9.みんな死んでしまった

 僕が守らないといけないと思ったんだ。

 あの子たちを。

 だって僕は、孤児院では一番の年上の男の子だったから。

「くそ、連邦のドラゴニュートどもの仕業なのか? なんてひどいことを。大尉、村のこの有様は」

 ラスティは誰かのそんな声が、恐ろしく遠くから聞こえた気がした。

 実際には、そんなことはなかったが。

 なにが起きたのか、彼にはまったくわからなかった。

 ただ、佇んでいた。

 戦争がはじまった年に生まれ、両親の顔を知らず、孤児院で育った。

 どこにでもいる、珍しくもない普通の戦災孤児。

 それが彼であり、孤児院とそこで暮らす人たちは、幼い彼にとっては世界のすべてだった。

「これはマギア・クラフトなのか?」

 ラスティが暮らすこの国境地帯の小さな村は、開戦早々に四重帝国と連邦の両軍が水源を巡って争う激戦地となった。

 お互いが占領したりされたりを繰り返すうちに、村はついに連邦の占領地となって、国境を踏みにじって帝都へと侵攻を続ける連邦軍への物資補給ルートに組み込まれた。

 不幸中の幸いだったことは、村を占領した連邦ガウロン神聖帝国のドラゴニュートたちの部隊は、指揮官が自制的で良心的だったことだ。

 エレメンタルである村人たちは虐殺されることはなく、連邦への協力を約束することで融和的な態度でもって扱われた。

 奇妙な話だったが、村は平和だった。

 それがまさか、こんなかたちで終わりを迎えることになるとは。

「大尉! 子供がいます! まだ生きている!」

 ラスティは佇んでいた。

 彼の世界のすべてである孤児院の施設を守るように。

 周囲には燃えるものがないにもかかわらず、黒い炎がいたるところで燻っていた。

 空気が焼け焦げる臭い。

 そして、人の肉が焼け焦げる臭い。

 それらがない交ぜになって鼻を突く。

 ラスティの足元には、いくつもの死体が転がっていた。

 ほとんど炭化するほどに、燃やし尽くされている。

 そして――小さな子供の死体も、いくつも転がっていた。

 銃弾を浴びて、血溜まりに沈んでいる。

「近づくな!」

 ラスティは力の限り叫んだ。

 握り締めた拳を震わせて、四重帝国の野戦服を着た兵士たちに向かって。

 彼らは足をとめた。

「これは……先行した第四分隊か……?」

 額がM字に薄くなっている、中年の男が言った。

 たくさんの連邦の兵士を見てきたラスティは、その男がまとっている、いかにも古強者然とした空気を感じた。

「コックス少尉!」

 現場でただ一人生き残っていた男の名を、そのベテランが呼んだ。

 腰を抜かしていた若い少尉は、這うようにして彼に近づき怒鳴り声をあげる。

「ハーディ軍曹! くそ、そのガキだ! そのガキを殺れ! 反四重帝国の民兵だ!」

「落ち着いてください、少尉! 相手はまだ子供です。それに、一体これはどういう状況です」

「あのガキがマギア・クラフトで俺の分隊を殺りやがった!」

「あの少年はこの村の住人です。エレメンタルの同胞だ。我々は連邦の勢力を排除して村を奪還するためにきたのですよ」

「みんな死んでしまった」

 周囲に視線をやる軍曹に、ラスティは言った。

「連邦の兵隊はこの村から出ていって、もういないんだ」

 村を占拠していたドラゴニュートの部隊は、数日前に村を放棄した。

 前線が拡大して物資補給ルートの見直しが行われたのだと、孤児院に別れの挨拶にきた兵隊の一人は言っていた。軍の補給物資から食料や衣服をいつも孤児院に横流ししてくれていた、気のいいやつらだった。

「僕たちはそう言ったし、村のみんなもそう言った。だけど――」

 ラスティはコックス少尉と呼ばれた男を精いっぱい睨んだ。

 まだ幼い男の子に過ぎないというのに、その赤い瞳には本物の殺意があった。

「だけど、そいつらは信用しなかった。村のみんなは殺されてしまった。孤児院のみんなも」

 血溜まりに沈んでいる幼い子供たち。

 四重帝国の兵隊たちに追い回され、背中から銃で撃たれた、ラスティの弟や妹たち。

「リリィも、シンカーも、シャーザーも、みんな死んでしまった」

 孤児院で一緒に育った仲間たちの名前を、一人ひとり呼んでいく。

「そいつと、仲間たちに、殺されてしまった」

 だから、僕は戦った。

 僕が守らないといけないと思ったんだ。

「この村は全員が反四重帝国の民兵だろうがよ! 連邦のドラゴニュートどもに懐柔されやがって! クソみたいな村だぜ!」

「少尉!」

 軍曹が少尉の胸倉を掴み、無理やりに立ちあがらせた。

 息がかかるほどの距離まで顔を近づけ、押し殺した声をかける。

「ここにくる途中、無抵抗で殺された多くの住民を見ました」

「へえ?」

「あなたは作戦行動にかこつけて、楽しみたかっただけです」

「おいおい、軍曹。お前だけが正義の味方気どりか?」

 少尉は胸倉を掴んでいる軍曹の手を力任せに振りほどいた。

「実際、俺の分隊はあのガキに殺されたんだぞ? こいつはもう、立派な敵対行為だろうが。村の連中を殺したおかげで、このガキが出てきた。違うか? ええ?」

 ラスティは彼を睨んだままだった。

 目が合う。

 緑色の瞳。

 風の精霊の末裔である緑柱の精霊人――ウィリデ。

 どうしてだ。

 お前と同じ目の色をした子供だって、ここにはいたんだ。

 怒りなのか、悲しみなのか。

 ラスティ自身でもわからない感情が、血液を沸騰させるかのようだった。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 彼は絶叫した。

 喉から血の味がするほどに。

 背中には四枚の黒い羽。

 ルーベルの赤い瞳が、黒く濁っている。

 次の瞬間。

 少尉の上半身が吹き飛んだ。

 黒い炎が上がる。

「な……!」

 軍曹が呆気に取られて間の抜けた声をもらした。

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