巻いていた。


「……あちらは森へ入ったそうだ」


 ブラムからの報告に、魔女が頷きを返す。


 しばらく物珍しそうに洞窟内を見回していたヨスが、ぴくりと何かに反応した。

 槍を手にしたクルトとガイが魔女の両脇に立ち、ブラムは魔女と魔女の護衛二人へ背を向ける。ヨスとリュドは何が起きてもすぐに対応できるよう、ブラムを挟んで洞窟の入口へと視線を向けた。


「お父様。こんな場所に、何があるというの?」


 不安そうなフィロメナの声と、数人の足音が響く。

 炎を光源とした灯りが徐々に近付いてきて、テオドルスとディーデリックとロブレヒトを含んだ近衛騎士六人に守られた王族の三人が視認できた。


「ようこそ、いらっしゃいました」


 ブラムの声が洞窟内に響き、フィロメナが肩を跳ねさせる。暗い洞窟の先で見知った顔を見つけたことで、フィロメナは安堵の表情を浮かべた。

 祭壇に座る漆黒に包まれた女の姿と、カラスの仮面の二人組に気付くとすぐに、似たような不気味な出で立ちをしたレイナウトの背へと隠れる。


「やだもう! どうしてこんな場所にいるの? 悪趣味だわ!」

「フィロメナ殿下はお招きしておりません」

「意地悪! 貴方の妹さんたちに言いつけてやるわ!」

「フィー。少し、黙っておこうか。父上が魔女に話があるらしいからね」

「はーい」


 結晶化していない方の兄の腕に自分の両手を絡ませ、フィロメナは口を閉じる。


 バウデヴェインは己の子どもたちの様子を確認してから、全身を漆黒で覆い隠した女らしき人影へ、濃紺の瞳を向けた。

 金と赤で彩られた長い杖、台座へ嵌められた赤い水晶玉、祭壇。順に視線を走らせ、最後に魔女へ戻り、顔を確認しようとするかのように目を眇めて頭部を見つめる。


「そなたはもしや……サーシャか?」


 バウデヴェインが絞り出した言葉を聞き、魔女は喉の奥で笑った。


「サーシャ、懐かしい名だ。お前に殺された、私の幼い娘……。私でも流石に、既に肉体を離れてしまった魂は止め置けなかった」


 魔女の声は掠れていて聞き取りづらかったが、洞窟内で反響したおかげか、離れた位置に立つバウデヴェインたちの耳にも届く。


「ならば……ラドバウト、貴方か?」


 魔女は答えない。

 それでもバウデヴェインは確信を得たのか、矢継ぎ早に言葉を紡いだ。


「やはり貴方も生まれ変わっていたのだな! 今回はステファヌスだった義父も、私も、何度もエフデンの王族として生まれ変わっていた。何度も、何度もだ! 死ぬ度に生まれ、ある時を境に己の罪を思い出す……どうか、頼む! 私はどうなっても良い。貴方の好きなように罰してくれて構わない! だがあの男がレイナウトの息子として生まれ変わることは阻止できないだろうか。あれはもうダメだ。全てを壊すだろう。それとも……それが貴方の望みかラドバウトっ」


 ふむ、という呟きが布の向こうから漏れたが、その声はあまりにも小さな独り言で、そばにいたクルトとガイにしか聞こえない。


「この子に死の記憶を与えなかったのは、正解だったのだな」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろうよ」

「……王の言葉に周りが困惑している。何か返してやれ」

「娘のカラスたちは口喧しいなぁ」


 ガイとクルトからの囁きでの指摘にふうと吐息をこぼし、声を出す準備で、魔女が深く息を吸う。

 口元が見えていれば、魔女がニィっと嫌味ったらしく笑っているのが見えたことだろう。


「全ての記憶を保持したまま、死の安息すら得られないというのはそんなにも堪えたのか? 私からの贈り物を堪能してくれたようで嬉しいよ。しかし、それだけの経験をしてもお前は変わらぬのだな。私の家族を酷たらしく殺しておいて、己の今生の息子を助けよと私に言うのは実に自分勝手が過ぎる。そうは思わぬか、ヘルマン。……今生はバウデヴェインだったか。どちらで呼ばれたい?」

「名などどうでも良い。やはり貴方は、ラドバウトなのだな?」

「いつからお前は私と同列になった」

「この身は、正統なエフデンの王族の血を引いている」

「良かったなぁ、欲しかったのだろう? 正統な血が」

「私はっ、秘術の力が欲しかったのだ!」

「残念だが、これはお前の手に負えるものではない。だが感謝せねばなぁ。今私が術を行使できるのはお前のおかげ。死した我が身を刻み、すり潰し、全てをこの水晶へ吸わせたお前の功績だよ、ヘルマン。……あぁそうだ。一つ、忠告だ」


 杖を持つのとは反対の手を持ち上げ、魔女は人差し指を立てた。動きに合わせて釣り鐘のように広がる袖が揺れたが、長い手袋に腕が覆われていて素肌は見えない。


「この娘の体をすり潰し与えても、力は使えんぞ。水晶は今、魔女の正統な血統である私の魂を主と認め動いているに過ぎんからな」


 話し過ぎたせいだろう、魔女が咳払いをした。クルトが半歩近付き、ローブの合わせ目からグローブをはめた手を伸ばして細い背中を擦ってやる。

 その姿を隠すようにブラムが立ち位置を調節しながら口を開き、己へ注目を集めた。


「過去の恨み言はこの辺でよろしいでしょうか? 今を生きる者としては、これからの話を進めたいのですが」

「そうだね。僕も、そう思うよ」


 丈の長いマントで全身を覆い隠した人影が進み出て、彼の腕にぴたりと身を寄せていたフィロメナも、自然と足を前に進める。

 フィロメナの手を貸りてマントを脱いだレイナウトが、呪いが掛けられた己の姿を覆い隠していたマントを、人の腕をしている方へ掛けて持つ。赤い結晶となった左腕と、人ならざる色へ変化した両目があらわとなった。


叡智えいちの魔女殿。父と祖父が、かつて貴殿に非道な行いをした張本人だったとは……。知らなかったとはいえ、不躾にも願いを叶えてもらおうとしたことを含め深くお詫び申しあげます」


 レイナウトは片膝を付き、首を差し出すようにして頭を下げた。

 王太子に倣い、騎士たちも同じ姿勢を取る。

 フィロメナは、立ち尽くす父と膝を付く兄を見比べてから、両膝を付いて頭を垂れた。


「……顔を上げよ、エフデンの王太子。王女もだ。お前たちに対しては、詫びねばならんのは私の方だよ」


 バウデヴェインと言葉を交わした時とは違い、優しさを帯びた、魔女の声。


「全ては、かつての私が仕掛けた罠。だが……王女が興味本位で、触れてはならぬ力へ手を出したことも事実。王太子の呪いは解いてやるが、魔女の力を借りる代償は払ってもらう。――ブラム」

「はい。事前にフェリクス殿下へご提示した条件について、まずは確認させていただきたく存じます」


 立ち上がりながらブラムへ視線を移し、レイナウトは人の上に立つ人間の笑みをその顔に浮かべた。


「弟からは、ギルドマスターから出された条件だと聞いている。君がギルドマスターなのかな?」

「マスターは外部の人間とは会いません。フェリクス殿下の時は交渉に必要と判断された、例外です」

「僕や国王に会う必要はないと、判断したということかい?」

「自分には、マスターより全権が与えられております」

「……この際だから、ギルドマスターともお近づきになっておきたかったんだけどなぁ」


 ブラムは何も答えない上、にこりとも笑わない。それを見てレイナウトは口を噤み、とりあえずは諦めようといった態度でゲレンの自治都市化について話し始める。


 若者たちが動きだした横ではバウデヴェインが、魔女へ向けて口を開いた。


「私の願いの代償を、教えてくれないか」

「命、と言ったらくれるのか?」

「あぁ。もう十分、生きた」

「そうか。では――」


 カラスの仮面をかぶった人影が二つ、唐突に前へ飛び出す。


 片方が十歩分の距離を詰めてバウデヴェインへ槍の先端を突き出し、もう片方は、国王と騎士の間へ滑り込んで騎士たちを牽制した。

 剣より間合いが長い槍のせいで、騎士たちは国王の元へ辿り着けない。立ち塞がるカラスが、一対四にも関わらず異様な強さを見せたからだ


「く……ははは、はははははっ」


 魔女の笑い声が、洞窟内に反響した。


「十分生きたと言うわりに、死が恐ろしいと見える」


 カラスの片方がバウデヴェインへ向けて突き立てた槍は体のすぐ脇をかすめ、地面へと突き刺さっている。


「ほんの、冗談だ」


 笑いを収めた魔女が、こともなげに告げた。


「代償は後悔と、生の苦しみとする。狂ってしまったあの男は、サービスで解いてやる。とうに死しているはずの遺物のせいで、新たな世代がこれ以上苦しむのは良くないからな」


 呪いが解ければステファヌスだった魂は消滅し、二度と生まれ変わることはないだろう。そう告げた直後、魔女が杖を振った。

 紡がれる呪文を聞きながら、バウデヴェインは膝を付き、額を地面へと擦り付ける。


「今更だ。だが……すまなかった」


 詠唱を終えると、魔女が嗤った。


「赦すわけないだろう」


 杖の先から放たれた赤い光が、バウデヴェインの体へ吸い込まれていく。


「私はこの三百年を暗闇の中、お前たちへの復讐だけを考え過ごしてきたのだ。この措置は、若者たちの頑張りに報いるために過ぎない。本当は、逃げ場など与えないようこの世界全てを地獄に変え、飢えてもカラダを欠損しても、どうやろうとお前は死ねないようにしてやろう……などと、考えていたのだがな。――やめだ」


 カラスの片方が地面に突き刺さった槍を引き抜き、魔女の元へと歩いて戻った。もう一人は騎士を牽制したまま、動かない。


「すまないという気持ちが真実ならば、良き王となるのだな。己の子らに、恥じぬよう」


 そうして魔女の復讐は、幕を閉じた。

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