第31話 コーバスくんは特技を発揮してきました
1
二階へ上がり、アズサはまっすぐ応接室へと向かった。コーバスは途中で廊下を曲がって姿を消したが、アズサもクルトも咎めない。
フィロメナと騎士の三人は不思議そうな表情を浮かべ、応接室に通されたフィロメナがコーバスの所在を聞く前に、彼は何食わぬ顔で応接室へ入ってきた。
「さて。二人が先行してゲレンへ戻った理由を聞かせてください」
アズサがソファへ腰を下ろし、フィロメナはその向かいに腰掛けた。アズサの背後にはクルトが、フィロメナの背後にはテオドルスとディーデリックが立っている。
ロブレヒトという名の騎士とコーバスは、入口側に並んで立ち、姿勢を正した。
アズサと視線を絡めたフィロメナが、小さく頷く。
「ロブレヒト。まずは貴方から話してもらえるかしら?」
「はい。陛下のご命令で、フェリクス殿下は城に残られました。こちらには、王太子殿下と国王陛下が向かわれております」
「お父様が? どうして?」
「此度の件、陛下はひどくご立腹であらせられました。ですが王太子殿下の呪いを解く術は見つからず、魔女を頼るより他ないとお考えのようです」
「それで、何故フェリクスお兄様ではなくお父様がゲレンへ来るの?」
「それは……わからないのです。有事の際、血を絶やさぬようにとフェリクス殿下には城へ残るよう命じられて、陛下ご自身が、ゲレンへ赴くとしか……」
そこまでの話を聞き終えると、アズサがコーバスへと視線を向けた。無言の指示を受け取り、コーバスは話し始める。
「ガイは、フィロメナ殿下がこっちにいる代わりの人質として取られちゃった。逃げられたけど、そうしない方が良いだろうって判断して残ったんだ。どっちにしろ、王様と王太子と一緒にゲレンに向かってるよ」
「どのくらいで、到着するの?」
「速くて明日、かな。俺たちは先に発ったけど、あっちも箱車は繋がずミウスを走らせて全速力で来るっぽい」
「それならコーバスは、お風呂と食事を済ませておいで。一息ついてから、王都であったことの詳細が聞きたい」
続いて、アズサはフィロメナへ視線を移す。
「そちらの彼は、どうしますか?」
「ロブレヒトにも、お風呂と食事を、良いかしら?」
「承知しました。情報の共有は必要ですか?」
「できるなら、お願いしたいわ」
アズサは頷き、コーバスへ視線を戻した。
「彼のこともお願いできる?」
「任せてくれて良いよ! ロブとは友達だからね!」
長旅の疲れを感じさせない表情で告げると、コーバスは頭を下げて退室する。ロブレヒトも、テオドルスから促されコーバスの後に続いた。
「お父様が来るなんて……わたくしがゲレンに残るなんて我儘を言ったせいかしら?」
二人が去った応接室内では、フィロメナが青い顔で呟いた。
「陛下は、どのような方なのですか?」
アズサからの質問に、フィロメナは唇を震わせながら答える。
「わたくしには優しいわ。でも、たまにとっても恐ろしいの。レイお兄様は、お父様にユウイチの存在を知られたら殺されてしまうとおっしゃったわ」
「……念の為、ユウイチは隠しておきましょうね」
「お願いするわ」
扉が叩かれて、アズサが入室の許可を出す。扉を開けて現れたのは、フェナとヨスだ。二人の手には、茶器と菓子の乗った盆がある。
先ほどコーバスが姿を消したのはこのためかと、フィロメナと騎士二人は合点がいった。
「何か、問題?」
フェナの言葉に、アズサが苦笑を返す。
「王様が出てくるみたい」
「え!」
ガチャン、と音がしたが、茶器は無事のようだ。アズサが立ち上がり、動揺が隠せないフェナに代わって茶の支度を整えていく。
「いつ来るんだ?」
ヨスの質問には、明日だと簡潔に答える。
「さぁ、忙しくなるよ!」
※
ギルドマスターからの命令でガイとコーバスがゲレンを離れ、フェリクスの護衛として王都に向かう旅程は大きな問題もなく、かなり順調だった。
フィロメナがいないため、ミウスに繋いで引かせる箱車という名の乗り物はゲレンへ置いてきた。一行は、それぞれミウスに跨り休みなく駆ける。夜は可能な限り距離を稼ぎ、街で宿を取らずに野宿した。
「……ガイ・マウエン」
出発からここまで終始無言を貫いていたフェリクスが、ガイの名を呼んだ。
焚き火越しに、ガイがフェリクスへ視線を向ける。
「何ですか、フェリクス殿下」
敬意が薄いガイの態度を騎士が咎めようとしたが、フェリクスが片手で制した。
「貴殿は、王族を嫌っているのではないか?」
「あぁ。俺のそばだと安心して眠れませんか? 離れておきましょうか」
「いや。……何故貴殿が、王都への旅の護衛を断らなかったのかが、気になったのだ」
「そんなの決まってるじゃないですか。敬愛するマスターの命令だからですよ」
「マスターか。あれは、どこぞの王族の血でも引いているのだろうか。例えば、カウペルの生き残りであったり」
「有り得ないですねぇ」
フェリクスの言葉を笑い飛ばしたのは、コーバスだった。彼は焚き火を使い、食事の支度をしている。
「マスターはただの孤児ですよ。親に名前すらもらえず、六つで人買いに売られたんです。あ、人買いってわかります? 要は奴隷商ですよ。売られた子どもの末路はゲレンで暮らす以上の地獄を見ます。例えば、趣味の悪い貴族の慰みもの、肉の盾、実験動物扱いに――」
「言わなくていい。把握は、している」
「見て見ぬふりですかぁ。外道ですね」
「おいお前! 殿下に対して何という口を聞くのだ!」
「やめろ、ロブレヒト」
フェリクスが騎士を止めて、ため息を吐く。
コーバスは悪態を吐くわりには甲斐甲斐しく世話をしてくれて、完成した食事が手渡された。ロブレヒトとフェリクスが器を見つめてためらうのを尻目に、コーバスとガイはうまそうにスプーンを口に運ぶ。
提供された食事はおいしそうで、ミウスに乗って走り通しだった体は食事を欲していた。
「毒なんて入れませんよ。マスターに嫌われたくないですもん」
覚悟を決めて口に運んだ具だくさんのスープは、かなりの美味だった。
「先ほどの話だが」
フェリクスが再び口を開くと、ガイとコーバスの二人は黙って続きを待つ。
「マスターとやらは――」
「そんなに話を聞きたいなら、殿下もそちらの情報を提供してください。俺は先ほど六つ、情報を提供しました」
「……六つもあっただろうか?」
「王族の血は引いていない、カウペルの生き残りは有り得ない、孤児である、親に名前を与えられなかった、六つで、人買いに売られた。ほら、六つ」
「一つ詐欺ではないか」
「まぁまぁ。では一つ目は、そうですねぇ……フェリクス殿下に意中の女性はいますか?」
「いない」
「二つ目、レイナウト殿下はいかがですか?」
「兄上も、いないな」
「三つ目、ゲレンをその目で見て、どう思われましたか?」
「地獄と聞いていた。最近は目覚ましい発展を遂げているようだとも聞いてはいたが……他に類を見ないほどに住み良い街で、驚いたな」
「四つ目は――前王ステファヌスは気狂いだったらしいですが、何故バウデヴェイン陛下は彼をさっさと殺さなかったのでしょう?」
フェリクスはさっとガイへ視線を向けた。彼は、受勲に際して何度か前王と謁見していたはずだからだ。
だがガイの表情からは、何も読み取れない。空になった皿を睨みながらおかわりをしようか悩んでいるようだ。
「……俺には、父上の御心は、わからない」
「では五つ目。フェリクス殿下は、兄上であるレイナウト王太子殿下は次期国王に相応しいとお考えですか?」
「兄上ほど相応しい方はいないと考えている」
「何故ですか?」
「兄上は……己が万能者ではないと自覚していて、故に人を見て、他者を信じられる御方だ。自然、兄上のそばには人が集まる。俺は兄上を好いているから、役に立ちたいのだ」
言い終えてからの沈黙を訝しく思い、フェリクスはコーバスへと視線を向けた。彼は何故か、人懐こい笑みを浮かべてフェリクスを見ている。
「気に入りました、その答え。気に入ったので俺は、個人的にフェリクス殿下の力になって差し上げますよ。ね、ガイ」
「そうだなぁ。ステファヌスとバウデヴェインは大ッ嫌いだが、殿下方が奴らと同様とは限らないしな」
その後何故か彼らの態度が軟化して、王都に着くまでの十三日の旅路はギスギスすることもなく、最短で辿り着くことができた。
王都へ入ってからは、フェリクスの取り計らいでガイとコーバスはゲレンからの使者として扱われた。
フェリクスから王宮内に部屋を用意すると言われたが丁重に断り、王都の宿屋で部屋を借りる。王宮に入り込む機会と身の危険を天秤にかけ、判断した結果だった。
「王宮内は魔窟だ。捕らわれたら出られなくなるぞ」
ガイの言葉に、コーバスはわざとらしく身を震わせて笑う。
「王都自体も結構危険だよね。見張りの目がたくさ~ん」
「お前ならすり抜けるのは余裕だろ」
「まぁね! ガイ・マウエンさんっていうデカい隠れ蓑がいてくれるから助かるよ」
「俺は明日、王都の知り合いのところへ行ってくる」
「俺は王都観光でもしようかな。フェリクス殿下からの接触があるまで、ゲレンには帰れないしね」
一室を二人で借りて、その日は久しぶりに湯を浴びベッドで眠った。
フェリクスは王宮でアズサから出された条件をクリアするために奔走するが、護衛として同行していたコーバスとガイには特にやることはない。
道中フェリクスと近衛騎士のロブレヒトとは親交を深め、可能な範囲で情報も引き出せていた。だから王宮に入り込む必要はないのだ。
アズサからも、危険は犯すなと言われている。
「あの見張りってさ、フェリクス殿下じゃないよね?」
朝が来て、宿の一階にある食堂でコーバスはガイに確認した。
「あいつらは、バウデヴェインの手の者だ。下手すりゃさらりと殺されるから気を付けろよ」
「うわっ、こわ!」
朝食を終えると二人は宿を出る。とりあえず三日分の前金を払っているため、盗まれてもそれほど痛手にならない大きな荷物は部屋へ置いたままだ。
宿の前でガイと別れたコーバスが向かったのは、宣言通り王都観光だった。
王宮からほど近い宿をとったのは、フェリクスからの連絡を待つのに便利なため。王宮のそばであるという立地から、宿の周辺には高級店が立ち並んでいた。
コーバスは臆することなく、一つの店へと入る。店員と会話をして買い物を済ませ、店を後にする。高級店だけあって、宿の場所を告げれば荷物は届けておいてくれるらしい。
市場調査を兼ねたこの行動を、コーバスはいくつかの店で繰り返した。
買い物を終えたコーバスが次に向かったのは、カフェだ。
観光で来たのだと告げれば、カフェの店員はおすすめの観光地を教えてくれた。紅茶とケーキを楽しんでから店を出る。
見張りは付かず離れず、コーバスを見張っていた。わざと気付かせているのは牽制のためだろうか。
「おー! 流石王都だなぁ。ゲレンが四つ……いや、五つくらいまるっと入っちゃいそうだ!」
観光用の箱車に乗り込みコーバスが辿り着いたのは、カフェの店員から勧められた、王都が一望できるという高台にある公園。
途中で買った地図を見ながら、街の位置関係を把握する。
「次はどこに行こうかなぁ」
うきうきとした口調で独り言をこぼし、背後を通った学生の集団に素早く紛れ込んで見張りを撒いた。
階段をショートカットしながら進み、路地へするりと入る。着ていた上着は脱いで、その辺のゴミ箱へと突っ込んだ。
日が暮れる前に、存分に観光を楽しんだ田舎者感丸出しでコーバスは宿へ帰った。高級店で買った物は宿の受付に届いていて、荷物を受け取ってから部屋へ向かう。
ドアに仕掛けておいた「アズサ考案セロハンテープ」を確認して、部屋への侵入が無かったことを知る。
鍵を開けて室内に入ると同時、自然な動作でセロハンテープは剥がしておいた。
窓や荷物も確認してから、風呂に湯を張った。王都で王宮のそばにあるからこその風呂付き宿、最高だ。
コーバスが風呂から出ると、ガイが戻っていた。
「お帰り~。ガイは何か収穫あった?」
「古い友人に何人か会ってきたが、王都でのバウデヴェインの評判は可もなく不可もなく。レイナウト王太子には期待しているといった感じだな」
「ガイって平民の中でも上流の家の出だよね?」
返ってきた首肯に、コーバスは笑みを向ける。
「貧民街ではね、前王と現王共に最悪。王太子はかなりの人気者。王妃は良い人みたいだよ」
エフデンの王都には、貴族街、下町、貧民街が存在していて、二人が泊まっている宿は貴族街に位置している。下町が平民の住む街で、王都の中で占める割合は一番広い。
貧民街は、終戦直後から縮小傾向にある。
「ステファヌスは狂人で、バウデヴェインはエフデンを憎んでるんだってさ」
「エフデンを憎む? どういうことだ?」
「狂人を放置した上に、民を思って動こうとする王妃を阻害しているのがバウデヴェインらしいよ。ガイは、明日はどうするの?」
「どう動けばお前に都合が良い?」
「そうだなぁ」
コーバスの笑みは、どこまでも無邪気だ。
「騎士団の中に、知り合いってまだいる?」
「テオがいたんだ。残ってる奴もいるだろう」
「明日と明後日で、騎士団の知り合いにたくさん会ってくれないかな? まるで、不穏なことを企んでるって疑われるように。あ、実際はただの世間話とかで良いよ。元気~? って感じで」
「わかった」
吐息と共に了承して、ガイは苦笑を浮かべた。
「お前もあんま自分を過信して無茶すんなよ、ガキンチョ」
「もう立派な大人だよ!」
見張りの目を誤魔化しながら王都の中をコーバスが動き回り、ギルドに有益な情報を集めて回って――三日が経った。
フェリクスからの報せはまだない。
2
王城の自室で、戻ってから四日目の朝をフェリクスは迎えた。
ベッドの上で起き上がり、深いため息を漏らす。
洗面所で顔を洗い、人の手を借りることなく自分で着替えた。
扉を叩く音が聞こえ、入室を許可すると朝食が運び込まれる。一人の侍従が窓辺のテーブルへ朝食の用意を整え、フェリクスは椅子に座った。
「大丈夫ですかねぇ、ここ。王族の食事に簡単に毒盛れちゃいますよ」
不穏な言葉を吐いたのは侍従で、声には聞き覚えがある。
「コーバス! どうやって入り込んだのだ!」
フェリクスの向かい側の椅子を引いて座り、コーバスは自分が並べた皿からパンを一つ取って噛り付く。
「ヘルディナ様が突如料理に目覚めたらしく、ダニエル先輩に差し入れしてくださったんですが……お腹を壊してしまって。他の方々もお裾分けをもらったからか、僕以外全滅なんです。あ、ヘルディナ様の名誉のためにも内密にしてもらえますか?……って感じで、入口を封鎖してる騎士に通してもらいました」
「何故城の侍従の恋愛事情に詳しい。……毒を盛ったのか?」
「小一時間ほどトイレとお友達になるだけで死にはしませんよ。ヘルディナさんには申し訳ないですが、貴族なんだから料理ができなくとも生きられますよね~」
「城にはどうやって入った」
「企業秘密です。それより殿下、何呑気に軟禁状態で朝ごはん食べてるんですか。交渉失敗なら俺らはゲレンへ帰って、フィロメナ殿下を王都へ強制送還しますよ」
パクパクパクパク、コーバスは食事を進めている。朝食を全て取られてしまいそうなことに気付き、フェリクスもパンを手に取った。
「待ってくれ。今は父上が議会と協議中なのだ」
「ゲレンの自治都市化、話し合いは難航中みたいですね」
「何故知っている」
「フェリクス殿下が、フィロメナ殿下をゲレンに置いてきた罰で閉じ込められているのも知ってますよ」
「何故だ!」
「陛下は大変ご立腹だったとか」
「コーバスはこの三日、どこで何をしていたんだ?」
「昨日の夕方までは王都を観光して、今日の明け方からは城の中で、色々聞いちゃいました」
「ガイは、どうしている」
「王様のわんちゃんたちを引きつけてもらっています」
「わんちゃん……」
「ずーっと張り付いてきて、邪魔くさいです。どうにかしてください」
「どうにかできるなら閉じ込められてなどいない。それにあいつらは、犬のように可愛いものではないぞ」
「そのようですね。――城のご飯より俺の作るご飯のがうまくないですか?」
「料理長に殺されるぞ」
はははっ、と明るく笑いながらコーバスは立ち上がる。
「俺らが待つのは構わないですが、お兄さんは大丈夫ですか?」
コーバスの言葉に、フェリクスは顔を歪めた。
「医者も見たことのない症状なのだ。今後どうなるのか、見当も付かない」
「どういう呪いなんですか? 流石に王太子に関しての詳細は聞こえてこなかったんですよねぇ」
手にしていたパンと、コーバスが残した食事を無言で完食してから、フェリクスは口を開く。
「兄上の部屋には忍び込めないのか? 俺も、兄上がどうされているのか知りたいのだが」
「罰を受けているフェリクス殿下よりも厳重に守られていますよ」
「やはり無理か」
「まぁ、やってみます。不審者だと思われないよう、俺がフェリクス殿下の手の者だとお兄さんに信じてもらえるような何かをください」
「少し、待っていろ」
「急いでくださいね。見張りの騎士が覗きに来ちゃうんで」
第二王子フェリクスからの手紙と金銭的な価値は無さそうな鈴を、コーバスは手に入れた。どうやら鈴は、兄弟の思い出の品らしい。
「また来まーす」
「貴方たちに何かあれば、魔女もギルドのマスターも恐ろしい。重々、気を付けるように」
「下手すれば国が潰れるかもですねぇ」
「やめてくれ!」
コーバスは手早く食器を片付け、フェリクスの部屋を後にする。
調理場の担当者へ食器を渡してから何食わぬ顔でその場を離れ、物陰で手早く服を変えた。侍従用の服は、擦れ違いざまにメイドが手にしていた洗濯物の籠へと紛れ込ませる。
事前に手に入れていた騎士の上着を身に着け、フェリクスから聞いた王太子の私室を目指して廊下を進んだ。
※
「王太子は、あーこりゃ呪いっぽいわぁ……って感じだったよ。でも、死にそうではなかったかな」
風呂と着替えを終えたコーバスが、ヘイスのパン屋で買ってきたパンを食べながら話す。応接室にはロブレヒトもいたが、王女の前で食事はできないからと入口の近くで控えている。
テオドルスとディーデリックは、近頃では平気でフィロメナと共に食事をするのだが、本来騎士の姿としてはこちらが正解なのだろう。
「白目が真っ黒で、角膜が真っ赤だったなぁ。あとなんか、左手が赤い宝石みたいになってた。砕けたりしないのか聞いてみたら、鈍器になるぐらい硬いって」
一つ目のパンを完食したコーバスは、冷めたお茶を一息で飲み干した。もう一つパンを手に取り、立ち上がる。
やっぱりパンはヘイスさんのが一番うまいや、と言いながらロブレヒトの前に辿り着くと、おもむろに彼の鼻をつまみ微かに開いた口へパンを突っ込んだ。
「あ、風邪は治ったって。でも人前に出られる状態じゃないから、部屋に籠もって執務をしてるって言ってた」
コーバスにパンを口に突っ込まれたロブレヒトは、フィロメナから気にせず食べるよう言われて大人しくパンを食べ始めた。最初の一口で驚いた表情を浮かべていたから、パンを気に入ったようだ。突然パンを口に突っ込まれたのとは、別種の驚きの表情だった。
「フェリクス殿下に王太子は意外と元気そうでしたって報告して、とりあえずまた二日、色々しながら待って」
自分用にもう一つパンを手に取り、噛り付く。
食事をしながら話すコーバスに、誰も何も言わない。ブラムですら何も言わないということは、これが彼の標準なのだろうと、フィロメナと騎士二人と勇一は思った。
同席しているものの、勇一にはコーバスの話の内容はさっぱりわからない。あとでクルトに教えてもらうつもりだ。
「ロブが宿まで報せに来たんだ。フェリクス殿下の謹慎が明けたって。ゲレンへ向かうって言うから宿を引き払って城に向かったら、ガイが捕まっちゃった」
「……申し訳ないことをした。フェリクス殿下も私も、陛下がそのようなことをなさるとは思いもせず」
ロブレヒトへパンをもう一つ投げ渡しながら、コーバスは笑う。
「俺とガイにとっては予想の範囲内だったから大丈夫だよー。んで、王様が魔女に用があるから俺が長男連れて行くぜーって言いだして、可愛い末っ子の無事が確認できるまでこいつは預かった! ってガイは捕らわれのお姫様になったわけ」
「それで、よくコーバスとロブレヒトさんは先行が許されたね?」
「うん。なんか王様は相当魔女が怖いみたいで、先にお知らせしてきてくださいって逆にお願いされたんだよね」
「あー、逆にねー」
話の内容のわりには気の抜けたコーバスとアズサのやり取りに、フィロメナが呆れを顔に乗せた。
「それで、お父様は魔女の道具は持ってくるのよね?」
「その辺は大丈夫ですよ、確認してから出てきたんで。ギルドが提示した条件についても可決されてた! イェー」
フェナとアズサが拍手をして、コーバスは気分良さそうに胸を張る。
「報告は以上か?」
窓辺で腕を組み、窓の桟に浅く腰掛けていたブラムが体を起こして腕を解いた。コーバスが笑顔で頷くのを確認してから、短い息を吐き出す。
「王太子とフェリクス殿下であれば屋敷に滞在させるつもりだったが、国王だとそうもいかない。別に滞在先を用意するか?」
「面倒だねぇ」
「本当にな」
アズサとブラムのため息で、報告会は幕を閉じたのだった。
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