第2話 ホーリーナイトマジック 後編
――12月23日
「は? 夏、時計いじったか?」
「触るわけないじゃーん。兄ちゃんの部屋の物、勝手に触るとうるさいもん!」
「なんかのドッキリ? クリスマスだからっていいぞ、そういうの。生憎だが予定があるんだわ」
「……兄ちゃん。あたし部活だからもう行くね。帰ってきたら構ってあげるからね……そんなになるほど寂しかったなんて……」
勢いよく階段を降りる音が聞こえた後に「お母さーーん! 兄ちゃんおかしくなっちゃったー!」とそう聞こえてきた。
……とりあえず、あいつは帰ってきたら分からせるか。
◆
6限が終わりホームルームまえに隣の席の友人に確認したい事があった。
「なあ、今日の授業って復習とかじゃないよな?」
「そりゃ嫌味かぁ啓? 全部新しく出てきた範囲だったぞ」
「そうだよな……悪い、変なこと聞いたわ」
どうやら今日は本当に12月23日らしい。
あれは夢だったのか? それにしても既視感が凄い。
部活動後に挨拶してくる顔ぶれ、妹の行動、授業の内容それら全部が知っている事なんてあり得るのか……?
もしあれが夢じゃないとすると……俺はもう1日この日を過ごしているわけだが。
それこそ花宮の言葉を借りれば魔法だな。
まあやる事は変わらない。明日の告白のために先ずは花宮を誘わないとな。
ホームルームが終わったら声をかけよう。
「は、花宮。話しあるんだけどさ、今1人か?」
「やあやあ最上君。1人じゃないことの方が少ない、というか皆無の私に何かようかな?」
……バカか俺は花宮が誰かといるの見た事ないだろ、もう少しマシな言葉はなかったのか。
「いやいや、嫌味とかじゃなくてだな、決まり文句といか……社交辞令というか」
「……ぷっ。嫌だなあ、気にしてないよ! 最上君は揶揄うと面白いからさー、ついね? それで話って何だろう」
俺を揶揄ってくるのは妹か花宮くらいだよ。
普段ならこんなことで慌てたりしないのに。
花宮と話すといつのまにか会話の主導権を握られてるんだよなあ。
「……はあ。まあ、いいけどさ。要件だけど明日って予定空いてるか?」
「教室で誘うなんて大胆だね最上君。クリスマスイブの予定は残念ながら…………………………空いてるんだなあこれが」
「今のタメ必要だったか……? まあいいか、それじゃあ明日12時に駅前待ち合わせな。部活頑張れよ」
「うんうん。ありがとうね!」
不思議な体験だったけど、お陰で考える時間は増えたから悪くないか。
今日も寝る前に明日の確認だけはしっかりとしておこう。
◆
「……ん! ……ちゃん! 兄ちゃん起きろーーー!!!」
「……夏。」
時計を確認すると時刻は6時。
日付は――12月23日。
なるほどな、これはもしかしなくてもあれだな。
ループしてるわ俺。
目の前の妹を布団で簀巻きにしながら状況確認する。
「兄ちゃん!? なにすんのー! ちょっとー!」
昨日の様子を見るに俺以外に覚えてそうなやつはいなそうだ。
基本的には同じ行動を取り、俺が違う行動をすれば会話や行動も変化する。
そして、夜の12時を境にまたループする……といったところか。
となると原因はなんだ?
◆
あれから3度ほどループしたが、原因は全くの不明だ。
唐突に解けても困るから、花宮を誘う事だけは欠かさずに行なっている。
今は4度目の朝だ。時刻は5時45分。
もう少ししたら妹が起こしに来るはず。
寝ないで過ごせば抜けられるのか試してみたが、日付が変わる瞬間に意識を失ってしまった。
期待はしてなかったけどな。
◆
7度目の放課後、今日は美術部の部室に行こうと思う。
花宮の部活中に行っても反応は期待できないが、何かに没頭している姿を見るのは意外と悪くない。
それに最近行ってなかったから、花宮の絵を描いているところは久しぶりに見るな。
「あれれ? 最上君じゃない。どうしたのさ」
「久しぶりに花宮の絵を描く姿を見ようかと思ってな」
「なるほどねー。それはごめんだなあ。実は最近絵を描いてないんだよねえ」
「珍しいな。スランプか? 花宮が手を止めてるなんて」
「……うん。描きたい題材は決まってるんだけどね。頭の中で動かないの。まだ足りないんだー」
凡人の俺には花宮の頭の中を理解するなんて到底できん。
何か出来ることといえば話を聞くことくらいだろう。
「俺には良く分からんが、手伝えることがあるなら言ってくれ」
「そうだなあ、それじゃあ今日は一緒に帰ろうか?」
「今からか? 部活はいいのか? 花宮がいいなら俺は構わないが……」
「どうせ描かないしいいの! ささっと片付けしちゃうねー」
「分かった。俺も話したい事があるしな」
この時間に帰るのは初めてだな。
花宮の行動はいつも予想できないからこういう変化もあるか……。
歩き慣れた通学路に花宮と2人きり。
中途半端な時間だからか周りに他の生徒はいないみたいだな。
あの時とは違って桜は咲いていない。
12月だから当たり前だが。
「ねー最上君。入学式の日の事覚えてる?」
「覚えてるよ。忘れる方が難しいと思うぞ。今まで見た中で1番のバカがいると思ったからなあの時は」
バカと天才は紙一重と言うが花宮はまさにそれを体現している。
まあ俺が忘れられない理由はもう一つの方だけど。
「言うねー最上君! でも……魔法は起きたでしょ?」
「確かに奇跡的なタイミングだったな。それまで風なんて1ミリも吹いて無かったから正直驚いた」
「それが良いんだよ。ありえない事が起きる。それを絵にするのが私なの」
花宮の絵に対する決まりみたいなものか。
「あの日もそうだったってことか」
「そうなんだよ! それで私の今描きたい絵のタイトルは決まってるんだ。タイトルは――『雪と告白』」
「……時期的にも合ってるんじゃないか」
花宮の口から出てきた言葉に心臓が跳ねた。
「あの日と同じ通学路。周りに私と君以外にはいないね? 今ここで雪が降ったら最高だと思わない?」
「ああ、そんな事が起きたなら間違いなく奇跡だろうな」
残念だが雪は降らないんだけどな。
今日という日を7回過ごしたが雪が降った事はなかった。
「うんうん。私は信じてるんだ。最上君、ほら――空を見て」
「…………ありえないぞ。今日は雪が降らないはずだろ……」
「ありえなくないさ。現に雪は降ったんだから。だから私は信じてるよ? 最上君」
「……そういう事なんだな?」
「うんうん。私はいつでもOKだよ。最上君の事を待ってるからね!」
降るはずのない雪が降り視界に白が混じる。
少しずつ雪が積もり始めて周りの景色は粉砂糖で装飾された菓子のようだ。
花宮は俺の答えを待っている。
後ろ手を組んで澄んだ瞳でじっと見つめてくる。
逃げ道はもうなくなった。
それに、ここまでされて逃げるのは男じゃないな。
明日がどうとか関係ない。花宮が求めてるのは今だ。
「花宮。俺が今からお前の最後の欠片をはめてやる」
「っ! いいねいいね! 聞かせてよ!」
なんて顔してんだよ。
興奮しすぎだろ、瞳孔が開いてるぞ。
「入学式の日、バカがいると思った。そいつは高校生にもなって通学路でアホな事してたからな。こいつには羞恥心が無いのかって感じたよ。だけど結果から見ればバカは俺の方だったな。花宮がやっていた事は成功して、それを見せつける様に笑う姿にすっかり魅了されちまったんだから。周りは花宮の事を天才だなんだと言って違う枠に当てはまるよな。花宮は気にしないかも知れないが、俺には関係ある。努力する奴は好かれるべきだ。お前は物語の主人公みたいな奴だから、枠から外れない様に俺が外から支えてやる。俺は花宮葵の事が好きだから」
台本があるわけでもないのに喉の奥から言葉が勝手に出てきた。
俺は花宮の求める欠片になれただろうか。
「…………最ッッッ高。体に電気が走ったよ。告白されるってこんな感じなんだね〜。ああ、今すぐにでも絵を描きたい気分だよ! ほんと最上君は私を良く理解してるよ!」
「そりゃどうも。で、答えは聞かせてくれないのか?」
「私はさー昔から周りの視線なんてどうでも良かったんだ。友達が欲しいと思った事はあるけど、私は普通に収まるのは無理だったからさ。でも入学式の日、最上君が私の世界に迷い込んできた。あの後から君が気になってしょうがなかったなあ。思えば他人をこんなに意識したのは初めてだったよー。私にこの感情をくれてありがとう。私には最上君が必要なんだよ。これからもよろしくね?」
全部見透かされてたな。
結局花宮に全部お膳立てされてしまったが、俺の告白はどうやら成功したらしい。
女子に仕向けられて告白するというのは男子としてどうなんだと思わなくはない。
まあその相手が花宮ならしょうがないかなと割り切れてしまうな。
それに……この顔を見たらそんなのどうだって良くなる。
ああ――本当にいい笑顔だよ……。
「ところで、俺達は晴れて恋人同士になったわけなんだが、明日はクリスマスイブっていう今の俺達に打って付けのイベントがあるんだけどな」
「うんうん。いいねいいね〜! 初デート、しようか?」
「そうか。それじゃあ待ち合わせは――」
「12時に駅前集合……でしょ?」
「っ! 花宮やっぱりお前も覚えてたんだろ!」
「なんのことー? ほら早く帰らないと風邪ひいちゃうよ〜」
もしこの世界に主人公がいるとしたらそれは間違いなく花宮葵だろう。
この先、主人公の恋人役が俺に務まるのか分からないが、花宮がそう望んでくれている間は期待に応えられる様に頑張ろう。
「んん……」
時計を確認すると時刻は8時。
日付は――12月24日。
これでクリスマス前夜の魔法は終わった。
花宮とのデートに備えるとしよう。
俺に告白させてくれ! SaltyL(ee) @neronero
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