7.朝帰りじゃないっすか
ラスティ・フレシェットが籍を置く組織は、占領軍総司令部が接収した中等学校を拠点として与えられており、関係者の間では〈ギムナジウム〉という通称でとおっている。
白い壁と緑に囲まれた敷地には築数十年にはなる黄色い壁の三階建て校舎が佇んでおり、かつて四重帝国の未来を担う子供たちが学んだ教室が彼らの職場だった。
真っすぐに伸びた廊下には、教室への入り口を示す横開きのドアが等間隔に並び、クラス名ではなく各教室を割り当てられた部隊を率いる責任者の名前が掲げられていた。
さしずめ、ラスティは〈ソルベルグ学級〉と言ったところか。
「あー! ラスティ君、ファルちゃんと朝帰りじゃないっすか。ふひひ」
教会から回収した大量の書類を抱えたラスティが教室のドアを開けると、すでに出勤していた同僚の女――チェキーナ・ルクス軍曹がそう言ってきた。
口元をにやにやさせて、尖った耳をひこひこ動かしている。
彼女は連邦アールヴ王国の森の精霊人――エルフだった。
ただ、鮮やかな金髪に宝石のような碧眼をもつエルフのイメージとは程遠い。
ショートカットに整えられた金髪は艶もなくバサバサで、じっとりと濁った碧眼の下には大きな隈がある。エルフらしい小柄な体躯は痩せ過ぎていて、黒い軍服はちっとも似合っていなかった。
「ガルーの女の子は月に一回、発情期があるんすよ。たっぷり搾り取られたんすか?」
「そんなわけないだろ、チェキーナ。頭のネジ飛んでるのか?」
「うわー、ひどいっす。泣いちゃいそう」
「ひどくないし、事実だ」
「いやいや、ラスティ君。いくらあたしがヤク中だからって、言っていいことと悪いことがあるっす」
彼女はへらへら笑うと、デスクに置いてあった缶ケースから錠剤を取り出して口に放り込んだ。
奥歯でそれを噛み砕く、がりがりという音が響く。
チェキーナはイスに座ったまま恍惚とした表情で天を仰いだ。
身体を快感に震わせる。
「あ、ヤバ、感じる……ひひ」
自分で自分を抱きしめるようにして、チェキーナはイスごとひっくり返った。
派手な音が響き、その衝撃でデスクの書類がバサバサと床に落ちる。
「なんの音――って、またチェキがやってるの?」
ラスティに遅れて教室に入ってきたファルが、床に倒れているチェキーナを見て嘆息した。
「まあね。見てのとおり」
「まったく……」
教室にある自分のデスクに向かうファルは、まるで学級委員長のようだ。
「ほどほどにしておきなさいよ、軍曹」
そうするとチェキーナは、床に倒れたまま手足をジタバタさせて声をあげた。
「ファルちゃんはいいっすよ。ラスティ君と朝までヤリまくってきたんだから。あたしなんてずっとご無沙汰で、ストレス溜まりまくりっす! クスリでもキメないとやってられないっす!」
「ヤリまくってないし、そもそも一回もしてません……!」
ファルが語気をわずかに強めた。
「ガルーは一生に一人の異性しか愛さない、高潔な民なのよ」
「いやいやー、そりゃウソっす。そんなの何百年も前の話じゃないっすか」
「ウソじゃないわよ」
「じゃあファルちゃんは処女なんすか」
「そ、そうだけど、なにか文句あるわけ!?」
「あたしどっちもイケるんで、もらってあげてもいいっすよ。ふひひ」
「キモい!」
二人のやりとりはいつものことだったので、ラスティは無視して自分のデスクに腰を下ろした。机上はきっちりと整理され、必要最低限のものしか置いていない。無機質なデスクだった。
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