第17話 どうも、私が魔女の愛し子です

 はしごを登って書庫へ辿り着くと、地下への入口の施錠と隠蔽作業を終えたクルトが当然のようにアズサの体を抱き上げた。ガイも平然と受け入れているが、抱き上げられた本人は顔を真っ赤にして暴れだす。


「ちょ、なんでっ」


 背中と膝裏に回された手の感触、体の側面には、たくましい筋肉が服越しに触れている。手を繋ぐことはよくあるが、こんなに体が密着することなど、滅多にない。先ほどは半覚醒でぼんやりした状態だったが、今はしっかり起きている。

 恋い慕う相手の腕の中、アズサは脳みそが沸騰しそうなほどに顔を赤くしていた。


「さっきまで意識が無かったんだ。途中で倒れたら危ないだろう」

「大丈夫だよ! 私、元気!」

「ダメだ」

「嬢ちゃん。クルトが嫌なら俺が抱っこするぞ~」

「ガイの方がいい!」

「なんでだよ!」


 ガイの方へ手を伸ばすも、クルトによって阻止される。

 夜とはいえ、こんな状態で街中を歩くなど、正気の沙汰とは思えない。


「こんな状態で行ったらきっと、ブラムがもっと怒るよ!」

「いや、むしろ事情を聞いたら歩かせたことを怒ると思うぜ?」


 ガイの主張にクルトも同意して、そのまま足を踏み出されてしまえばそれ以上抵抗することもできず……本心で言えば、クルトに密着した状態はとても嬉しいため、アズサは抵抗をやめて大人しくすることを選んだ。


 ガイにもクルトにも自分で歩くことを許されず、クルトに横抱きにされた状態でギルド本部の裏口へ辿り着いたアズサを、ブラムが待ち構えていた。


「その状態も含め、説明しろ。地下から戻ったフェリクス王子が、顔に傷のある娘を待つと言ったんだが、どういうことだ?」

「王子たちはどこにいるの?」

「二階の応接室だ。リュドとヨスが付いている」


 まずはブラムに、魔女の館で起こったことを話すべきだろう。声を落とし、アズサは説明する。


「クルトが幽霊の話、したでしょう?」


 潜められた声を聞き取ろうと、ブラムはクルトに抱かれたままのアズサへ耳を近付けた。


「その人に私、乗っ取られたみたい。それでその人は、何かをエフデンの王族から返してもらいたいみたいなの」

「それで、どうして顔に傷のある娘の話になる」

「私がニホン語を話せるからだと思う。ニホン人、置いて行ってもらうことになったみたいで、その人――ラドバウトさんって言うんだけど、ラドバウトさんが、ニホン語の通訳は私ができるって言ったんだって」

「先ほどから、何故他人事みたいに話すんだ?」

「私には、乗っ取られてる間の記憶がないの。全部ガイとクルトに教えてもらったから」

「体は大丈夫なのか?」


 アズサは大丈夫だと答えようとしたのだが、クルトが会話に割って入る。


「ラドバウトから体を返された後、しばらく意識がなかったんだ。念の為、明日の朝フランクの所へ連れて行く」

「だからクルトに抱かえられているのか。ニホン人は、どうするつもりだ?」

「んー……とりあえず、話してみたい。結局私、何も話せてないんだよね」


 ニホン語で話す許可をブラムから得て、四人で二階へ上がる。

 魔女とアズサが同一人物だと結びつかないようにするため、ガイとクルトは執務室で待機することになった。執務室の奥――アズサ用の小部屋には覗き窓があり、応接室の話をこっそり盗み聞きできるようになっているのだ。


 クルトの腕から下ろしてもらい、自分の足で立ったアズサはブラムと共に応接室へと向かった。

 ブラムが扉を叩いてから、応接室の扉を開ける。

 一斉にアズサの顔に視線が集まったが、注目されることには慣れている。動じることなく入室したアズサに、フェリクスが声を掛けた。


「貴女が魔女の娘――愛し子か」


 アズサは、何と答えるべきか少し迷う。


「私は魔女の娘ではないです。両親は普通の人間でした」

「ならば何故、魔女は貴女を指名したのだ」

「私が、異世界の言葉を話せるからです。えーっと、そこの彼でしょうか?」


 アズサは、フィロメナの隣で居心地悪そうにしている少年へ視線を注ぐ。視線が合うと、アズサはにっこり、微笑んだ。


『こんばんは、私はアズサといいます。あなたは誰ですか?』


 ニホン語で話し掛ければ、王族一行がざわついた。フィロメナは、ぽかんと口を開けている。少年もだ。


『あれ? 私のニホン語、間違ってるのかな? おーい! あなたのお名前は?』


 唐突に少年が立ち上がり、アズサのもとへ駆け寄った。

 一歩前に踏み出したブラムが、アズサを背中へ隠す。

 一瞬たじろいだものの興奮が勝ったようで、少年はブラム越しにアズサへ話し掛けた。


『あの、俺、宮坂勇一です。どうして? 今まで誰にも日本語は通じなかったのに』


 アズサはブラムの背中から顔を覗かせ、答える。


『なんて言うんだろう? 輪廻転生、みたいなものなのかな? よくわからないけど、私はニホンを知ってます。ここは、エフデン。地球とは別の世界です』


 退いて欲しくてブラムの背中へ両手を添えたが、ブラムはアズサと少年の間から動く気はないようだ。仕方なく、そのまま会話する。


『やっぱり! やっぱりそうですよね? みんなヨーロッパ系の顔立ちなのに、言語は英語でもフランス語でもスペイン、ドイツ……あぁもうとにかく、全部違うっぽくて。俺、あそこのお姫様に召喚されたみたいなんですけど、言葉は通じないし何が何だか……。この世界、魔王とかいるんですか? 俺、戦わされたりするんでしょうか?』

『まおう? ……あぁ。魔王は、勇者の敵ですね? えっと、魔王はいないです。魔法も一般的ではないです。戦うのもないと思います。戦争は、終わりましたから』

『よかったぁぁぁ! 俺、バイト帰りだったんですよ。そしたら突然、魔法陣みたいのが足元に出てきて。実際起こるとパニクるもんですね。お姫様可愛いけど言葉は通じないし、なんか王子っぽいのが病気になって、城から連れ出されてここまで来て……さっきなんて目隠しされてトロッコっぽいのに乗せられて、なんかすっごいエロい女の人に会って』

『エロい……』

『あ、女性相手にすみません』


 突然、宮坂勇一の腕が後ろから、ぐいっと引っ張られた。


「ねぇちょっと! 言葉が通じたのでしょう? 何と言っているの? ちゃんと通訳してちょうだい!」


 怒鳴られた。

 王女としての品位が足りないのではないかと、アズサは心の中で感想を漏らす。

 ブラムの背中から足を踏み出して、アズサは先ほどの会話を要約した。


「唐突にこちらの世界へ呼び出されたことに、彼は混乱しているようです。何故自分が呼ばれたのかを知りたいと申しております」

「あら、長く話していたわりに随分短いのね? まぁいいわ。わたくし、理想の結婚相手を呼び出したの」


 チラとフェリクスへ視線をやれば、頭を抱えている。どうやら事実のようだ。


「フィロメナ殿下にとって、彼が理想なのですか?」

「えぇ。今のところ容姿だけしかわからないけれど、見た目は合格ね」

「何故、そのようなことを?」

「お父様への腹いせよ! だって、わたくしの名前フィロメナというのよ? いくらお父様とお祖父様の大切な人だったからって、悲劇の姫と同じ名前なんてひどいと思わない? それに、恋は悲劇を生むからという理由で政略結婚をしろと強制するのだもの。わたくしだって、恋がしたいのに!」

「なるほどですね~」


 アズサの返答にカチンときたのか、フィロメナがムッとした顔をしたが、気にしない。続いてアズサは、ソファに座ったままでいるフェリクスへ視線を向けた。


「フェリクス王子殿下、お聞きしたいことがございます」

「許そう」

「レイナウト王太子殿下のご病気についてですが」


 こちらはフィロメナと違い、眉一つ動かさない。


「知りたいのは、治療法ですか? それとも、証拠を残さず殺す方法でしょうか?」

「……治療に決まっている」

「フィロメナ殿下がわざと呪いを掛けたわけではないのですか?」

「貴女、ひどい人ね! わたくしはそんなことはしないわ!」「おまえはだま」「レイナウトお兄様がお風邪をめされて、治して差し上げたくて秘術を使ったのに失敗しただけだもの! ユーイチを呼び出せたのだから、上手くいくと思ったのに!」


 途中フェリクスが妹の暴走を止めようとしたが、彼女は止まらず最期まで言いきった。

 フェリクスはまた、頭を抱えている。


「王太子殿下は、長距離の移動に耐えられる状態でしょうか?」

「何故、そのようなことを聞く」

「魔女の持ち物を返していただくのですから、当然かと存じます」

「……なるほど。魔女の事情をよく知る貴女はやはり、魔女の愛し子なのではないか」


 重たいため息を吐き出して、フェリクスは目を瞑る。


「魔女は、兄上を治せるのか?」

「治療は魔女の専門外ですが、呪いは魔女の得意とするものでございます。魔女の持ち物をお返しいただければ、交渉に応じるつもりはあるようです」

「確約が欲しい。物を返すだけで、こちらの望みが叶わないのでは困るのだ」

「元は魔女の持ち物。盗んだのはそちらです。正統な持ち主が返還を要求しているだけでございます」


 そこまで言って、アズサは交渉を有利に進める目的の笑みを浮かべた。


「魔女との交渉に関して、ギルドとしてお力添えをする見返りに何をくださいますか?」

「……金か?」

「いえいえ。金など我々は己で稼げますので」

「ならば……この、土地か。残念ながら、私にはそれを決める権限がない」

「ですので、魔女の持ち物を取りに行くついでに権限を持つ方々と交渉してきて下さい。返答次第で、魔女への交渉は私が責任を負います。ギルドは成功報酬として、ゲレンの自治権を要求いたします」

「…………そういえば、名を、聞いていなかったな」


 優雅に微笑み、アズサは貴族の令嬢を真似たお辞儀をする。


「申し遅れました。アズサと申します。ギルドの責任者、ギルドマスターを名乗っております」


 これにはかなり驚いたようで、フェリクスの目が大きく見開かれた。


「若過ぎないか?」

「そうでしょうか? もう、二十二です」

「私と同じだな。老齢の者が運営しているのかと思っていたが……そうか。貴女が魔女の愛し子ならば、納得できる」

「レイナウト王太子殿下のご病気について、隠されていらっしゃることを暴いてしまったお詫びとして申し上げました。命の危険もあるため、普段は隠しております。私の秘密が噂で流れるようなことがあれば」

「同じことを返す、というのだな?」

「はい。あなた方にとってひどい痛手となる相手へ情報を渡します。何卒内密にお願い申しあげます」

「わかった。これは私の責任で約束しよう。貴女に何かあれば、魔女も恐ろしいのでな」

「ありがとうございます。――さて、では夜も更けました。そろそろお引き取り願えますか?」

「……このような時間に、帰れと?」

「えぇ。ゲレンに宿はございません。他のお客人がたも、それを承知で魔女を訪ねてこられます」

「せめて、フィロメナだけでもどこかに泊めてはもらえないか」

「ユウイチはもらいますが、それ以外は無理ですね」

「お前、良い性格をしているな」

「お褒めに預かり光栄でございます」

「皮肉だッ」

「はい。わかっておりますよ」


 宮坂勇一の背中を押して、アズサは部屋を出て行こうとする。


『ユウイチ。話が終わったので、寝る所に案内します』

『ありがとうございます。実はクタクタで……』


「待てアズサ! おい!」

「ちょっと! ユーイチをどこへ連れて行くのよ!」


 追ってこようとした王子と姫は、無言のリュドとヨスによって阻まれた。

 アズサはブラムと視線を交わす。それだけでやり取りを終え、自国の王族へ笑顔で手を振りながら、アズサは扉を閉めたのだった。

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