第33話 魔女と仲間たち

   1

 フェナから耳打ちされた内容を聞いても、ブラムは表情を変えなかった。

 アズサから事前に言われていたからだ。もし不測の事態が起こった時には、ブラムに全てを任せると。

 アズサに何があったのかは、わからない。だが、フードの隙間から垣間見えた妹の泣きそうな顔を見るに、良い状況ではないのかもしれない。

 フェナとリュドには、アズサのもとへ行くようブラムは告げた。


 ブラムの目の前では、先ほどから父と娘の会話が続いている。


「ですから、わたくしはこのように元気なのです!」

「何故このような騒ぎを起こしたのだ。魔女の怒りに触れればどうなるか、教えたはずだろうに」

「お父様は何をそんなに恐れていらっしゃるの? 魔女は、レイお兄様を助けてくれるのよ」

「……ゲレンにいる魔女が本物だとしたら余計に、エフデンの王族を助けるなど有り得ぬことだ」

「どうしてそのようにお考えになるの?」


 延々と続きそうな口論を、フィロメナの隣へ進み出ることでブラムが止めた。


「フィロメナ殿下のご無事は確認されたでしょう。我々の仲間をこちらへ返していただきたい」


 バウデヴェインの指示で、ガイの拘束が解かれた。没収されていた武器を受け取り、ガイはブラムのもとへと歩み寄る。

 ただいまと笑うガイを、ブラムとコーバスとヨスが迎えた。怪我はなく、元気そうであることに皆で安堵する。

 彼らの背後では、自警団員たちにも安堵が広がる。


「魔女は、どこにいるのだ」


 バウデヴェインからの問い掛けに、ブラムは微笑を浮かべて「魔女はあなたに会いません」と告げた。


「魔女の持ち物をこちらへ引き渡していただきたい。魔女の手元に道具が戻らない限り、呪いも解きようがないのです」

「魔女には、余が直接返却する。話があるのだ」

「お言葉ですが国王陛下、魔女は陛下には会わないと仰せです」

「……何故だ」

「魔女の御心は、魔女にしかわかりません」


 滞在先へ案内すると告げたブラムを、バウデヴェインが濃紺の瞳で鋭く射抜く。しばし視線を交わし、ブラムに折れる気配がないとわかると、視線をそらす。


「魔女は、我が息子の呪いを本当に解いてくれるのだろうか」

「それは、あなた方の態度次第で考えてみるとのことでした」

「…………ゲレンの魔女の、名は?」

叡智えいちの魔女と、名乗っておられます」

「名は無いと申すのか?」

「名前がそんなに重要ですか?」


 バウデヴェインは返答せず、諦めたのか話題を変えた。


「我々は、ゲレンには入らない。街の外で野営する」

「承知いたしました」


 バウデヴェインの指示で、木箱を手にした騎士が進み出てくる。ブラムの前で蓋を開けさせ、中身を確認するよう促した。

 ビロードが敷かれた箱の中には、血液が流れ込んだかのような球体の水晶と、金と赤い石で表紙が飾られた分厚い本と、きらびやかな小さな杖、それと、古ぼけた本が一冊。

 古ぼけた方の本はヘルマンの手記だろう。もしかしたら、エフデンの王族にとって先祖の手記は、手放したくても手放せなかった物だったのかもしれない。

 手記以外にも一つ、アズサから聞いていた物より多いようだ。

 疑問を顔には出さず、ブラムは首肯する。向けられたブラムの視線に反応したコーバスが進み出て、騎士から箱を受け取った。


「魔女は夜にしか姿を現さないため、旅の疲れを癒やしながらお待ちください。王太子殿下の呪いの件は魔女に確認次第、ご連絡いたします」


 魔女が夜にしか姿を現さないというのは嘘だ。アズサの状況を確認するための時間稼ぎのため、そう告げた。


 国王側はバウデヴェインの指示で野営地の設営に動きだし、ブラムはコーバスとヨスとガイと共に街へと引き返す。自警団員たちは警戒のため、その場に残った。


「……フィロメナ殿下。あなたはあちらへ」


 当然のようにブラムたちへついて来ようとしたフィロメナを、ブラムが止める。


「わたくし、野営なんて嫌よ」

「我儘は、どうぞ殿下のお父上におっしゃってください」


 ぷくりと頬を膨らませ、フィロメナはブラムを睨んだ。


「お兄様へご挨拶をして、父上から許可をいただいたらそちらへ戻るから、わたくしの部屋は片付けないでちょうだいね」

「殿下の戻る場所は、あちらです」

「貴方って、優しくないのね!」


 フィロメナが、直接ブラムとこうして話すのはこれが初めてのことだった。フェナやアズサへ優しげな笑みを向けている姿をよく見ていたから、こんなに冷たい目をする男だと思っていなかったのだ。

 初対面の時にはこんな顔をしていたが、一月前に短時間見た姿よりも、屋敷で毎日見ていた表情の方がフィロメナにとって印象が強い。


「俺の優しさは、妹たちのものです」

「レイお兄様は、わたくし以外にも優しいわよ」

「ではどうぞ、優しい兄上のもとへお帰りください」

「意地悪!」


 子どもっぽく舌を突き出してから、フィロメナは踵を返す。

 結局屋敷への滞在は許されず、彼女は国王のそばに留め置かれることとなった。



   2

 アズサとクルトの姿を探して、ブラムたちは足早に進む。

 ギルド本部か屋敷か……もし怪我をしていれば診療所だろうか。フランクの所へ一度行くべきかと考えるブラムの元へ、一人の男がすごい勢いで走ってきた。


「リュド! 状況は?」

「とりあえず、屋敷へ来てくれ!」


 リュドの表情から状況がかなり悪いようだと察して、ブラムたちは屋敷へ向かって駆け出した。

 屋敷の中へ駆け込むと、談話室内の様子に首を傾げる。

 フランクがいるのは、アズサの腕に包帯が巻かれていることから推察するに治療のためだろう。不思議なのはフェナが泣き崩れていて、クルトとフランクが、アズサから離れた場所にいることだ。

 勇一も不安げな様子で、クルトのそばにたたずんでいる。


「その箱をこちらに」


 掠れた声で、アズサが告げた。

 違和感に、コーバスがブラムへ視線を向ける。

 ヨスはフェナへ駆け寄り、涙のわけを聞き出そうとしていた。

 リュドは腕を組み、険しい表情をアズサへ向けている。


「あ~…………帰ってきて早々、何だよこれ。どうしてうちのマスターはラドバウトに乗っ取られてんだ?」


 ガイが、クルトへ視線を向けた。

 一度ラドバウトに乗っ取られたアズサを目の当たりにしていたガイは、普段と違う彼女の様子の原因に思い至ったのだ。

 クルトは顔を歪め、ごめんと呟く。


「乗っ取られた? アズサは、どうしたんだ?」


 体がそこにあるのはわかっている。ブラムが聞いたのは、精神のことだ。

 ヨスの腕の中、フェナが声を絞り出す。


「アズちゃん、このままだと、消えちゃうんだって」

「消える?」

「元々アズちゃんは、ラドバウトさんが生きた肉体を手に入れるためにつくられた、ふっ複製品、なんだって。役目を終えたから、アズちゃん、いなくなるって……魂が消滅するって……そんなの、ひどすぎるよっ」


 足元が崩れ落ちる感覚がした。

 思考が、上手く働かない。

 いつでも冷静でいなければいけなかった。ブラムには、守るべき者がいたから。守る対象にはアズサも含まれていて……こんなに呆気なく、訳もわからぬ間に奪われて良い存在ではないのだ。

 どこで間違えた? ブラムは、己に問う。


 ブラムの隣ではコーバスも、目を見開きアズサではない者を凝視していた。


「ぶざけんなや、ラドバウト。俺らが慕ってるのはてめぇじゃねぇ。アズサだ。アズサを今すぐ返しやがれ」


 静かな、ガイの怒気。それを正面から受け止めて、魔女が口を開いた。


「私とて、あの男がこの地を踏みさえしなければ穏便に、道具を破壊して消えゆくつもりでいた。だがバウデヴェインの訪れにより、昔の愚かな私が施した仕掛けが発動してしまったのだ」

「はぁ? コーバスが事前に誰が来るか報せただろうが」

「私はあの部屋がある場所からは動けなかった。この子が自ら来ない限り、外の状況を知る術もなかった」

「前々からアズサはお前に何度も接触してたんだ。事前に注意くらいできたんじゃねぇか? それを怠ったお前に悪意がねぇわけないだろうが!」

「それには、お前の魂が偽物の複製品なのだと教えねばならんだろう!」

「教えるべきだったんだ! 死ぬかもしんねぇ恐怖や苦しみなんかとは比べようもないぐらいマシだ! アズサは偽物なんかじゃねぇ! てめぇが、てめぇ自身がアズサを偽物だと侮ってたんじゃねぇかッ! ~~ッ、てか俺も俺だッ、胡散臭ぇ幽霊が出てきた時点でもっとキツく問い正すべきだったってのに」


 やり場のない怒りを拳に乗せて、ガイが壁を殴りつける。


 魔女は、指摘されたことで初めてそれに気が付いたというような表情を浮かべていた。

 確かにラドバウトは勝手に決め付けていたのだ。作られた存在で、複製品という偽者だという事実を、アズサは受け止めきれないだろうと。


「……クルトが諦めていないということは、アズサが戻る可能性があるのではないか?」


 ブラムの静かな声に、クルトが頷いた。


「コーバス。道具を、魔女へ返してやってくれ」

「本当に、信じて良いの、そいつ」

「信じる以外、アズサを取り戻す術がないんだ」

「アズサが帰ってこなかったら俺、そいつ、殺すから」

「構わない。俺もそうするつもりだ」


 コーバスが魔女の前に、手にしていた箱を置く。魔女を睨み上げ、コーバスは告げた。


「アズサが死んだら、君の大切なもの全部ぶっ壊してやる」

「……この子以外、大切なものなど残っておらんよ」

「それなら危ない目に合わせてんなよ、馬鹿魔女糞野郎ッ」

「本当にな……。お前たちの言う通りだ」


 アズサの姿をした魔女が屈んで、箱の蓋を開ける。杖を手に取り、杖と同じ装飾が施された本の表紙を軽く叩いた。

 途端生まれた旋風に巻き込まれるようにして本が消え、杖が魔女の背丈と同じ長さになる。


「まずはだ」


 杖を手にした魔女の漆黒の瞳が、勇一をとらえた。


「一人置いてけぼりのままは可哀相だからな。クルト、彼にこちらへ来るよう伝えてくれるか?」

「自分で言えば良いだろう」


 魔女のお願いに、クルトは首を傾げる。体はアズサなのだ。魔女もニホン語は話せるはずだろう。

 だが、クルトの指摘に対して魔女は、できないと告げた。


「私がこの子と共有しているのは、この体の脳へ刻まれた記憶だ。この子のニホンの知識は魂の方へ刻まれている。私は、そちらは共有できぬ。故に寄生先のことは何も知らぬのだ」

「寄生、先……?」

「全てを話す気はある。だが、まずは彼も仲間に入れてやろうではないか」

「……ユウイチを、傷付けることは許さない」

「わかっているさ」


 クルトは勇一へ視線を向けて、魔女が呼んでいることを伝えた。勇一には、アズサの身に起こっていることも説明してある。

 あまりにも勇一が魔女を怖がるから、クルトも共に、魔女の前に進み出た。

 魔女は箱の中にある赤い水晶玉に片手で触れ、何事かを呟く。ニホン語でもエフデンの言葉でもない。耳馴染みのない言語だった。

 杖先が勇一へと向けられて、額に軽く当てられる。

 柔らかな光が、勇一の頭部へ溶けていく――。


「さて、どうだ? これで言葉がわかるだろう?」

「え? 何されたんですか、俺」


 勇一自身は変化を感じていないようだが、周囲は驚いた。勇一の口から飛び出したのはニホン語ではなく、流暢なこちらの言葉だったからだ。


「……何故、道具を使えるんだ? アズサは、魔女の血筋の血液が必要だと言っていた」


 ニホン語と同じように聞こえるのか、勇一は困惑したままだ。それでもブラムが発した言葉を受けて、勇一も魔女へと視線を向ける。


 室内の視線を一身に浴びた魔女は、こともなげに告げた。


「通常はそうだ。だがな、この水晶玉は私の全身の血液を吸っている。命と引き換えの禁忌の術だが、奇しくも仇が余すところなく注いだおかげで、私に代償は不要だ」

「では、その秘術とやらでアズサを戻してくれるのか?」


 ブラムを含め、全員が一番知りたいのはそのことだ。だが魔女の表情は暗い。


「見た方が早いだろう」


 呪文とともに、魔女が杖を振る。

 淡い光が、魔女の胸元から空中へと出てきた。窓から差し込む夕陽を受けて輝くそれは、まるで粉々になった硝子の欠片。


「これが、あの子の魂。消滅の寸前でギリギリとどまっている」


 魂は、本来器である肉体と同じ形をしていると、魔女は告げた。


「これが、アズちゃんなの?」

「触れてみると良い。お前たちなら、わかるはずだ」


 遠慮した勇一以外が欠片の前に集まり、手を伸ばす。


 触れた途端流れ込んできたのは温かな――アズサそのもの。

 仲間たちの名を呼び、大好きだと、みんなで一緒に幸せになりたいという願い。共に過ごした、思い出の数々。


 粉々に砕けた物がアズサなのだと理解して、皆それぞれ、堪えきれない感情の波に襲われた。


 アズサを元に戻してと呟き、フェナが泣く。


 コーバスも、涙を溢れさせながらアズサの名を呼んだ。


 ヨスは両手で顔を覆って天を仰ぎ、リュドとブラムは目を見開いたまま、静かな涙が頬を濡らしている。


「……クルト」


 立ち尽くしていたクルトの頭を、ガイが片手で抱き寄せた。


「ここまで粉々で……戻せるものなのか……?」


 フランクが漏らした言葉に、魔女が答える。本来は不可能だと。


「魂の複製も、不可能とされていたことだ。だが私はやり遂げた。……かつての私は、ヘルマンへの恨みの全てを記憶し、尚かつ水晶が私だと認識してくれる状態で新たな肉体を手にしたいと考え、実行した」


 死の間際、流れ出る血を水晶へ注ぎ込みながらラドバウトは、己の魂の複製を作り出した。複製の方を生まれ変わらせ、育った器にラドバウトとして保持された魂が入り込むことで、道具を使える状態を作り出そうとしたのだ。それは、生まれ変わりによる魂の変質を防ぐためには必要なことだった。

 問題となったのは、作り出した複製品の魂があまりにも不安定だったこと。そのままでは、人間として産まれず消滅してしまう。

 ラドバウトが複製した魂を安定させる方法として選んだのは、寄生だ。

 生きた人間に、複製品の魂を寄生させた。

 相性が良い魂のもとへ、という条件を付けて飛ばし、複製品が宿った先がニホンにいる杉本梓だったというわけだ。


「寄生先でこの子の魂が安定したら、肉体を得るため自動的にこちらへ戻るよう設定しておいた。ヘルマンの娘がユウイチを呼べたのは、この子がこちらへ戻るために通った道が残っていたからだ」


 フィロメナが秘術を使えたのは、ラドバウトが死の直前に施した仕掛けの一つ。

 杖と同じ装飾の本は取扱説明書のような物で、時が満ちれば、エフデンの王族の血に反応して不完全な術が発動されるようにと張った罠だった。

 自分たちでは解決できない状況を作り出し、ラドバウトの元へおびき寄せるためだ。

 ヘルマンがこの地を訪れた時ラドバウトは、複製である魂が育てた、己に馴染む肉体を手に入れる。そうして更なる復讐が開始できるよう全ての仕掛けを施し、ラドバウトは死んだ。


「誤算だったのは、この子があまりにも懸命に生きようとしたこと。この子の記憶に触れ、私は――この子を愛しいと、思うようになってしまった」


 魔女が手を伸ばし、魂の欠片へ、指先で触れる。


「愚かにも、失った娘とこの子を、重ねてしまったのだ」


 暗闇で待ち続けたラドバウトのもとへアズサがやって来た最初はただ、時が来たのだと知った。


 魔女の館を作るのだと言って、周囲の者たちと相談する間にもくるくる動く表情。気まぐれで触れれば流れ込んできた、アズサのこれまでの人生と、想い。


「私もこの子を戻してやりたい。そしてそれには、お前たちの協力が必要不可欠」


 魔女は口を噤み、玄関の方へと視線を向けた。

 どうやら、ギルド本部に残り職員たちの指揮をとっていた面々が仕事を終え、戻ってきたようだ。

 明るい話し声と賑やかな足音が近付いてくる。


「ただいまー。お前らも戻ってたのか。って……何これ、何事?」


 談話室内の暗く沈んだ様子にイーフォが首を傾げ、泣き濡れた顔を順に見た。


「どうして皆さん、泣いてるんですか?」


 ハルムが視線を向けた先、ガイに肩を抱かれたクルトは泣いていなかったが、ブラムとリュドの頬は涙で濡れている。この二人が泣いている姿などこれまで一度も見たことがない。何か悪いことがあったのだろうかと、ハルムは不安げに表情を曇らせる。


「あれ? アズちゃん怪我してる! だからフランク先生がいるんだぁ?」


 リニが慌てて駆け寄ろうとして、宙に浮いている欠片を見て首を傾げた。誰も止めようとしないから、ちょん、と突ついてみる。


「そのキラキラ浮いてるのって何? リニ、触って平気なの?」


 マノンからの問い掛けに、リニは答えない。泣いている仲間たちを見回した後で、目の前にいるアズサの顔を、穴が開くほど見つめていた。


「アズ姉の持ってるその杖! もしかしてそれが魔女の道具ですかぁ?」


 エリーの明るい問い掛けを合図に、皆が気を取り直して涙を拭った。

 フェナがリニへと歩み寄り、両手で抱き締める。


「これね、アズちゃんの、魂なんだって」

「え? いやだって、アズちゃん、そこにいるじゃん」

「アズちゃんの体、魔女に、取られちゃったの」


 肩口へ顔を埋めたフェナの背中へ手を回しながらも、リニは理解できていない様子。

 ブラムが事のあらましを説明すれば、後から談話室へ来た五人全員が、ぽかんと口を開ける。


「そのキラキラがアズサの魂とか、意味わかんねぇ」

「あの、でも、戻せるんですよね?」

「アズ姉がいないとエリーたち、幸せじゃないよ?」

「こんなに粉々で……元に戻ったとして、それって本当に私たちの知るアズサなのかな?」


 マノンの発言を最後に、重たい沈黙が落ちた。

 その沈黙を破ったのは、魔女だ。

 魔女は告げる。この場にいる全員が、アズサの魂を修復するための寄生先になるのだと。


「ユウイチ、お前にも手伝ってもらいたいのだ」

「お、俺ですか? でも俺、アズサさんとは一ヶ月程度の付き合いですけど……」

「ニホンの記憶を保有しているのはお前しかいない。その部分の記憶が、ただの複製品だった魂を人たらしめた根幹だ。魂の形を安定させるには重要な部分なのだ」


 これまで世話になった恩を返せるのなら喜んでやると答えた勇一を指差して、リニが呟いた。


「なんでユウイチ、こっちの言葉を話してんの?」

「あ、それはなんか、魔女さんが魔法で何かしてくれたようで……」

「魔法……すごいじゃん! なら絶対にアズちゃんの魂だって戻せるよね!」

「……うん。リニの言う通りだね」


 フェナがリニを見て表情を緩め、談話室内の全員が、決意を秘めた眼差しを魔女へと向ける。


「成功するかはお前たちに掛かっている。共に過ごした思い出を、この子の魂へ伝えてやっておくれ」


 血液が中で渦巻いているような色の水晶玉を片手に持ち、呪文を唱えながら、魔女が杖を振るった。

 魂の欠片が十四分割されて、勇一を含めた仲間たち全員の胸元へ溶けるように入っていく。じわりと温かな感覚と共に、アズサの存在を感じた。


「アズサへの快気祝いは、ゲレンの自治都市化だ」


 クルトの言葉に、皆が頷く。

 できることをする。そうしたらきっと、アズサは笑ってくれるだろうから――絶対に諦めない。

 小さな希望を胸に抱き、いつもの調子を取り戻した屋敷の住人を見てフランクは、目を細める。


「アズサが体へ戻った時、痛みがあるのは可哀相だ。喉以外に異常がないか確認するよ」


 そう言って、フランクはアズサの体の診察を始めた。

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