第3話 幼馴染はチョコの味
深夜、俺はランキングを確認しようとパソコンに向かった。底辺にいると、ランキング確認作業自体がもはや苦行だ。
「はぁ~ ブクマ剥がれると地味にモチベダウンするな…」
連載を続け頑張って更新しても、ポイントが増えるどころか減っていく。エタって新連載の更新が遅れたせいか、今日もブックマークが剥がれていた…。
某小説投稿サイトで配信したときは、最初が調子よくて「俺いけるんじゃね♪」と心が躍った。だが連載小説の更新を続ける度に順位が下がるという、心臓に悪いランキング推移を味わった。これが世に言われる「上げて落とす」というやつなのだと、後で知った。
だが作品のデータを分析することは大切だ、俺は気持ちを奮い起こした。ふいに俺の部屋のドアがノックされ、妹の
いつもならノックなどせずに、ドアをバーン!と蹴り開けるのに、なんだか今日はやけに大人しいな
「お兄ちゃん、これ」
妹の柚はそう言うと、大量のおにぎりがのった皿を差し出してきた。
「俺に!? サンキュー! ちょうど腹が減ってたんだ」
皿には不格好なおにぎりが並んでいる。母さんではなく柚の手作りなのは明らかだった。俺は嬉しくなり、頬が緩むのを抑えられずニヤニヤしてしまった。
俺は勢いよくおにぎりを頬張った。だが次の瞬間、ブフゥー!と盛大に吹いた。
「お前、具がチョコレートって! 何の嫌がらせだよ!?」
「しょっぱいのと甘いのコラボレーションだよ! 嫌がらせじゃないから!」
塩がきつくて具が猛烈に甘い、おにぎりの具がチョコレートだったのだ!?。俺はあまりの衝撃的な味に、むせながら妹に抗議の視線を向けた。すると妹は怒って、涙目になってしまった。
「評価うんぬんはわからないけど、でもお兄ちゃんが頑張ってるのはわかるから、謝ろうと思ったのに…もう知らない!」
「あっ…」
バタンと乱暴にドアを閉めて部屋を出ていく妹の柚。俺は声をかけようとしたが、取り付く島もなかった。
「マジで応援してくれようと、夜食作ってくれたのか…?」
もしかして、妹の友達が作品に低評価入れたことへの詫びのつもりだったのかもしれない。嫌がらせなんて言って…悪かったな…
俺はうぷっ!となりそうなのを堪えて、全部のおにぎりを完食した。指についたチョコを舐めていたら、柚から初めてチョコを貰ったときのことを思い出した。
「俺と柚はいつも何でこう…間が悪いんだろうな…」
◇◇◇
あれはまだ柚が『俺の妹』になる前のことだ。小6のとき、俺と柚は同じクラスで幼馴染だった。
「なんか柚の母さんと俺のオヤジ、最近、仲よくね?」
「あはは、そのうち私たち兄妹になっちゃったりして」
この頃の俺と柚はすごく仲が良くて、そんな冗談を言っては笑い合っていた。
そんな小6の冬、柚からバレンタインチョコを貰った。
「
学校の帰り道。照れた顔でチョコを渡し逃げする幼馴染の柚は、最高に可愛かった。
「俺に! マジで!? すげー嬉しい!」
生まれて初めて貰った義理じゃないチョコ! しかも好きな子から。義理チョコのチロルチョコじゃないぞ、手作りだ!。俺は天にも昇る気持ちになり、有頂天になった。
「ホワイトデーまで待てないや、明日、俺も好きって言っちゃおうかな?」
家に帰った俺は、柚に貰ったチョコを抱きしめて、ベットの上でゴロゴロしていた。
ところが、柚が家にやってきて「さっきあげたバレンタインチョコ返して」と言ってきたのだ。
「返すなんて嫌だ! なんでだよ柚!」
「なんでもいいから返して!
「なんで短時間で気持ち変わってんだよ! 俺のこともう好きじゃないのかよ?」
「……」
俺は『好きだ』と言って欲しくて問い質した。だが柚は悲し気に困った顔をしただけで、何も答えてくれなかった。
『柚が好きだから、チョコを返したくない!』そう言えばよかったのに、ヘタレな俺はそのたった一言が言えなかった…
「俺が貰ったんだから、俺が食う!」
「とにかく! 返せって言ってんだろがゴルラァ!」
返す返さないで大喧嘩してチョコの箱を奪いあっていたら、柚の回し蹴りがチョコの箱にヒットした。箱が床に落ち、ハート型のチョコは真っ二つに割れてしまった。
「何でこんな…酷いことするんだよ…」
天国のような感情から、ほんの僅かな時間で地獄に突き落とされた俺は、思わず涙目になった。そして、そんな俺を見た柚まで泣き出してしまった。結局、俺たちは割れたハートのチョコを、二人で泣きながら無言で食べた…。
バレンタインのその晩、俺はウキウキした親父から再婚すること知らされた。恐らく柚は、俺よりも少しだけ早く知ったのだろう…。
片親で子供を育て苦労しているのを見てきた俺たちは、『親には幸せになって欲しい』と、互いにそう思っていた。
柚は母親にすごく気を使う優しい子だ。だから母親の再婚を知らされて、慌ててバレンタインチョコを取り返しに来たのだろう。
だが事情をまだ知らなかった俺は、チョコを返したくないと駄々をこねて、結果、柚を泣かしてしまったのだ。
妹の柚が俺にだけ、つんけんするようになったのは、あの日からだ…
両親にとって大事な日は、俺にとっては初恋喪失の最悪のバレンタインになった。あの日のチョコの意味を互いに聞けないまま、俺たちは家族になってしまった。
そのせいか俺は、冗談言ったりおちゃらけてないと柚と向き合えない…。真剣に向かい合って、また傷つくのが怖いのだ…。
もしもチョコを貰ってすぐに柚に告白していたら、どうなっていただろう?。俺の頭に中には、今もたくさんの『もしも』が毎日のように浮かんでくる…。
小6の頃の柚は確かに俺のことを好きだったはずだ。なら今は、俺のことをどう思っているんだろう?
ヘタレな俺は柚の気持ちを知りたいのに…何も行動を起こせない…。出来るのはただ、たいして読まれない兄妹小説を今日も更新するぐらいだ…。
「はぁ…成長してねぇな俺…また柚を泣かして…、明日は柚に謝ろう!」
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