第2話 始まりのダンジョン攻略 1




とある男はとある場所で呆けていた。



格好は半袖のピチッと肌に張り付くタイプの黒のインナー、これまた黒のだぼだぼのサルエルパンツ風のズボンに身を包んでいる。

背丈は180㎝と高く顔立ちも悪くは無いのだが、目元まで伸ばした無造作ヘアーに、一切光の感じない瞳のせいで数少ない長所も全て台無しになっている。



それが、千寿 万治せんじゅ ばんじその人であった。



「なあ、ジャンヌ」


「何でしょうか、マスター」



辺りの光景に暫し呆気にとられていた万治であったが、すぐ様正気を取り戻し、隣に居る人物に話しかけた。


その人物は、艶のある綺麗なブロンドの髪を後頭部で一纏めにし、驚く程整った顔立ちをしている美しい少女であった。

しかし全身を鎧に覆われ、腰に差された長剣を携えるその姿は、凡そ少女には似つかわしくない格好をしていた。

いや、その鎧でさえジャンヌと呼ばれた少女にとっては、その美しさを際立たせる煌びやかなドレスと何ら変わりはない程の美貌の持ち主であった。


しかし、普段から表情の変化が乏しく、万治からは無表情女とも言われる彼女も、今この時ばかりは小さな口を大きく上け心底驚いた様子であった。


そんなジャンヌであったが、万治の呼び掛けに素早く反応し万治を呼称する呼び名で応えた。



「俺達は今、ダンジョンの中だよな?」


「はい、私達はダンジョンの中の筈です」



2人が呆けるのも無理はなかった。



「沼だ」


「沼ですね」



辺り一面、湿地帯であった。

湿度が高く地面にはミズコケや数種類の草が茂っており、その中心部にある大きな沼がその存在感を主張していた。



「いや、ダンジョン内は何があっても可笑しくない場所な訳だから、驚く方がどうかしてるんだが」


「でも、こんなのは初めて見ました」


「安心しろ。俺もだ」



万治はジャンヌをとある場所で所有・・してから約1年程、2人は多種多様なダンジョンを目にしていた。

そんな2人でも、ダンジョン内で湿地帯に沼などは初めてお目にかかったのだ。



「ふむ、しかし沼ときたか。ジャンヌ、何が出てくると思う?」


「故郷では沼など見た事もなかったですから、私にはさっぱりです。マスターは検討がついているのですか?」


「ああ、一応は。沼で思い付くのはそんなに多くなうおっ!?」


「きゃっ」



2人が会話をしている最中、突然地面が揺れた。



「な、何が…っ!?」


「!?ああ…やっぱりそうか」



地震にジャンヌが驚く中、万治は落ち着きを取り戻していた。


そして、その地震の原因が姿を現した。



「ヌオォォォゴォォォッ!」



「ひっ…あ、あれは」


「ナマズだ」


「ナ、ナマズ?」



沼の中からは巨大なナマズが姿を現していた。

万治はやはりといった様子で得意げに頷いている。

ナマズを知らないであろうジャンヌはその姿形を初めて目の当たりにして気持ち悪さを覚え悲鳴を上げた。



「ああ。ナマズは沼に生息し、こうやって地震を引き起こすといわれることもあってな」


「地震を…それは厄介ではありますけど、それ以上にあの見た目に嫌悪感が…」


「厄介なのはそれだけじゃ無いぞ。恐らくだが、奴はっ!?ジャンヌ、避けろ!」


「っ!?」



万治は真横へ飛びながらそう叫んだ。

その叫び声にジャンヌも素早く反応し、万治とは真逆に飛び込んだ。


その直後に、ナマズがいる方向から何かが飛んできて大きな衝撃音がした。

そして、今まで2人が居た場所の地面は抉られ、少々焼け焦げ煙が出ていた。



「やはりデンキナマズでもあったか」


「デンキナマズ?というより、知ってたなら先に言ってください」


「言おうとした所にあの電撃が来たんだよ。さて、じゃあいつも通りいくか」


「いつも通り、というと」


「勿論、俺がボコボコに焼き尽くしす!」


「…はぁ。分かりました」



ジャンヌの問い掛けに、キッパリといった様子で万治は言い切る。ドヤ顔で。

その顔に内心苛立つジャンヌであったが、いつも通り無表情で、だが心底呆れたように、ため息を吐き首を横に振る。


この深層に辿り着くまでも、多くのモンスターと戦闘をしていたが、その全てを万治が瞬殺していた。

その脳筋ぶりを思い出してしまったジャンヌが、万治に対し呆れるのは仕方の無い事である。


しかし、いつもなら脳筋だ、馬鹿だ、童貞だと万治を罵しるジャンヌが、呆れはしても何も言わず了承をするのは、この時ばかりは都合がよかったからだ。



「まぁ、私もアレはあまり相手にしたくないので」



万治がナマズの相手を自ら率先するのであれば、ナマズの見た目に嫌悪感を抱くジャンヌからすれば渡りに船であった。



「まぁ、恐らくこいつは中ボスってとこだろうけどな」


「?それってどういう」


「ヌオォォォゴ」


「おっと、悠長に話してる暇は無かったな。敵さんはもう待ってくれないってよ」



2人のまったりと会話をする場違いな雰囲気に、ナマズは痺れを切らしたように、再び雄叫びをあげ電撃を万治達に向けて飛ばす。



「マスター、脳筋の出番です」


「うるせ!まあ、任せろ」



万治は、ジャンヌの会話にさらっと混ぜる自然な罵しりに反応するも、体はナマズの方に向いておりこのままだと電撃を直撃してしまう。

しかし、万治に慌てた様子はなく、寧ろその表情は口角を吊り上げ不敵な笑みを浮かべている。

そして、ゆっくりと右手を振りかぶる。



「ふんっ!!」



この男はあろう事か、電撃に対し拳を振り抜き、風圧で消しとばした。

普通なら振り抜いた拳ごと電撃を直撃し大ダメージを負う所であるが、この男にそんな常識は通用しなかった。



「焔纏」



短く詠唱すると、万治の体は紫色の炎に包まれる。



「フンヌッ!」


「ヌオッゴッッ!!」



ナマズの体は殴られた箇所がへこみ焼け焦げており、今の一撃でかなりのダメージを受けたのが分かる。


だが、万治の攻撃はこれだけで終わらなかった。



「フンフンフンフンフンフンッッヌ!!!」



怒涛の脳筋ラッシュである。

ふんふんふんと、鼻息の荒いアホの子のようであるが、炎を纏った拳により、ナマズの身体は次第に生命を減らしていく。



そしてナマズはなす術もなく、最後には完全にその生命を失っていた。

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