第30話 宮坂勇一、日本人です3

 ゲレンで生活を保障してもらう代わりに勇一へ与えられた仕事は、商品開発だ。

 午前中はアズサやフィロメナと共に孤児院で子どもたちに音楽を教え、お昼を挟んだ午後は、ブラムと共に新しい商品を考案する。

 使える日本の知識にはアズサが作ったルールがあって、銃のような、人を傷付ける知識は紙に書くことすら許されない。また、環境に影響を与える恐れのある知識についても不採用となる。


 ゲレンでの生活で一番驚いたのは、電気が存在したことだ。アズサの知識のおかげか、ゲレンは他の街に比べて文明の水準が高い。

 スマートフォンの充電ができて画面がついた時には、思わず泣いてしまった。

 電波が通じずインターネットは使用できないが、端末に保存してあった音楽を再生したり、勇一が撮り溜めていた写真を見たりするのに使っている。

 電源がついた初日は大騒ぎだった。

 いつもクールなブラムが興味津々の様子で横から画面を覗き込んできて、ヨスには端末を奪われそうになった。フェナに怒られたことですぐに勇一の手元に戻されたが、正直、壊されなくてほっとした。


 電気は存在しても、まだ実験段階。太陽光と水力で発電していて、全家庭に供給して使い放題にできるほど発電量は多くないらしい。だから、ゲレンの夜もランタンを持って歩く。夜の部屋を照らす灯りは、蝋燭ロウソクを使っていた。

 太陽光パネルを全家庭へ設置するという案もあるようだが、電気に頼った生活をしているわけではないため、現在は後回しにされているとのことだ。

 その話を聞いた時、ギルドはどれだけお金持ちなんだと勇一は思ったが、口には出さなかった。ギルドの職員たちがまとっている揃いのケープや受付担当者の制服、自警団の制服に、馬車や建物。それらを見ただけでも察することはできる。


 電気の存在についてはフィロメナと騎士への口外は禁じられていて、スマートフォンも厳重に管理するよう、アズサとブラムからきつく言われている。

 万が一バレたらどうなるのか聞いてみて、無言でクルトが剣に触れたのを見た時にはあまりの恐ろしさに吐きそうになった。基本は優しい人たちだが、敵対すればためらわずに殺されるのかもしれない。

 普段彼らに恐怖を感じずに過ごせるのは、屋敷での彼らが勇一と歳の近い普通の若者らしい姿を見せてくれるからなのだろう。


『電気があるなら、冷蔵庫とかエアコンは作らないんですか? 便利ですよね』


 午後の時間を共に過ごすようになったブラムへ聞いてみたが、首を横に振られてしまった。


『一度検討はしたが、作ることはやめたんだ。急激に文明を発展させる必要はない。あまりにも便利な物を作り過ぎれば、ゲレンもアズサも危険にさらされる可能性が高まる』


 冷蔵庫やエアコンはあれば便利だが、無くても困らないのだとブラムは言っていた。

 冷蔵庫がなくとも野菜は保管できるし、それぞれの家庭に畑があるため新鮮な野菜も手に入る。

 豚肉はベーコンやソーセージに加工していて、牛には乳を分けて貰うが肉は基本食べない。鶏は卵を分けてもらうための存在だ。

 農場と牧場を守る目的の狩りが定期的に行われて、獣の肉は新鮮なうちに捌いて調理して、街の人々に振る舞われる。鳥獣の乱獲はゲレンでは禁止しているため、この時に食べる獣の肉と豚肉と川魚が、ゲレンの人々が口にする動物性タンパク源だ。

 川で魚を採ることは禁じられていない為、ゲレンの家庭には魚と野菜が並ぶことが多いのだと、ブラムから教えてもらった。

 車や汽車はないらしい。

 勇一も乗った、小型の恐竜が引く馬車がかなりのスピードが出て長距離移動も可能なため、必要性を感じないとのことだった。


『あの動物って、なんていう名前なんですか?』

『ミウスだ。アズサはウマと呼ぶがな』

『でも、商売で食品を運ぶのなら、保冷車みたいな物は必要じゃないですか?』

『それはアズサとも相談したが、日持ちのしない食品はその内販売数を減少させる予定だ』

『どうしてですか?』

『口コミが広がったことを確認できたら、遠くの人間は自分でゲレンへ足を運ぶことによって食べられるという流れに持って行く。外からの人間に、ゲレンで金を落としてもらいたいと考えている』

『観光業も始めるんですね』

『まだ、もうしばらく先の話にはなるがな』


 勇一が考えつくものは既にアズサが提案して検討が済んだものばかり。

 それなら何が役に立てるだろうと考えて、食品以外にしようと思い付いた。

 ブラムに相談したらその案は採用され、現在専門の技術者によって開発が進められているところだ。


『ユウイチ。今日、完成するようだ』


 朝食の後でブラムに声を掛けられて、勇一の顔が輝いた。

 クルトとアズサも作っている物は把握していて、午後一で一緒に見に行くことになる。


 午前中の予定を終わらせて、常連となったパン屋でコロッケパンを買って食べる。

 アズサの許可が下りてフィロメナも同席することとなり、孤児院から共に、ギルド本部に併設された自警団の訓練場へと向かった。


「ユウイチの考案した、スケートボードという道具の試作品です」


 アズサの言葉に、フィロメナが首を傾げる。どうやって使うのかという質問には、勇一が実践で答えた。


『あ、いい感じです。この車輪、正解ですね!』


 舗装されていない運動場を、勇一がスムーズに滑って行く様を開発部の職員と共にアズサたちが拍手しながら見学した。

 乗り慣れていない人間でも使えるのかについては、まずクルトが挑戦することとなった。

 簡単にレクチャーしただけで勇一よりも上手く乗りこなしてしまった彼は、運動神経がかなり良いのだろう。クルトの次はディーデリックが試し、彼も勇一より上手かった。

 少しだけ、悲しいなと勇一は思ってしまったが、騎士や護衛の青年と競っても一般人の自分が勝てるわけがないと、すぐに気を取り直した。


「私もやってみたい!」

「やめろ。絶対に怪我をする」

「そうかなぁ? きっとできるよ! 心配ならそばにいてね、クルト」

「仕方ないな」


 アズサも挑戦することとなり、危なっかしく揺れながら進んで行く。最終的に転びそうになったが、すぐそばで待機していたクルトが受け止めたおかげで怪我はしなかった。


「わたくしもやりたいわ!」


 フィロメナも顔を輝かせたが、テオドルスからの許可が下りず、残念ながらチャレンジさせてもらえなかった。

 訓練場に笑い声が響く中、建物の方から人影が二つ、駆け寄ってくるのに気付く。勇一も見覚えのある人物だ。


「ねぇちょっと! 俺めちゃくちゃ頑張って帰ってきたのに何この和やかな雰囲気! すっごい楽しそうで羨ましい!」

「コーバスお帰り~。ガイは?」

「待って待って待って、何十日ぶりの再会だと思ってるの? もっと俺を労って!」


 コーバスの後ろには、フェリクスと共に王都へ戻った近衛騎士がいた。彼らの他に人影は見当たらない。

 勇一は言葉がわからないため、黙って成り行きを見守ることにした。


「お帰り、コーバス。ガイはどうした?」

「ブラムまで!」

「お帰り、コーバス。王都はどうだった?」

「何なのクルト。俺が王都に観光にでも言ったと思ってるわけ?」


 ギルド側が遊び半分で仲間を出迎える横では、コーバスと共に現れた近衛騎士がフィロメナの前で跪く。

 アズサが素早くブラムと視線を交わしたのを、勇一は目撃した。


「よく戻ったわね、ロブレヒト。フェリクスお兄様はどうしたの?」

「フェリクス殿下のご命令で、状況をお伝えするため、コーバス殿と共に急ぎこちらへ参りました」

「何があったの?」

「フィー、待ってください。話を聞くなら場所を移しましょう」


 アズサに声を掛けられ、フィロメナは素直に頷く。王女に対する呼び方にロブレヒトが眉をひそめたが、賢明にも口を噤んでいた。


『勇一は、ブラムと共にこちらの仕事を終わらせてから来てください』

『わ、わかりました!』

『スケートボード、面白い物を考案してくれてありがとうございます。販売戦略の会議にも参加してもらえたら嬉しいです』


 柔らかな微笑を残し、アズサはギルド本部へ向かって歩きだした。そのすぐ後ろにはクルトと、旅装を解いていないコーバスが続く。

 フィロメナも騎士たちを連れてアズサを追い、残された勇一は、ごくりと唾を飲み込んだ。

 ようやく待ちわびた時がきたという期待で、心臓がうるさかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る