俺に告白させてくれ!
SaltyL(ee)
第1話 ホーリーナイトマジック 前編
――12月24日
この日付けで連想するのは世間一般的にはクリスマスイブだろう。
1年間で最も恋人を意識する日といっても過言ではないんじゃなかろうか。
周りの友人も浮き足立ってどこに行くか計画を立てていた。
俺もその中の1人だ。
といっても俺の場合恋人ではなく恋人候補だが。
俺――最上啓は明日のクリスマスイブに花宮葵に告白をするのだ。
と、そう思っていたんだけどなぁ……。
◆
「……ん! ……ちゃん! 兄ちゃん起きろーーー!!!」
「夏……うるせぇよ……」
俺の相棒とも言える布団が夏によって奪われた。空気が直接肌に当たるからクソ寒い。俺は低血圧のせいで寝起きが悪いし、加えて無理やり起こされたせいで機嫌も悪くなった。早くそれを返せと目で訴える。
「睨まないでよー。何回も声かけたじゃん! 起きない兄ちゃんが悪い!」
「そもそもまだ6時じゃねえか……。なんで起こすんだよ」
「私さー明日のクリスマスイブ部活の友達の家泊まるんだよね! だから兄ちゃんに挨拶しとこうかなって! 会えるタイミング部活前の今しかないじゃん?」
要件はそれだけと言って夏は出て行った。マジでそれだけかよ。階段を音を立てて降りていくのが聞こえた後、「行ってきまーす!」って後ろに音符でも付いてそうな元気な声が聞こえる。
……中3にもなって忙しないやつだな。
今から寝たら遅刻するのは確実だしなぁ。しょうがないから学校に行く支度をするか。
「あれ〜? おはよう啓くん。今日は早いんだねぇ。朝ご飯今用意するから、少し待ってて〜」
「おはよう母さん。理由はさっき出て行った最上家の台風に聞いてくれ……」
「あらら〜。夏ちゃんは本当にお兄ちゃんが好きなのね〜」
ご飯が出来るまでSNSの返信するか。
グループ通知が凄いことになってる。
女子が明日の予定でマウント取り合ってるのか……どうでもいいな既読だけしとこう。
よし、全部返信したな。
ちょうど母さんが朝ご飯を運んできた。
味噌汁・白米・焼き魚になぜかオムレツ……そこは卵焼きでいいんじゃないか? 母さん。
まあ米が食えればなんでもいいか。
◆
いつもより早めに登校すると部活動をしている生徒達が朝練を終えて校舎に向かうところだった。
教室までの道すがら友人達に挨拶を交わす。
円満な学校生活は交友関係から始まるからな。
こういう細かい事も怠るのは良くない。
俺は自分のための努力を惜しまない。
学校での勉強は勿論の事、話題作りために流行の音楽やインフルエンサーのチェックも欠かさない。
肌の手入れなどの美容も最低限している。
毎朝髪のセットや服装にも気を使っている。
自分磨きには余念がない。
そのおかげか学校での友人関係は広い方だし、女子からの受けもかなりいい方だと思う。
なぜなら、こういったイベント前になると女子からのアプローチが露骨に増えるからな。
現に教室に入った今もチラチラ視線を向けてくる子がいる。それに気付かないほど鈍感でもない。
ナルシスト? いや、違うな。俺は努力をしているのだから当然だろう。
言い訳をして努力をしない奴より、行動をした奴が好かれるのは当たり前のことだ。
そんな俺でも上手くいかないことがある。
それは――恋愛事だ。
窓際の一番後ろの席に座る彼女――花宮葵のことになると、今までの努力は全て意味を成さなかった。
きっかけは去年、入学式の日。
放課後に桜並木の通学路で女の子が1人で何かをしていたんだ。
遠目だと分かるのは腕や体を動かして何かをしている事くらい。
俺はその子の後ろ側から歩いてきたから近くに行くまで気付かれなかったんだろうな。
周りの存在に気付かずにその子は何をしていたのか……それは――高校生にもなって、「……舞え」やら「はあああ! とりゃあ!」やら「桜流し!!」なんて決めポーズしながら言ってたんだわ。
俺はその時思ったね「ああ、バカがいる」って。
だけど気になって「……何してるんだ?」そう声をかけたんだ。周りに誰もいないと思っていたその子は肩が跳ね上がるくらい驚いてたな。
「うひゃあああ!!! 誰!? 君!」
「……最上啓。多分同じ学校の1年だ。それよりさっきからしてたあれなに?」
「びっくりしたぁ。私の名前は花宮葵だよ。ああ、そうだ。これはねえ、魔法! ここって桜が凄く綺麗でしょ? 今ここで大きな風を起こせたら、花びらがいっぱい舞うじゃない? その中から見る景色はきっと最高だと思ったの! だから風を呼んでる最中なんだあ」
「そ、そうか……。聞いといてなんだけど、成功するといいな?」
正直口には出さないけど、内心馬鹿にしてた。
だけど、花宮は「うん! 頑張る!」って疑う事を知らない澄んだ瞳で、俺を見て言うから少し罪悪感が湧いた。
その子の横を通り過ぎて少し歩いた頃にチラリと後ろを振り返った。
その時ちょうど風が吹き抜けたんだ。花びらを乗せて流れるような大きな風が。
花宮は桜吹雪の中で優雅に一回転した後こっちにサムズアップしてきた。
満開の桜にも負けないくらい華やかな笑顔を見せながら。
俺は間違いなくその時にその子――花宮葵に恋をした。
◆
それから花宮と接点を持とうと色々手を尽くした。
付き合ってる奴がいるのか友人に確認したり、他の女子に花宮の趣味や共通の話題がないか聞いて回った。
だが結論から言うと何も分からなかった。
残念ながら花宮と親しい共通の友人が俺の知る中にはいなかった。
その時はたまたまだと思っていたけど違う。
同じクラスになった今なら分かる。
花宮にはこの学校で友人と呼べる人間がいなかったのだ。
有り体に言えば花宮はこの学校で孤立していた。
いじめられているとかではない。
俺が聞いた奴らはみんな口を揃えてこう言っていたのだから。
――『花宮葵は天才だ』
その意味を理解したのは今年に入ってからだ。
放課後に花宮がどこかに向かうのを見つけて後をつけてしまった。
着いた先は美術部の部室。
扉が開いたままなのを良いことに俺は中を覗いた。
そこには床一面に絵の描かれた紙が散乱していて、花宮は何かが憑依したかの様に一心不乱に絵を描いていた。
奥には入学式の時に見た光景が目に入ってきた。あの通学路で桜吹雪の中を踊る少女の絵が置いてあったのだ。その絵は今にも動き出しそうなほど鮮明に描かれていた。
……なるほどな。この絵を見たら分かる。花宮の中では本当に魔法は起こったんだ。
花宮は想像力と感受性が人並み外れて高いんだろう。
それに加えてあの曇りのない純粋な瞳に見られれば心を見透かされた様に感じるだろうな……。
――……これを、ただ花宮が天才だからで片付けるのは違うよな。
床一面に広がる絵をもう一度見て、努力してる奴は好かれるべきだとそう思った。
◆
この一年間彼女に告白をしようと試みたが一つ理解した事がある。
彼女を前にすると、いつもよく回る口が錆びついたロボットみたいになる。
俺は好きな人のことになると余りにもポンコツだったのだ。
そこで俺は考えた。
イベント事の力を借りれば良いと。
明日はクリスマスイブだ。それに花宮を誘って告白するシチュエーションを整えればいい。
先ずは行動しないと何も始まりはしない。
そうと決まれば誘うところからだな……。
彼女はいつもの場所にいるだろう。
「花宮。今、いいか?」
「んー? やあやあ、最上君じゃないの。もう帰るところだよ。どうしたのさ?」
「あー……いや、今日もすごい事になってるな」
「いや〜描き始めると周りが見えなくなっちゃうんだよねえ。絵の具もあちこち着いちゃってるしね。それより何か別の用があったんじゃないのー?」
相変わらず鋭い奴だな。
花宮と話してると毎回答えを先回りされて誘導されている気分になる。
「えっと……そうだな、明日の予定って空いてるか?」
「明日って言うとクリスマスイブの事? 幸いにも空いてるよ? 私友達いないしさー寂しい話だよね〜本当に」
「そ、そうか……じゃあ良ければなんだが、一緒にどこか出かけないか?」
「クリスマスイブに女の子を誘うなんて、これはもしかしなくてもデートのお誘いですか〜? 特に予定もないし男の子からの勇気を出したお誘いを流石の私も断れないなあ」
「おまえ分かってて言ってるだろ! 自分で友達いないとか言っといて本当そういうところだぞ!!」
本当に調子を狂わされるな。
見透かされてるのか天然なだけなのか、俺はどういう立ち位置として認識されてるんだろうか。
「まあいいや。つまり受けてくれたって事で良いんだよな?」
「うんうん。私はいつでもOKだよ。最上君の事を待ってるからね」
「ん? 良く分からんが、それじゃあ明日12時に駅前集合な」
用事も済んだし帰るとするか。
花宮も早く風呂に入って絵の具を洗い落としたいだろうしな。
今日は寝る前に明日のイメージトレーニングをしとこう。
本番で失敗しない様に。
◆
「……ん! ……ちゃん! 兄ちゃん起きろーーー!!!」
「夏……うるせぇよ……」
休日の朝っぱらから何なんだこの妹は。
時計を確認するとまだ6時。
……ん? なんだこの違和感。
「おい、夏。おまえ友達の家に泊まってるんじゃなかったのか?」
「なんだよ兄ちゃん。お母さんに聞いたのかー? 今日の部活帰りにそのまま泊まるんだよ」
「今日? おまえ何言ってんだ。それこそ今日がクリスマスイブだろ」
「……兄ちゃん。彼女出来ないからって現実逃避しちゃダメだよ……」
なんで妹に哀れみの眼差しを向けられなきゃいけないんだよ。
そこで時計の日付を見直して違和感の正体に気付いた。
――12月23日
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