第11話 屋敷の仲間たちと新入り姉弟
ギルド所有の宿舎は四つ。
一つは、アズサを含めたギルドの中心メンバーが暮らす屋敷。屋敷の他には、自警団員用の宿舎と、非戦闘員である職員用の宿舎が男女別れて存在する。
塀で囲まれた敷地内に存在するそれらの建物は、自警団員用宿舎が他を守るような配置となっていた。
常駐の警備員へ挨拶してから鉄製の門を潜ると、幼い二人がクルトの腕の中で感嘆の声を漏らした。
「やっぱり、アズサはお姫様なのね……」
「おねぇちゃん、ここはお城なの?」
「絶対にそうよ。絵本で見たもの」
「ぼくたち、ここに住むの?」
不安げな二対の緑の瞳に見上げられ、クルトは意識して優しく、笑い掛ける。
「家が見つかるまでの間だけどな」
ミアとピムは何も言わず、そっと互いの手を握り合った。
「長い旅をして疲れたでしょう? お風呂に入りましょうか」
屋敷の扉を潜ってエントランスに立つと、アズサが振り向き微笑んだ。
クルトの腕から下ろされたミアは首を傾げ、不思議そうに、口を開く。
「お風呂は昨日、入ったよ」
「ここではね、お風呂は毎日、入れるの」
「お金……」
「ミア」
幼い少女の目線に合わせて膝を折り曲げ、アズサが小さな両手を握る。
「魔女はお金持ちだから、心配しなくても大丈夫」
「しゅっせばらい?」
「あら、面白い言葉を知っているのね」
「シモンが言ってたの。ご飯とかお洋服とかくれたけど、お金ないよって言ったらね、しゅっせばらいでいいよって」
「そうなのね。それなら、働ける年齢になったら少しずつ、恩返ししましょうね」
「十三歳になったら? それまでは、どうやってお金を稼ぐの?」
「子どもには子どものお仕事があるのよ。でも今日は、お風呂に入って、ご飯をたっぷり食べて、暖かいお布団でぐっすり眠りましょう」
「魔女って太っ腹なのね」
「そうよ」
ちょん、と小さな鼻に人差し指で触れて、アズサは立ち上がった。
向かったのは一階の奥に位置する大浴場。アズサは女風呂の方へ姉と弟を連れて行こうとしたのだが、最後尾をついて来ていたクルトがピムを抱き上げた。
「男はこっちだ」
「ぼく、おねえちゃんと離れたくないよ!」
「クルト。二人とも私が面倒見るよ」
「……服は、着たままか?」
「脱ぐに決まってるじゃない。濡れちゃうもの」
「ピムは俺が風呂に入れる」
「なぁにぃ? 子どもに嫉妬?」
アズサは笑ってからかおうとしたのだが、クルトは真顔で頷く。
「悪いか」
互いに頬を染めたアズサとクルトを見上げ、ミアが一瞬泣きそうに顔を歪めたことを、二人は見逃さなかった。
恐らく、両親を思い出したのだろう。
「大丈夫だよ、ピム。この人たちは、怖くないと思うの」
姉としての笑顔を作り、ミアは弟に言い聞かせる。
「ほんとう?」
「あぁ。約束する。いい子に風呂を頑張れたら、次は飯だ。……頑張れるか、ピム?」
「うん。ぼく、がんばる!」
クルトに肩車をされて大はしゃぎとなったピムを見送り、アズサとミアも風呂へと向かう。
まだ日が高いため浴槽に湯を張っていないが、太陽光を利用した温水器があるため、晴れの日は薪で沸かさずともお湯が使えるようになっている。たっぷりの泡で全身を綺麗に洗い、診療所からの帰り道に買った真新しい服を、ミアに着せてやる。
脱衣所の鏡の前で金髪を櫛で梳かしてやっていたら、唐突にミアがしくしく泣きだした。
「……もう大丈夫。怖いことは、おしまいよ」
年齢のわりに小さな体を抱き上げて、アズサは椅子に座り、膝の上に乗せたミアを抱き締める。
小さな両手が背中へ回り、ぎゅっと、服がつかまれた。
「まま……。ぱぱぁっ…………」
「……ママとパパは、いつからいないの?」
「シモンに会う、ずっと前。お金、払えなくて……兵隊さんにたくさん叩かれて、動かなくなっちゃったの。ミア、怖くて……ピムと一緒に隠れて、出てきたらダメって言われたから、いい子に隠れてたの」
「それから、ミアはピムを守ってきたのね?」
「う゛ん。だっで、ピムいなくなったら、ミアひとり、やだもんっ」
「頑張ったね。ミアは、とっても良い子だね」
大声を上げて泣くミアの背中を擦りながらアズサは、揺りかごのように体を揺らし続けていた。
たくさん泣いて目が厚ぼったくなってしまったミアと手を繋ぎ、アズサは食堂へ向かう。
扉を開けてすぐ、温かな香りが鼻をくすぐった。
キッチンを覗くと、火の付いた竈の前でクルトが鍋を掻き回している姿が目に入る。その足元には、ぴたりとピムが張り付いていた。
「おねえちゃん、いじわるされたの?」
ミアの目が腫れていることに気付き、慌てて駆け寄ったピムは姉を抱き締め、アズサを睨むように見上げる。
「違うよ、ピム。アズサがお母さんみたいに優しかったから、泣いちゃったの」
「おかあさん? なら、クルトはおとうさんなの?」
「……十三の時、私は十一のクルトに孕まされたということになるのね?」
「乗り気になるな。もうできるぞ。器を出してくれ」
キッチンの端に重ねてあった丸椅子を出して、四人は作業台の上で、クルトが作った具だくさんのスープを食べる。
食事のあとは食堂の隣に位置する談話室で、アズサが提案するいろんな室内遊びを楽しんだ。
日が沈むと、続々と住人たちが帰ってきた。
最初は怯えていたミアとピムだったが、屋敷の住人は皆、子供の扱いに慣れている。だが、ヨスとリュドとガイは「兵隊さんみたいで怖い」という理由でなかなか近付くことが許されない。
「リュド、お前の体がデカいから怖がられるんじゃないか?」
「いや。ヨスの目付きの悪さのせいだろ」
「俺とお前らが同列なのは納得いかなぇな。ミアちゃーん。おじちゃんはねぇ、クルトの師匠で、カァッコイイ騎士なんだよ~」
ガイの言葉にミアが反応を見せると、ヨスとリュドも自分たちは騎士だと名乗り始めた。
強面でも、ミアとしては騎士なら許せる存在らしい。
「子どもに嘘を教えるのはどうなのかしら?」
「マノンは真面目だねぇ。ずっと怖がらせて緊張状態にあるより、良いんじゃない? この子たち、ただでさえ疲れてるんだからさ」
「エリーはリニの意見に同意かなぁ」
「リニさんって、たまに良いこと言いますよね」
「ハルムってたまに一言余計」
「あいたっ」
「バカだなぁ、ハルム。リニは怒ると怖いんだぜぇ?」
「イーフォもうるさい」
「いてっ。クッションを投げるな!」
皆が談話室に集まったことで、屋敷の中が賑やかになった。
仲良く会話はするが、ミアもピムも、並んでソファに座るクルトとアズサのそばから離れようとはしない。
次第にうとうと舟をこぎだして……ピムはクルトの膝の上、ミアはアズサの膝を枕にして、幼い姉弟は寝息を立て始めた。
「……知ってはいたけどさ、ターフェルも、ひどい状況なんだよなぁ」
クルトの前で屈んだイーフォが、ピムの金髪をそっと撫でながら、呟いた。
「みーんなを救えるなら、世界は平和だっつの」
「エリー。子供の前だよ」
「わかってますよー、マノン。だけど腹立つんだもん、シモンのやつ」
「でもまぁ、手を差し伸べただけ、立派なんじゃねぇの」
「ガイさんのそれは、恵まれた側の意見だから嫌いです」
「エリーちゃんがご機嫌斜めなんて、珍しいなぁ?」
「だってなんか、最近みんなアズ姉に色々押し付け過ぎなんだもん」
「だよなぁ。男なら、つかんだ手に最後まで責任持てっての。まぁシモンは、黙ってても救われた側だからわかんねぇんだろうな。こっちがどれほどの覚悟決めて、手をつかんだのかなんて」
「ヨスさんのそれは強い人の意見だから、それもエリーとしては複雑です。……エリーはね、思うんですよ。もし、エリーの妹が死んじゃう前にシモンみたいな人が現れて、ここが安全だよって教えてもらえてたら、エリーは妹と、今も一緒にいられたのかなぁって。でもやっぱり無責任だなとも感じて、もやもやするの」
マノンがエリーを抱き寄せて、リニがくしゃくしゃっと、エリーの頭を撫でる。
「何が正解っていう問題じゃ、ねぇんだよ」
クルトの前に屈んだまま、ピムの痩せこけた頬を撫でたり、背中を撫でたりしていたイーフォが呟いた。
「アズサがシモンに処分下したのはさ、俺らが組織っていう、大きなものになったからだ」
そうだろ? と視線を向けられ、アズサは無言で首肯する。
「行動には責任が伴うからさ、立場とかやり方とか諸々を考えろって話。シモンはギルドの一員としての罰則を受けることで、今回の行動の責任を取った。そんで、我らがマスターは、またこうして仲間の尻拭いってわけですよ」
困ったもんだね、と言いながら静かに笑い、イーフォはクルトの隣へ腰を下ろした。背もたれへと体重を預け、天井を仰ぐ。
「……ブラムとヨスから、始まったんだよね」
ミアの背中を一定のリズムで優しく叩いていたアズサが、静かな声を発した。
「あぁ? そうなるのか?」
ヨスは首を傾げたが、アズサは微笑み、頷く。
「俺は、フェナを連れたブラムに声を掛けられたんだよ。んで、一緒に行動するようになって、成り行きでコーバス助けてさ。アズサが来てからは、どんどん増えたな」
懐かしそうに目を細め、ヨスはリュドへと視線を向ける。
「次がお前だ。思い出したぞ。頭良いのが二人になったから、次はもう一人腕っ節が強い奴を仲間にしようってなったんだ。んで、俺が殴り合って仲間に入れた」
「俺としては、変なガキどもに付きまとわれるようになって、かなり怖かったけどな」
「リュドの次は、リニだったね」
アズサの言葉に、リニが頷く。
「懐かしいね~。私、盗みに失敗しちゃってさぁ、怖いおっさんに殴り殺されるってところをフェナちんとアズちゃんに助けられたんだよね」
「クルトとイーフォとハルムの三人組も、アズが連れてきたんじゃなかったか?」
ヨスの視線の先で、イーフォが緩い雰囲気で笑った。
「可愛い女の子に誘われたら、断れなかったよねー」
「イーフォはあの頃、『俺に触ると怪我するぜ』って感じでツンケンしてたじゃないさ」
「やめて、リニ。俺の忘れたい過去」
「……それから、マノンとエリーが増えて」
アズサの言葉を受けて、エリーがマノンの肩へ頭を乗せる。
「マノンは一緒に、お墓作ってくれたんだよね」
「私とエリーは確か、ブラムに声を掛けられたのよね。女の子二人より安全だろうって」
「なんだこいつ? って思ったよねぇ。マノンが行ってみようって言ったからついて行って、正解だったなぁ」
「ガイを連れてきたのは、クルトだよな」
ヨスが顔を向けると、ピムを抱いたクルトが頷いた。
「フランクの所で声を掛けられたんだ。強くしてやるって」
「まぁ、間違っちゃいねぇけどさ。……ガキンチョども、お前ら全員、頑張ったよな」
「今も頑張ってるよーだ」
リニの言葉で笑いが起こりそうになり、皆が慌てて自分の口を抑えた。
視線が集まる先ではミアとピムが変わらず寝息を立てていて、ほっと胸を撫で下ろす。よほど疲れているのだろう。深く眠っているようだ。
そこへブラムとフェナが帰ってきて、食堂から談話室の様子を覗いて目を丸くした。
おかえりと皆から声を掛けられ、ただいまを返したブラムとフェナは、アズサの元へと向かう。
「お疲れ。コーバスは?」
「自分で見てくると、部下を数人連れて行った」
「……大丈夫かな?」
「あいつも、いつまでも子供じゃない」
ブラムが手を伸ばし、眠る子どもたちの金髪を順番に、いたわるように撫でた。
「フランクは、何と言っていた?」
「問題ないって。栄養失調だけどね」
「飯も寝床も用意してやれる。……親は?」
「……目の前で。ターフェルの兵士だったって」
「そうか……」
「今日はここで寝るんでしょう?」
屈んでいた兄の肩へ両手を置いたフェナの質問に、アズサが頷く。
「知らない部屋で目覚めるのは、怖いだろうから」
「私も久しぶりにアズちゃんと寝ようっと。お風呂とご飯済ませてくる。お兄ちゃんも食べるでしょう?」
「食べる」
すっかり話し込んでいた住人たちも動きだし、食事や風呂へと向かう。
ハルムとエリーが談話室の床に柔らかな寝床を作り、子どもたちを並んでそこへ寝かせた。
ブラム、ガイ、リュドにイーフォは自室へ戻ったが、他の者たちは思い思いに談話室内に寝床を作り、体を横たえる。
最終的に、ミアとピムを挟んで眠るアズサとクルトを中心にして、総勢十人での雑魚寝となった。
※
夜の静かな闇の中、子どものすすり泣きが聞こえる。
誰かが起き上がる気配の後で、優しい声が、呼びかけた。
「……ピム? 怖い夢を見たの?」
「っ、ままぁ……」
「しー……。大丈夫よ」
女性の柔らかな声が、子守唄を奏で始める。古くから、ゲレンの街で歌われている子守唄だ。
座った状態で幼子を抱いた影が、ゆっくり、揺れている。
「……ミアも起きちゃったのね。おいで」
もう一つ、小さな体が起き上がり、片手を伸ばす女性の影へと身を寄せた。
「ミアは、どうして泣いているの?」
「ママの、夢みた」
「それで悲しくなっちゃったのね。……お姫様のお話でも、しようか?」
「おうたがいい」
「じゃあ、お膝にごろんってしようね。ピムも、お姉ちゃんのお隣でごろんって……二人とも、いい子ね」
掛け布団を引き上げる音の後で、再び歌が始まる。
雑魚寝をしている大人たちも、耳を済ませた。
彼らはこれが聞きたかったのだ。昔も同じように、泣きぐずる幼い仲間のためにアズサが歌うのを、聞いていた。
アズサの子守唄は何種類かあって、思い付く順番で適当に歌う。ゲレンの子守唄の他に、ニホン語の歌が数種類。
歌が止まると、誰かが起き上がる微かな物音。
「寝たのか?」
「……寝たみたい」
二人が子どもたちの寝る位置を直し、再び談話室は、眠りへ落ちていった。
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