第65話 星鮫嵐
△△△
「オホッ来た来た!」
クイントは遠吠えを続けている。
「みんな気をつけて! サメが来るってクイントが」
「しまった! 予想より早かった。みんな備えろ――サメのラッシュアワーだ!」
マイクルが叫んだ。「危険な時間」が来たのだ。
橋の下から聞こえる水音が、大きくなってくる。
流れが増した、というより急に潮が満ちてきた感じだった。
だが、満ちたのは水ではなくサメである。
大量のサメによって、水かさが増したのだ。
ミートバーグには『サメのラッシュアワー』が存在する。
そのなかでも、特に渋滞する場所がここだった。
今まさに、このビッグブリッヂの下に天文学的な数のサメが集まって来ているのである。
「
全員が空を仰いだ。
サメたちがジャンプして橋の上を通り過ぎていく。
そのアーチの雄大さは比類ない。
サメでできた巨大なトンネルである。
夜空が完全に隠れてしまった。
サメトンネルの壁面に星が流れていく。
夜光タイプのサメが混じっているからだ。
黒いサメと発光ザメの描き出す圧倒的サメ空は、まさしく天動説的サメの小宇宙。
この状況が平均一〇分間続く。
これがミートバーグ名物「
フカ雅は飛び跳ねて喜んでいる。
「ホシザメアラシ! これが見たかったんよォ~ステキよ
「うるせえ!」
怒りのあまりトミカが飛び出した。
正拳突きが鼻面にヒットする。
軟骨のぐにゃりとした感触があったが、それだけだった。平衡感覚にダメージが残っているせいもあるにはあった。
「なんだと……俺の――」
トミカはさらに攻撃を続けるが、結果は同じだった。
フカ雅はトミカを無視して星鮫嵐に見とれている。その目は純真な子供のようだ。
「雄大じゃ
「下がれ少年! サメが来ている!」
足もとにノコギリザメが突き刺さった。
星鮫嵐からサメが剥がれて落ちてきたのだ。
マイクルが彼を引っ張って下がらせる。
「下がってろ」
「クソ野郎! 俺の前でサメなんぞ見やがって!」
「元気が余ってるなら仲間を守れ」
「今がチャンスだろ!」
サメはまだまだ落ちてくる。
クイントが絶え間なく合図を送って、マツリにサメの場所を教え続けている。
「サメちゃんよぉ~」
フカ雅もステップを踏みながらサメを避けている。
クイントが吠える。
上から大型が一匹、落ちてくるところだった。
「――確かにチャンスだ。私が行く」
マイクルはトミカを踏み台にしてジャンプすると、落下する大型ザメに取りついた。
「――バケモノには、バケモノだ!」
マイクルの対空フェイバリット「空中巴投げ」が出た。
彼は回転力を上乗せしたパワーで、サメをフカ雅めがけて投げ落とす。サメ肌が大気との摩擦で灼熱する。
「大好きなサメと熱いKissでも交わすんだなッ!」
フカ雅とサメが接触する。
サメは目の前に迫った獲物に反射で噛みついた。
「やったか?」
確かに、老人の姿は消えていた。
彼を丸呑みにしたサメは地面でのたうっている。
だが、ビチビチと尾を振るそのもがき方が異常だった。
不意に、サメの白い腹が内側から不規則に盛り上がった。
「サメェエエエエエエエッ!」
サメの腹を素手で突き破って、フカ政が飛び出してきた。
信じがたい量の血液が噴き出して彼に降り注いだ。
フカ雅はサメの腹から肝臓をもぎ取ると、西瓜をそうするように顔を埋めた。
「キモッ。これはいい
「喰ってやがる……」
「なに? この臭い……」
マツリが鼻を押さえた。
辺りになんともいえない悪臭がたちこめていた。
新鮮な血肉とも違う。もっとむっとするような濃い異臭だった。
血を浴びるフカ雅の体は真っ黒である。
降りかかった血が、彼にふれると黒く凝固していくのだ。
フカ雅が笑いながら身もだえすると、黒い部分が剥がれ落ち、そこを新たに血が濡らした。
「……やはり」
凄惨な光景を前に、マイクルが納得したように頷いていた。
「ヌッ? んん~?」
フカ雅は目を擦りだした。目に入った血をこそげ落とそうと苦労しているみたいだった。
マイクルがはっきりと言った。
「――隊長、ヤツの秘密が分かりました」
サメが降り注いでいる。
オウルが一発撃ちこんで、迫ってくるサメの軌道を変えた。
「やつの秘密が分かった?! どういうことだマイクル?」
「知っているのかマイクル⁉」
オウルが言い、トミカも尋ねた。
マイクルは繰り返して言った。
「ヤツの秘密がわかったかもしれない、と言ったんです。ヤツの強さの秘密はおそらく体温――いや、そうとしか考えられない」
「体温が弱点? どういうことだマイクル?!」
「知っているのかマイクル?!」
「おそらくは『
「奇網?」
「きも?」
奇網。レーテミラブル。ラテン語で「驚異的な網」を意味する。
動脈と静脈がかたちづくる特殊な機構である。
この奇網により、血管を通しての熱交換や物質の運搬効率が飛躍的に上昇する。
「サメやマグロなどが、この奇網を使って高体温を維持し、筋肉のパフォーマンスを上げていることは有名です」
人にも似た機構は備わっているが、そのパフォーマンスはサメには及ばない。
マイクルはそう説明した。
「例えばボクサーは戦闘前だというのに汗をかくほどウォーミングアップをする。なぜか? パフォーマンスが上がるからです。詳しい説明は省きますが、そういうことです。サメを見れば明らかでしょう。実際サメは最強の生物です。最強の生物であるサメは奇網を持っている。故に奇網を持っている生物はサメ並みに強い。そういうことです」
「マイクル」とオウルが言った。「完璧な推論だ」
「センキュウ」
「なるほど『ナショジオ』にもそんな記事があった。フカ雅もそうだということか」
「ヤツの体はエンジンのように熱かった。サメと同様に体温を貯めこんでいるからです。通常そんな体質はあり得ませんが、少年の言う第三の力の一つでしょう。武道の代わりに体質で第三の力を使っていると言うべきか……そこは分かりませんが」
「そういえば師匠から猿人間の話を聞いたことがある。あれも突然変異的に肉体が変化していたというぜ」
「ヤツは体温を貯めこんで馬力を上げる。今では血が凝固するほどの温度になっている。思えば『さゆり』も熱に弱いタイプのトリモチだった。ヤツの体表の温度で劣化してしまったのでしょう」
「なるほど。ならば私に策がある。策の内容は――」
オウルが言い終える前にフカ雅が動いた。彼は身震いして、黒血をふるい落とす。
「エエねえ? サメちゃんとニンゲンは戦ってナンボじゃけんねえ。でも儂がサメちゃんを見てる途中でしょうが!」
「伏せろ!」
一同は転がって避けた。フカ雅の蹴りが頭上を通り過ぎていった。やや遅れて熱風。
「体温! やはり自分をサメと思い込んでいる奇網お爺ちゃん! その熱がお前を滅ぼすぞ」
オウルは銃を構えると、ありったけの弾丸を発射した。
上空へ向かってである。
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